第7話 炎の拳

「グオッ!?」


 ホブゴブリンの目が、驚愕に見開かれる。それもその筈。持っていた石斧が、突然激しく燃え上がった・・・・・・・・・んだから。


「ガアッ!」


 炎の熱さに耐え切れず、ホブゴブリンが石斧を手放す。私はその隙を見逃さず、右の拳を革鎧を着けたホブゴブリンの胴体に叩き込んだ。


「はあっ!!」

「ギャッ!!」


 ホブゴブリンの巨体が、一メートル先まで吹き飛ぶ。私は追撃はせず、その場で構えを取り直した。

 自分の両手を見る。そこにあるのは、両手を包み込むように激しく燃え盛る炎。

 これが私のとっておき・・・・・。魔力付加の攻撃だ。

 この技術自体は今の時代、特に珍しいものでもない。自分の魔力を武器に宿らせられる魔法戦士も多い。


 でもそれはあくまで、玉を介さない場合だ。


 玉を介さず、自分の魔力を具現化する……れん魔法って一般的には呼ばれてるんだけど、通常魔力付加にはそっちを使う。理由は、玉魔法より練魔法の方が威力が低い代わりに制御が容易だからだ。

 玉魔法での魔力付加に成功したのはただ一人、ひいおじいちゃまだけだって言われてる。普通の人が同じ事をしようとすると、物質が付加された魔力に耐え切れず壊れてしまうのだ。

 私は今、玉を介して自分の小手に魔力の炎を纏わせている。と言っても、私がひいおじいちゃま並の天才って訳じゃない。

 秘密は、私の着けているひいおじいちゃまの小手。これは、ただの小手じゃない。

 現代においても未だ復元するに至ってない、遥か昔に造られた対魔法金属『ミスリル』。この小手は、そのミスリルで出来ている。

 勿論ミスリルは超希少品だから、銀でコーディングを施し見た目にはそうと解らなくしてある。魔力をほぼ持たない代わりに強い力と器用な手先を持つ、職人種族ドワーフの作った逸品だ。

 この小手のお陰で、まだ未熟な私でも玉を介した魔力付加が出来るって訳。それでもこうして実戦で扱える段階になるまでは、相当苦労したけどね。


「ググウ……ニンゲンメ……!」


 よろめきながら、ホブゴブリンが起き上がる。そのお腹には、大きな焦げ痕が付着してる。

 殴った瞬間、少し炎が弱まってたみたい。なら……次で決める!


「来なさい! 終わりにしてあげる!」

「ナメルナァ……ニンゲンガアアアアッ!!」


 ダメージを受けているとは思えない早さで、ホブゴブリンが私に躍りかかる。私は両手を更に激しく燃え上がらせながら、その動きに合わせて動く。


「たあっ!」


 上から降り下ろされた拳をギリギリまで引き付けてから後ろに跳んで避け、よろめいたところで顔面にハイキックをお見舞いする。ホブゴブリンの顎が蹴りによって持ち上がり、再び胴体ががら空きになる。


「いくよ! 燃え上がれ、ひっさあつ……『炎の拳ブレイズ・ナックル』!!」


 魔力と腕力、総てを込めた右ストレートを焦げ痕に向けて放つ。私の拳に穿たれた革鎧は中の肉ごと激しく燃え上がり、全身が火だるまになったホブゴブリンは二メートル強は吹き飛び、バウンドしていった。


「はあ、はあ……」


 荒い息を整えながら、警戒は解かずにホブゴブリンを見つめる。炎に包まれたホブゴブリンは、その肉が激しく焼けただれても起き上がってくる事はなかった。


「か……勝てたあー……」


 どうやら相手が完全に死んでいる、それを確認すると私はその場にへたり込んだ。気が抜けたせいか、途端にさっき殴られたお腹がズキズキと痛み出す。

 うう……絶対これ痣になってる……。お腹の痣って、寝返り打った時とかすっごく痛むんだよね……。


「クーナ、無事か!?」


 そこに村の入口側から、サークが走ってきた。やっぱりあれだけの数を一人で相手した以上無傷では済まなかったみたいで、見える肌には打撲痕や切り傷があちらこちらに見える。


「あっ、う、うん、平気!」


 サークにへたばってる姿を見せたくなかった私は、慌ててその場から立ち上がる。サークはこっちに近付くと、肉の焼ける臭いを漂わせ始めたホブゴブリンの死体を一瞥する。


「突然変異種か。ここ数十年は滅多に出なかったんだがな」

「私も、群れから追い出されたはぐれ者のオークとかトロールが指揮してるんだと思ってた」

「ああ、奴らは日中も夜も関係なく行動するからな。……あれ・・は、役に立ったのか?」


 そう言って、サークが私をちらりと見る。私のとっておき・・・・・の事を言ってるんだって事はすぐ解った。


「うん、まだ出力は不安定だけど……魔力の定着自体は問題ないよ」

「ならいい。本当はお前に肉弾戦はやらせたかないが、その力は鍛えときゃ今日みたいに必ず役に立つ。励めよ」

「……え?」


 返ってきた言葉に、思わずキョトンとしてしまう。いつもだったら、こう……出力ぐらいもっと安定させろとか、二言三言はお説教が返ってくるのに。


「……何呆けてんだ、馬鹿娘」

「い、いやっ、普通に労われるのって何だか珍しいなって……」

「……お前が普段俺の事をどう思ってんのかよく解ったわ」


 サークが盛大に溜息を吐き、帽子の取れた私の頭に手を置く。そしてその手に力を込めて、乱暴に頭を撫で回した。


「わっ、ちょっとサークっ」

「お前はちゃんと俺の期待に応えてみせた。ならそれで十分だ。足りねえ部分はこれから精進すりゃあいい」

「解った、解ったから犬猫みたいに扱うの止めてーっ!」


 私が抗議すると、やっとサークは頭を撫でるのを止めてくれた。サークは「褒め甲斐のない奴」と一言不満そうに呟いて、ホブゴブリンが火を点けようとしていた建物に目を遣る。


「どうやら村人達はあそこに避難してそうだな。行くぞ」


 そう言って、サークがさっさと歩き出す。私は簡単に髪を整え落ちていた帽子を被り直すと、その後に続いた。

 うう……一人前の冒険者として見て欲しいとは思うけど、この扱いは女として複雑だよお……。

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