161.第25話 1部目 かつての上官と部下の会話
首都アルベロから伸びる整えられた石畳の道を、僕達を乗せた馬車が走っていく。
祖父である神代 勇の説得に成功した僕は、その神代と共にウェルス村への帰路を辿って行っている。
外の風景に目を向けたり、馬車の内装に目を向けては造形に関心していると、斜め正面に座っている神代が口を開いた。
「…中隊長」
「うん?」
「聞かせて貰えないでしょうか?自分が転移した後の大日本帝国の事を」
そう言われ、僕は一瞬躊躇した。
神代が転移した暫く後になって、参戦していた戦争が敗戦と言う形で幕を閉じた事を話すべきだろうか?
…しかし、彼は既にこの世界の住民であり、日本に戻る事はまず出来ない。
戻れたとしても生存出来る確率は非常に低く、同郷の人間に聞く以外で故郷の様子を知る事は出来ないだろう。
ともなれば、知りたいと思う神代の気持ちに答えるべきか。
「……そうだね。ウェルスへの道のりは遠いし、僕が見て来た範囲で話して見ようか」
「!。是非、お願いします!」
僕の答えを聞いて、神代は嬉しそうに目を輝かせた。
この目を曇らせる事になるかもしれないと考えると、辛いものがあるが、僕は順を追って話し始めた。
終戦した事。故郷の呼び名が変わった事。
軍が無くなった事。軍に変わる組織が出来た事。
日本にありとあらゆる技術が流れ込み、数十年の間に多くの科学技術が発展した事。
戦争が無い元号がまた一つ出来たであろう事。
神代が転移してから、僕が死ぬまでの間に覚えていた事を話している間に、徐々に日が暮れて行った。
一通りの事を話し終えた僕は、神代に知りたい事が無いか?と問う。
すると。
「…中隊長は、一体お幾つまで生きられたのですか?」
「あぁ…。お陰様で、101歳まで生き延びたよ」
「なっ!?ひゃ、101歳でありますか…」
思っていた通りの反応を示され、僕は苦笑で返した。
対して神代は極めて明るい表情で言う。
「大往生だったのですね」
「うん。
「玄孫…それはまた凄い経験をされましたね」
神妙な顔つきで言う神代に僕は返す。
「そうだね。…その上、記憶を持ったまま転生してしまったけどねぇ」
「はは。それ以上の経験は中々無いでしょうなぁ」
面白そうに笑う神代の顔には「他人事だから笑える」と書いてある。
この男は、本当に他人事と思っているのだろうか?
そう疑問に思った僕は少し意地悪を言って見る事にした。
「うん。元上官を孫に持つ事になった君には同情を禁じ得ないよ」
そう言って現実を突きつけると、神代は目を逸らしながら力無く呟く。
「…あはは。確かに、これ以上の経験は中々無いですな…」
「そうだろう?」
「はい…」
奇しくも身内になってしまった事にお互い複雑な思いを抱えて口を噤む。
戦死したと思われてた元部下に会えた事は喜ばしいが、何もこんな形で再会する事になるなんて誰が予想出来ただろうか?
僕自身は女系の血筋になるとは言え、神代と血の繋がった身内だったのだ。
それを手放しに喜べるほど、僕達の前世の関係は単純ではない。
何しろ、元上官が孫で元部下が祖父なのだから…。
現在の力関係がごちゃまぜである。
少し沈黙が流れると、神代がパッと顔を上げて言った。
「中隊長…奥様は…?」
気を遣う様な聞き方で有りながら、気になって仕方がないと言いたげな質問を投げかけられ、僕は。
「僕が死ぬ30年ほど前に病気で先に逝ってしまったよ」
神代に気負わせない様に淡々と答えたが、神代の表情は曇ってしまった。
「…それは、お辛かったでしょう」
「うーん…そうだねぇ…」
精一杯に選ばれた言葉を僕は受け止めてから、素直な心情を吐露する。
「天寿を全うしたら、真っ先に会いに行くつもりだったんだが…。
今の僕は千代子の元に逝くには、徳が足りない様だから今世でまた精一杯頑張らないとね」
「中隊長…」
納得し難いと言いたげな顔を見て、苦笑で返すと馬車の動きが止まった。
外は日暮れになっており、一行は宿場村であるロールルに到着したらしい。
暫くすると馬車の扉が開けられ、僕は先に降りて村の様子を伺う。
仰々しい一団の中心に居る馬車から降りて来た僕を、物珍しそうな目で見つめてくる村人と目が合ってしまった。
目が合った村人は直ぐに遠くに行ってしまったが、遠巻きからこちらの様子を伺っている様だ。
「テッちゃーん。お疲れ~」
そう言いながら、レオンくんが声を掛けて来た。
「お疲れ様、レオンくん。エヴァンは?」
「到着して直ぐに宿屋の手配に走ってったぜ?「コーシャクさまを野宿させる訳にはいかないー!」ってさ」
今回、エヴァンには気苦労しかさせて無い気がするなぁ。
昨晩も禄に眠れず、朝は今にも気絶しそうな状態だったが大丈夫だろうか?
少しでも道中で休めて居れば良いのだが…。
「宿の手配なら、こちらの者が先に向かって済ませている筈だ」
馬車から降りながら神代がそう言った。
すると、それを聞いたレオンくんがじわじわと意地悪い顔をしていく。
「マジ?商人のおっさん、無駄な苦労しに行ったわけ?ウケるー!」
「侯爵様に失礼の無いようにと思っての行動なんだから、そう言わない。
ただでさえ、エヴァンには苦労かけっぱなしなんだから、少しは労ってあげて」
僕が苦笑しながら言うと、レオンくんは少し面白くなさそうな顔をして言葉を返す。
「俺への労いはー?何か有っても良くねぇ?なぁ、テッちゃん」
「勿論、色々と協力してくれたレオンくんには感謝してるよ。
レオンくんならではの功績も上げてくれたし、何かでお返ししたいと思ってる。
でも、それとエヴァンを笑う行為は別だよ」
「…。はー、やっぱテッちゃんってホンッッッッット、シビアー」
そう言いながらレオンくんは仏頂面で明後日の方向を見ている。
感謝している事を伝えたからか、照れているようだ。
すると、神代が怪訝そうにしながら口を開く。
「…レオン。お前は…」
そこまで言って、神代は言葉を選びに選んで声に出せないような様子で目を泳がせている。
レオンくんに何か聞きたいようだが…。
「何?テッちゃんとの事でも聞きてぇの?俺、知ってるけど?」
「その知ってると言うのは…」
「テッちゃんの本性」
また随分嫌な言い方をされたものだなぁ。
しかし、神代がレオンくんに聞きたい事は分かった。
僕は神代の服の裾を引っ張り、屈むように目で指示をする。
それを汲み取ってくれた神代は黙って僕の目線に合わせて屈む。
すると、レオンくんも屈み、奇しくも僕を囲むような体制になった。
「レオンくんは僕の正体を知ってるから、今回の協力者になって貰ってたんだ。
エヴァンは僕の事を知らないから、くれぐれも気をつけて」
「…分かった」
僕の説明を聞いて神代は短く答える。
「コーシャクさまはテッちゃんの本性知ってんの?」
「まぁ…」
「マジ?じゃー、テッちゃんが自分より年寄りって事も?」
「…ま、まぁ…」
レオンくんの質問に答えようとする度に僕の顔色を伺うように目線を向けてくる神代。
中身の僕が神代より年寄りだと言う事は事実なのだし、そんな事でヘソを曲げるほど心は狭く無いんだけどなぁ。
「ほ、他にテオの事を知ってる人間は?」
気まずさに耐え兼ねたのか、神代から質問が投げられた。
質問に先に答えたのはレオンくんだった。
「まずアメちゃん。で、村長さんにー、村の年寄り達だっけ?」
「うん。元々ウェルス村に住んでいた年寄り達と言う所が注意点だね」
「ふむ…無難にアメリアとだけ情報共有しておいた方が良さそうか…」
と言った相談をした後、僕達は食堂に足を向けた。
先の方にレオンくんが歩いている事を確認してから、僕は神代に耳打ちする。
「僕達の事は誰にも話さない方が良いと思う。特にお袋さんには…」
転生者の子供と言うだけで大変なのに、実は祖父の元上官でした…なんて話す勇気は流石に持てない。
「…了解しました」
僕の思いを汲み取ってか、神代は困った顔をしながら答えてくれた。
神代も自分の娘に、孫との前世の関係など話したく無いのだろう。
先を歩いているレオンくんから急ぐように声をかけられ、僕達は急ぎ足で食堂へ向かった。
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