159.第24話 5部目 皇太孫


「…実は、現在の学園に…マクシミリアン皇太孫殿下が入学されているのですが…」

「マクシミリアン皇太孫…?」

長々しい名前に皇太孫と言う位の付いた人物の事を、神代は困った様子で話す。

「はい…。現在、第一位継承権を持つお方です」

「…は?」

皇太孫が第一位継承権所持者だって?

その疑問が短い言葉で伝わったらしく、神代はアロウティ皇族の現状を話した。

現皇帝には、息子…つまり皇太子が居らず、皇女が1人居る。

そして、件の皇太孫は、皇女と公爵家の男との子供であり、第一位継承権を持つ人物だと言う。

皇帝には兄弟が居らず、皇太子が居たには居たがとうの昔に亡くなっており、近しい血縁者は皇女と皇太孫のみ。

遠い血縁者ならば公爵家に複数存在し、その者達が皇太孫の次に継承権を持っている…のだが。

「ー…その者達の中に、当時幼かった皇太子を暗殺した犯人が居ると思われるのですが、確たる証拠が掴めず、今日こんにちまで皇帝陛下は椅子を守り続けられているのです…」

「それは…お気の毒な話だ…」

年老いた体に鞭を打ち、自分の息子を殺したかも知れぬ人物に、椅子を明け渡さぬ様に堪えられているのか…。

となると、頼りたいのは皇太孫の存在だが…。

先ほどの話からするに、嫌な予感がする。

「…それで、皇太孫殿下は…」

僕は恐る恐る神代に尋ねた。

「……皇太孫は………大変、自己肯定が上手なお方でして…また、周囲の人間との交流を図るべく率先して前に出まして…その上、大変頭の回転が早いお方なので、我々大人でも皇太孫殿下に敵わぬ時が…」

「つまり、マクシミリアン皇太孫殿下は、自信家の目立ちたがり屋で、諫める大人をけむに巻くほど悪知恵が働くお方と言う事か?」

「さ、流石は我らが中隊長殿…御見事です…」

…久々に大きな溜息を吐きたくなった。

つまりは、今の皇太孫が皇帝の座を継承すると、国が傾きかねないと言う事か。

神代からだけの話では、大袈裟な心配な気もするが…。

「皇太孫殿下は、お前が心配するほどのお方なのか?」

「ご理解して頂くには難しい事は承知しています。

ですが、皇太孫自身だけでなく、取り巻きの貴族令息達もまた質が悪く、皇太孫の自信家を増長させる存在なのです。

皇太孫と年の近い孫達に、皇太孫と接触し性格矯正を働きかける様に言い含めてはいるのですが…」

状況は絶望的、と神代の表情が物語っている。

僕の従兄弟に当たるであろう子供達に、同い年の皇太孫を矯正させようとは、また酷だな。

立場を弁えていたら尚の事だ。

…つまり、神代は僕に皇太孫の性格を矯正する手伝いをして欲しいと言いたいのだろう。

外見は子供でありながら、中身が爺の僕に…。

「うーん…」

頭を指先で突きながら現状を嘆いていると、神代が僕に縋る様にして言った。

「中隊長!どうか!学園へ入学し皇太孫の目を覚まさせて下さい!

このまま皇太孫が貴族派の術中に嵌ってしまったら、この国は内側から壊されてしまう…!」

…貴族”派”と来たか。

これは、思って居たより複雑な事情がありそうだなぁ…。

知れば知るほど、泥沼に嵌っていく様な感覚だ。

しかし。

「…僕が皇太孫を変えられるかどうかは、ともかくとして…貴族の子供として学園に入学するのは、やっぱり違うと思う」

「ですが、学園は貴族の子供でなくては入学出来ません!

お願いします中隊長!どうか折れて頂けないでしょうか…!」

深々と頭を下げる神代と見ても、僕の考えは揺らがない。

「そもそも、貴族の子供しか教育を受けられないって言う現状が可笑しいと思うんだよ。

皇族の存在や貴族の存在云々はともかくとして、平民に教育の場を与えないのは、国の体制が脆弱になって当然だろう?

何故、国は貴族の子供にしか教育を与えない?

生活を支えている平民の体制を盤石にする事で、得られる事が大勢有ると言うのに…」

ぶつぶつと愚痴を言う僕を見て、神代は旗色が悪い事が分かって居ながら、更に懇願する。

「それは、そうですが今はそんな事言っている場合では無いのです!

そ、そうです!中隊長が学園を卒業した後で、学園の体制を変える様に中隊長が働きかければ良いではありませんか!

学園を卒業した後の目標も得られますし…!」

「神代」

名前を呼ぶと同時に、神代がスッと背筋を伸ばす。

とても侯爵とは思えないほどに、顔に緊張が走っている。

大人しく僕の言葉を待つ神代に言った。

「僕が卒業後に学園の体制を変えるのに、どれだけの労力が必要になると思う?」

「そ、それは…」

言い篭る神代に僕は続けて言う。

「貴族の養子として学園を卒業したとしても、僕が爵位を継げる訳でも無ければ、爵位を得られる可能性があるかも分からない。

よしんば爵位を得られたとして、良い所、男爵止まりで大した物にもならない。

男爵と言う立場では、学園体制変更への指示を得られる票も少ないだろうし、むしろ反対意見の方が多くなるだろう。

…僕が何を言いたいか分かるか?」

「…で、出来るとは限らない…?」

僕のご機嫌を伺う様な聞き方に呆れながら、僕は答える。

「違う。それだけの労力に使う時間が無駄、だよ。

全てに於いて、今のお前以上に物事を動かせる人物はそう居ないのに、どうしてやらない?

将来の僕がやるよりも、よっぽど楽だ」

言いたい事を告げると、神代は豆鉄砲を食らった鳩の様に目を点にした。

神代が軍事関係者である事は想像が付くが、転移者でありながら侯爵と言う立場を得ており、

皇太孫殿下に対しお調子者と言う評価をスラッと出せるほど皇族と近しい立場に居るにも関わらず、

学園の体制を変えようと動こうともしないのは如何ともし難い。

「学園に平民が入れる様にする事が難しくても、平民用の学校を各地に建てるって事を何故しない?

国を引っ張っていくのが皇族や貴族でも、国を下から支えているのは平民の存在だ。

その平民が簡単に倒れてしまう様では、いざと言う時に直ぐに国が傾くぞ?

それこそ、皇太孫の存在が霞むほどに重要な事だと言うのに…」

…まぁ、必要を感じなかったから、動かなかっただけなのだろうが…。

僕としては、それが問題だと言う事に気が付いて欲しかった。

「…中隊長」

「うん?」

僕の言いたい事を分かってくれたか?

そう思って期待して耳を傾けると…。

「やはり、中隊長は学園へ入学すべきです」

「…神代……」

結局、僕が学園に入学するべきだと言う答えに、心底呆れてしまった。

この際、僕が入学する云々は関係ないのだがなぁ…。

相手が祖父であり、かつての部下である事がやり辛さを増長させるなぁ。

あぁ、困った…。

「ー…中隊長が中隊長として入学出来る様、道を整えさせましょう」

…ん?

「うん?何か言ったか?」

「いえ。中隊長はご心配なく!」

うっかり何かを聞き逃してしまったが…心配だなぁ…。


…こうして、体面上の孫と祖父の会合が終了した。

その後、僕は神代の名前を覚え間違いして居たレオンくんに文句を言った。

カムロ イサジ。ではなく。カジロ イサム。だったと説明して。

しかし、「人の名前覚えんの、苦手って言ったじゃん」と言う風にシレッと返され、反論する気も起きなかったのである…。

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