154.第23話 6部目 子の心

それを敏感に聞き取った侯爵は、僕の一歩手前で足を止め振り返る。

「…何だと?」

「今更、偉そうに父親面して…何も知らねぇ癖に、村長サンとテッちゃん責める資格、あんたにねぇから!!」

レオンくんが遠慮の無い言葉を怒りと共に吐き出す。

侯爵はわなわなと怒りに震え、レオンくんに掴み掛かった!

「貴様ァ!!」

負けじとレオンくんも侯爵の胸ぐらを掴み上げた!

「アメちゃんは家出したんだよ!!何でか分かるか!?あんたの目の色が遺伝して、色んな奴らに虐められたからだよ!!」

「なっ…」

「あーあーあー!やっぱり知らなかったんだなァ!?

アメちゃんが自分の目の色で悩んでた事も!

それでタメに虐められてた事も!!

婚約者とか言う、クソ野郎に目を縫えって言われてた事も!!!」

次々と告げられる情報に侯爵と、その息子…お袋さんの兄の1人も困惑する表情を浮かべて何も言えないでいる。

レオンくんはその勢いのまま言い続けた。

「村長サンはアメちゃんの不安も悩みも受け止めて、元気付けてたんだよ!!

アメちゃんが家出するって決めたのも、それに付いてくって村長サンが決めたのも!

あんたら家族が頼り無かった所為だろうが!!

それを今更になって家族面して、アメちゃんから村長サンを奪って、

今、アメちゃんを泣かせてんのは、てめぇらなんだよ!!

てめぇらに村長サンを責める資格も!テッちゃんを踏みにじる資格も端っから、ねぇんだよ!!」

怒涛の勢いで溜め込んでいた怒りを放出したレオンくんを止める事も出来ず、僕は茫然とその様子を眺めて居る事しか出来なかった。

僕から2人の話を聞いた時から、レオンくんは腹の底に怒りを溜めていたのかもしれない。

「今、アメちゃんから幸せ奪ってんのはてめぇらだ!!

村長サンが居なきゃアメちゃんは心から笑わねぇ!

散っ々、アメちゃんから笑顔奪っておいて、まだ奪う気かよ!?アァ!?」

言葉は乱暴だが、僕が説明しようとしていた事を全て言われてしまった。

レオンくんに啖呵を切られた侯爵は目を見開いたまま硬直している。

次から次へと流し込まれた情報の数々に、頭が付いて行っていない様だ。

そんな中、侯爵がぽつりと呟く。

「…アメリアが…笑って…た…?」

細々とした声に流石のレオンくんもバツが悪くなったのか、侯爵の胸ぐらから手を離して言った。

「俺が知るアメちゃんは、いつも幸せそうに笑ってた。

でも、村長サンが連れて行かれた日は泣き通しで…。

次の日は笑ってたけど…泣きそうな顔だったんだよ」

レオンくんの言葉を聞きながら、侯爵はふらふらとした足取りで近くにあったソファーの肘掛に腰を下ろす。

顔を手で押さえながら、苦悶して居る様子だ。

「あの子が笑って……」

そう呟いてから、侯爵は震え始める。

「そうか…。あの子は…また、笑える様に…なったのか…」

…どうやら泣いて居るらしい。

やはり、侯爵は娘思いの父親だった様だ。

恐らく、お袋さんが元婚約者から何を言われていたか話していれば、侯爵は迷わず婚約を解消していただろう。

しかし、家族を失望させたくないと言う思いから、お袋さんは直前まで話す事が出来なかった。

家族のすれ違いが招いた誘拐事件だったと言う事だ。

「…シャクだけど。俺が惚れたアメちゃんにしたのは村長サンなんだよ。

じゃなきゃ、テッちゃんっつー子供もこの世に居ねぇから」

「レオンくん…」

村長サンを敵対視して居るとは言え、認めている所は認めてくれているんだな。

レオンくんの顔を見ると面白くなさそうにしながら、僕から目線を逸らした。

…もしや、あれは照れ隠しなのだろうか?

「父上!本当にこの者達の言葉を信じるおつもりですか!?」

レオンくんの言葉を聞いて居た、侯爵の息子が口を開いた。

当然の反応と言える。突然現れ、突然言いたい事を言って、侯爵を怒鳴りつける人物の言葉を信じろなど、無理な話だ。

だが…。

「信じられないと思われるのでしたら、母に会って下さい」

真っ直ぐに見つめて僕が言うと、侯爵の息子は小さく動揺する。

「母はウェルス村に居ます。弟と妹と共に、ウェルス村で僕と父の帰りを待っています」

「なん…!?」

探している本人が、誘拐犯を捉えた村に居た事に驚いて居るのか、

2人の間に更に子供が居る事に驚いて居るのか、侯爵の息子は驚きの声を上げてから言葉を無くした。

対して侯爵は…。

「…そうか。ブラウンは、ネッドの言葉を鵜呑みにして村を探さなかったのか…。いや、嘘と分かっていた上で見逃したのか…?」

ブラウン…侯爵の私兵団、団長の名前だ。

親父さんの昔の友人と言う事もあり、深い追及をしなかったのかも知れない。

「…分かった。会いに行こう」

「父上!?」

即断即決をした侯爵に対し、動揺しっぱなしの息子が信じられない様子で侯爵を呼ぶ。

「ハリー。お前にネッドの管理を任せる。私はブラウン達を連れて、明日にでもウェルスへ発つ」

「しかし…!」

「こやつらの言葉が嘘だった場合は、その場で処すだけだ。

…尤も、この私に嘘を吐くなどと言う、危ない橋を渡る真似をする馬鹿が居るならお目に掛かりたい物だな」

そう言いながら、侯爵はレオンくんと僕を交互に見て呆れた表情を見せた。

「ザンネーン。俺らが渡ってんのは石橋なんだよねぇ」

実に上手い返しをするレオンくんに対し、侯爵は諦めた様に返す。

「ふん、口の減らない男だ。…お前達、今晩の宿は?」

侯爵の問いにレオンくんはしれっと言う。

「さぁ?商人のおっさーん。俺らが泊まる宿ってどうした?」

「ふぇ!?えっ、えっと…ま、まだ……な、何も……」

全員の視線を集めた為か、エヴァンは青ざめながら言葉足らずに答えた。

しかし、その答えを聞いた侯爵が言う。

「なら、今晩は此処に泊まれ。明日の早朝、一緒にウェルスへ発って貰うぞ」

「マジ?ラッキー!宿代浮くじゃん!なぁ?商人のおっさん!」

「…………」

最早、言葉にもならない様子でエヴァンは愕然としていた。

まさか、侯爵邸に泊まるなど思いもしなかっただろう。

尤も、僕もこうトントン拍子に話が進むとは思わなかったが…。

…他人であるレオンくんが、僕達家族の事を代弁してくれた事がより効果的だったのだろう。

思っていた以上にレオンくんは手を貸してくれた。

これは、何らかの形で礼をしなければ…。

「夕飯まで時間があるな。ハリー。フレディを呼べ。2人を客室へ案内させろ。それから向こうに先触れを出せ」

「…はぁ……分かりました」

次から次へと指示する侯爵に、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか息子…ハリーさんは深い溜息を付きながら、呼び出し鈴を鳴らす。

暫くして応接室に案内してくれた執事が現れて、僕達を部屋の外へ呼んだ。

すると。

「待て。…テオ、お前には聞きたい事がある。此処に残れ」

そう言って、侯爵は僕を呼び止めた。

心臓がぎくりと跳ねて、嫌な予感がする。

理由を付けて、この場から逃げたい。

「良かったじゃん、テッちゃん。せっかく爺さんと孫が対面したんだし、ゆっくり話して来いよ!じゃー、俺ら先行ってるぜー」

「えっ!レ、レオンくん!」

言うだけ言って、レオンくんはヘロヘロになったエヴァンを連れて、執事の後を付いて出て行ってしまった…。

応接室に残された僕と侯爵。

ハリーさんは侯爵の指示を受けて、”先触れ”とやらを出しに行って居る様だ…。

お袋さんの話の衝撃で忘れてくれたと思っていたが…流石にその考えは甘かったか。

「…テオ」

名前を呼ばれ、僕は意を決して振り返った。

侯爵は厳しい顔付きで僕を見る。

その目は全力で僕を怪しんでおり、こちらの出方によってはウェルス訪問自体が無くなりそうだ。

そして、侯爵が言う。

「ー…貴様は何者だ?」

当然の様に問われた言葉に、僕はかつて無い程に苦悶する。

目の前に居る人物が何者であるかを僕は知って居る。

その事を告げれば、これから先の未来が大きく変わる予感がした…ー。




第23話 完

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