Say goodbye to Mina

瑞野 蒼人

本編

私の高校はキリスト系の高校だ。

小高い丘の上に、神殿のような校舎が立つ。


大きな礼拝堂の中。

誰もいない礼拝堂の中。


毎朝、ここで祈りを捧げてきた。

でも、そんな生活はもう終わっている。



卒業生のみんなは、最後のお祈りを終えて、みんな卒業式の会場に入っていた。残っているのは私ぐらい。さっきまで人で一杯だった礼拝堂にはひんやりとした春の朝の空気が、ドアや窓の隙間からすうっと流れている。窓の外はまだ緑の少ない寂しい木々。


私は、サッカー部の同級生に呼び出されていた。でも要件は分かってる。卒業式の朝に男が女を呼び出してやることなんて一つしか考えられない。どうせ告白されるに決まってる。やることがワンパターンすぎる。


誰に呼び出されても、もう心は決まっていた。

私は堅い木のベンチに腰掛けて待っていた。胸に着いたピンク色のバラを右に左にと直しながら、ぼんやりと高校生活を振り返っていた。



やって来たサッカー部の好青年は、私が予想していた通りの話を切り出した。


「実奈、俺と付き合ってくれないか?」


私は、なんだやっぱりそんな話かと思って、とてもがっかりした。さっそく話を聞く気をなくして、すぐに返事を返す。



「ごめんなさい」

「えっ、早くない?」

「ごめん、最初から決めてたんだ」


「どうして?俺、何が悪かったの?」

「いや、別に何も悪くないの。ただ・・・」



本当の胸の内を話すわけには行かなかった。ただ、あまりにもバレバレな嘘を付いても噂になった時大変だ。私は慎重に言葉を選びながら、かつ頭の中で計算して、考えながら話をつづけた。


「私ね、留学するの」

「え?」

「留学するんだ」


都合のよかった「留学」という口実。

そのつもりもなくはないけど、とりあえず話した。


「留学って、どこへ?何勉強するの?」

「英語の勉強に決まってるでしょ。アメリカに行くの」

「どれぐらい?」

「1・2年ぐらいかな」

「それだったら俺待つよ」

「いや、別に待たなくても全然かまわないし」

「なんで?俺のこと好きじゃないの?」

「好きじゃないからこうやって断ってるんでしょ」

「そう言わずにさぁ、もっとゆっくり考えてよ」

「いやよ、卒業式始まるでしょ、早く行かないと」

「そんなこと言わないでさ」



お世辞にも演技がうまいタイプではない私。機嫌が悪くなるとすぐに顔に出てしまう。今も多分、相手から見たらものすごく不機嫌な顔をしているのだろう。


あーしつこい。

だから男って好きじゃないんだぁ。

私はどうやってこの男を振り切ろうか考えていた。


「なぁ、いいだろ?学年一のイケメンなんて言われてたんだぞ?こんな俺と付き合えるなんて絶対ないぞ?いいのか?」


うっわ。引くわ。

私の表情はおそらく一気に曇ったと思う。

外から見ないとわからないが、たぶん今までの人生の中で一番嫌そうな顔をしていると思う。学園祭の罰ゲームで激辛タバスコ入りスパゲッティを食べさせられそうになった時以上に嫌そうな顔になっている。


「何言ってるの?私がそんなに、単純な女だと思った?私にはね、大切な夢があるの。夢を叶えないといけないの。そんな身勝手な理由で邪魔しないで」



私はそこで一回深いため息をついた。

そしてとどめを刺すように、彼にまくしたてた。


「私の夢を叶えるのと、あなたと付き合う事。犠牲にするなら後者に決まってるでしょ?なんでそんなこともわからないの?そんな男と付き合うぐらいなら、私女と付き合った方がましよ。とにかく、この話はお断りします」

「なんでそんな物言いなんだよ・・・どうしたんだよ?いつもの実奈じゃないよ?だいたい、実奈の夢って何だよ?」

「私の夢?それはね、」


まだこの男折れないのか。はぁ。

まためちゃくちゃな嘘でごまかそうとしたその時だった。

突然、ガタンという音が響いた。



「実奈先輩?」


礼拝堂の入り口。

閉じていたはずのガラス扉が開いていた。

そばには、後輩の明里が、びくびくしながら立っていた。


好青年は気まずそうな表情になった。そして、「・・・もういいや、じゃあね」と捨て台詞になってない台詞を吐いて、礼拝堂の外へ出ていった。

「さようならー、元気でねー」

心にもないことを私は彼に投げかけた。


「先輩・・・あの・・・」

私の後輩、明里がそこにたたずんでいた。

「ずっと見てたの?」

「ごめんなさい・・・いつ出ようか、タイミングがなくって・・・」


ずっとおどおどした様子の明里。

いつもの明里らしいなぁと、私は笑ってしまうそうになる。

私はさっきまでの嫌悪感でまみれた顔から、いつもの明るいパッとした顔に戻る。


「あの・・・先輩、留学するんですか?」

「え?あの話?」

「さっき、お話してた時に一瞬言われてたので・・・」


私はとうとう笑ってしまった。


「も~、明里ったら。留学するなんて嘘に決まってるでしょ?私が明里に何か?少しでも隠しごとすると思った?」

「だってそんなウソつくなんて知らなかったから、一瞬本気にしちゃったんですもん・・・真面目な実奈さんだから、本当にするのかと思って・・・」


明里が涙ぐみそうになっている。

私は腕を背中に回して、そっと抱き寄せた。


「私は、明里しか見てないからね」

「実奈さん・・・」

「だから・・・ね?」


私は、制服の首元に手を掛ける。深紅のリボンをゆっくりとした手つきでほどいて、端を持ったまま、明里の首にそれを持っていく。


「先輩・・・」

「あげる。私の分身だと思って?」


それから私たちは、唇を交わした。

それは今までずっとずっと、長い間我慢して、待ち遠しくてしょうがなかった瞬間だった。女の子の優しい肌の感触はたまらなかった。どんなものにも代えがたい幸福が心を丸ごと優しく包んでいく。



「いつまでも、待ってますからね」

「私も、信じてるからね」


私は今日で卒業。

でも、明里はまだ2年生。

あと1年辛抱しないといけない。

だから、今日は私たちの【誓いの儀式】をする。



「ねぇ、私の夢、叶えてくれるよね・・・?」


私は、少し紅潮した顔で明里の顔を見つめて切り出した。これが、最後の意思確認。


明里は、何かを決意したような顔をして

「先輩となら、いいですよ・・・だって、大好きな先輩だから・・・」

そう、答えてくれた。

百点満点の答えだった。


私は何も言わず、微かに微笑んで見せた。




私の夢。

それは、卒業式を抜けだすこと。

そして、愛する後輩と情に溺れること。



ずっと憧れだった。物語の世界だけだと思って諦めていた百合を、自分の手でどうか咲かせたい。優等生の仮面を外す瞬間を、待ちわびていた。


ゆっくりと明里の胸のリボンをほどいていく。

明里も胸の鼓動が収まらないようで、真っ赤な顔をしてじっと私の顔を見つめる。私は堪らなくなって、首筋に赤い舌をゆっくりと這わせた。


「ああ・・・先輩・・・実奈先輩・・・」


いたいけな声が頭の中に響いて

やがて遠くなっていく。

それだけで、深い快感に全身が襲われる。

もう引き返せない道を、私は歩きだしていた。



カランカランと、乾いた鐘が鳴る。

卒業式は、もう始まってしまった。


さよなら。

優等生だった私。




[完]

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