大喧嘩



 ――死ぬなよ


 フェイロン達は町の大通りを走りに走る。案内に従って路地裏に入ると六人賭博場へ雪崩れこんだ。しばらく呼吸を整えると隅に転がっている、シャオとリンの姿が。


「仲間か。遅かったじゃねーかよ、殺すか半殺しで済ますのか決めかねていたところさ」

 この場を取り仕切っている、頭とおぼしきやくざが笑いながらお出迎えだ。


 フェイロンは仲間に二人を外に出すように指示をだす。


「ここじゃあ手狭だ。表に出ろ!」

 フェイロンは表通りまで出た。やくざは二十人ほど、手に手に棍を持っている。中には青龍刀を持っている危ない奴も二人。


「お前らは龍道会の者か?」

「龍道会は敵だ。それがどうした」

「いや、思い切りやれると思ってな」


 先程の頭がフェイロンの神経を逆撫でするような事を言う。

「虎はなぜ強いか分かるか? それは生まれながらにして虎だからだ。俺達やくざは生まれつき強い。武術なんかを訓練して強くなろうとしてるのは生まれつき弱いネズミのやる事だ。ふはは」


 フェイロンの怒りが頂点に達する。

「虎がさらに修行をすると龍になる。お前だけは許さねぇ。龍の拳をお見舞いしてやる!」


 そっとダーフーに近寄り小声で告げる。

「刀を持った奴が二人いる。俺は左の奴をやる。お前は右の奴をやってくれ、できるな」

「任せとけ、空手の抜刀術をみせてやる」


 喧嘩が始まった。観客も少しずつ集まり始めた。にらみ合いが続く。


ドンッ!


 真っ先に駆けたのはフェイロンとダーフーである。打ち付けられる棍をひらりとかわして、刀を持った男に照準を合わせる。男はまだ準備もできていなかったらしくようやく振りかぶるも、フェイロンに刀の柄の部分を上げ受けされさらに蛇形拳の目潰しをくらい、もんどりうって片目を押さえている。


 ダーフーの方は受けもせず素早い追い突きを飛ばし男を吹っ飛ばす。そして刀を奪い人の手の届かない二階の窓枠に投げて突き立てる。


 それを合図に大喧嘩が始まった。フェイロンは生き生きと棍をよけ相手を殴りつける。もともとが喧嘩好きなのだ。棍を打ち付けられようとも左の橋手で受け右手で横突きをぶちかます。まさに珠を得た龍の如く。

 その男から棍を奪い、振り下ろされる二本の棍をカツカツと同時に受けると横の奴には渾身の横蹴りを、前の奴は棍を持っているその手を狙い、バシィと一撃棍を食らわす。そして上段に回し蹴りだ。男は倒れそのままうずくまってしまった。


 ハオユーは両手をひろげ片足立ちになり、鶴形拳の構えを取る。棍を打ち込まれると右鶴手で円形に受け左手でそれを掴む。両手で引き寄せ内懐に入ると背中の肩甲骨の内側の「神堂」という経穴を正確に鶴手でつく。突かれた片側がしばらく痺れてしまう経穴だ。


 それからは拳に変えて殴り放題である。相手はなすすべもなく倒れ込んでしまう。だてに二十年もフェイロン相手に鍛練してきた訳ではない。かなりの実力者なのだ。相手をたおすとまた鶴形拳の構えに戻り「クワー!」と鶴の鳴き声を上げながら勝利宣言をする。


 ハオユーの本気の闘いをしばらくぼーっと見ていたウンランだったが、背中を棍で殴られごろんと一回転する。うずくまる豹形拳の構えを取り、その男が体勢を立て直す前にどどどどど……と連突きをお見舞いする。


 ジァンはかっぱらった棍でまだ倒してない奴の相手をしている。この男は形意拳の頃から棍術が得意だったので、水を得た魚の如しである。カンカンと相手の連続技を跳ね返し水月に棍先をぶちこむ。どさりと倒れ込む男。それでも打ち込むのをやめない。虫の息になってようやく解放してやる。


 最後に残るはダーフーである。振り下ろしてくる棍を足で受けそのまま一回転し後ろ蹴りをすると、なんと相手は宙を舞い、どたりと壁にぶちつけられそのまま気絶してしまった。


 次の奴は顔面にもろに正拳突きをぶちかます。そのまま横蹴りでこれまた吹っ飛ばす。次も足技、次も足技。足技のダーフーよろしく、次々と足技で決めていく。


 この五人の圧倒的な強さに残りの八人ほどは、意気消沈してしまい、棍を構えたままじりじりと後退していく。


「たーっ!」

 ダーフーが吠えると敵に突っ込んでいく。皆一番恐ろしいのが来たので、悲鳴を上げながら逃げ回り始めた、逃げた先にはフェイロンが。虎形拳の構えから、相手に何もさせないで上段に拳をぶちこむ。


 シャオとリンはすでに知らせに来た男に連れられ帰ってしまったようだ。今ごろは医者にでも見てもらっているだろう。


 あと五人……ハオユーが掌で相手の棍を受け流し、すっと近づいては顔面に肘を叩き込む。


 あと四人……ここに来て二人が脱兎のごとく逃げだした。


 あと二人……頭が子分を押す。子分はなんとダーフーに棍よる攻撃を加えた。ダーフーは一歩踏み込み上げ受けで攻撃を押さえると、その棍を左手で掴み右手の手刀で棍を叩き折った。それを見た男は、そのまま走り去って行った。


「さて、自分は虎だとか言っていた奴が一人いたなぁ」


 フェイロンが頭にずいと迫る。炎天下の下、二人が対峙する。


「さぞや強いんだろうよ、なあ」


 頭は「いゃー!」と気合いを入れフェイロンを打ちすえようと試みるが、フェイロンは左手の肘で受け、両手でぎゅっとひねって棍を取りあげる。そしてその棍を後ろに投げ捨てた。


「本当の虎ってーのは、こういうものを言うんだよ!」


 虎形拳の構えを取る。


 頭が突っ込んでくる。フェイロンはひょいとかわして後ろからケツを蹴る。頭は跳びはね、突っ伏してしまった。


 なおもフェイロンに飛びかかる頭。飛び蹴りを仕掛けるもフェイロンには届かない。それからは一方的にぶん殴られ蹴り回され、時折反撃するも「喧嘩拳法だ」と外受けされ殴り返される。反撃の糸口さえつかめないまま、膝から崩れ落ちる頭。


「誰が虎だってー?」

「……」

「もう一度聞く。誰がネズミだってー?」

「あなたが虎でございます。あっちらがネズミでござんした……」

「分かったならいいんだよ」


 フェイロンは念のため水月に蹴りを入れ、もとの場所に帰る。


「俺の弟子に手を出す奴は許さねー。例えやくざといえどもな。分かったか!」


 見物していた者達から拍手が送られてきた。

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