第3章 〜魔物無差別惨殺事件〜

#20 世間知らず

 漆黒の、夜。

 時刻は、丑三つ時。

 あらゆる生き物が寝静まり、ひっそりと世界が息を止めているような。

 そんな時間。


 しかし、それにそぐわない様な、大きな悲鳴が響いた。

 それはとある街の路地裏からのものだった。


「う、うわぁああぁぁっ!やめてくれ!」

「俺たちが何したっていうんだ!」

「助けて、母さん、父さん……」


 一匹のオス──リザードは四足歩行で慌てながら逃げる。

 どうやら、何かに追われているようだ。


グシャ

ドチャ


 後ろから、他の魔物の悲鳴と、何かが潰れたような音がする。

 気味が悪いどころの話じゃない。リザードは、途端に息を潜めるとスキル「擬態」を使用した。

 奥から足音が聞こえる。普通に聞けば何の変哲も無い足音だが、彼にとってはまさに恐怖の象徴のような……。


「どこに逃げたのかしら、厄介ねリザード種は」


 筋肉質の男が、こちらへと近づいている。

 リザードは気がおかしくなりそうだった。


(死ぬのか、俺……)


 全てを諦めそうになるが、希望は最後まで捨てない。

 息が苦しくなる、だか耐え続けた。

 すると、男はキョロキョロと辺りを見回すと諦めたように路地裏から出て行った。


(助かった……のか?)


 警戒するリザードだったが、何もないことを確認すると擬態を解いた。

 早く!

 早く誰かにこのことを知らせなければ!

 リザードはするすると地面を縫うように走り出し、直後。硬直した。


 前方に影。

 大男の、姿。

 逆光で見えないが誰か一瞬で理解する。明らかな殺意。


 その男は、舐め回すような目でリザードを見つめると、気色悪い声で──


「みーつけた」

「あ、あ……」


 リザードマンは頭が真っ白になった。

 何が起こってる、だってそうだ。この男はさっき去ったはずでは!


「あ、う、う。うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 恐怖のあまり絶叫する。

 しかし、その叫びは男の手により一瞬でかき消された。


「耳障りよ、あなた」


 首が、飛ぶ。

 リザードは、抵抗することもできずに死んだのであった。



**********



 エラリス国・アーガスの街。

 秋と柊、そしてゴブリンのリリアータはこの街にきてから二日目。

 今から冒険者ギルドへと向かおうとしている途中であった。


「号外!号外〜っ!」


 今日の街は、いつもとは違う雰囲気だ。

 辺りがざわめき、何故か混乱状況に陥っている人もいる。

 そんな人達を僕は関係ないと言うように通り過ぎていたのだが。


「なぁ、アキ。なんだ?号外、って」

「え?……新聞、ですかね。読んでみますか?」

「しんぶん?わかった、読む!」


 基本スルーする筈の新聞だが、今日は受け取ってみる。

 もちろんリリアに見せる為……だったのだが、そこには興味深い内容が書かれていた。

 柊がそれを覗き込むと「わっ」、といった風に勢いよく驚いた。


「なぁ、アキ、しんぶん見たい」

「い、いえ。これはちょっと」

「いーから!」


 リリアータは、秋の持つ新聞を力尽くで奪い、そこに記されている内容を声に出して読んだ。

 一応、文字が読める程度には標準語を学んでいるのだ。


「えーと『ろじうらで魔物が16人、惨殺。はんにんは人間か、魔物か』……って、魔物が死んだ、それだけ、でしょ?」


 しかしリリアータはこの世界の常識には疎いのである。

 秋は困り顔をしながら、教える。


「基本的にこの世界魔物は人間と同じ存在、だから魔物を殺しちゃいけないんですよ。傷害ならまだしも、これは殺人です。しかも16人。暗黒大陸は例外です」

「少ないぞ?ゴブリン、一日、何十匹も、狩る!」

「うーん、リリアちゃん。こう考えようよ!ゴブリンが16人、殺された。それだったらどう思う?」

「え!?酷い、ゴブリンは、殺しちゃダメだ!」

「それと同じ事が起こってるんですよ」

「は、はー。外の世界、世紀末……」


 どこでそんな言葉を覚えたのだろう。

 しかし彼女なりに事の重大さを理解できたようだ。

 でも一体誰がこんな事を……?全員標的は魔物みたいだし、これはかなり問題になる。

 でも、今の僕たちには関係ない問題だ。リリアが心配だけど僕たちが守ってやれば大丈夫だろうか。

 何にせよ、今の目的はギルドに向かうことだ。


 この事件が気掛かりになりながらも、僕たちはギルドに足を運ぶのであった。



**********


 

 久々に見るギルド、いつ見ても外見の迫力がすごい。

 何たって何十メートルもあるんだから、と言ってもここは複合施設で実際ギルドはその中の一部でしかないらしいのだけど。


「ここ、ギルド?高いぞ、落ちないか?」

「落ちないよ!……でも倒れるかも?」

「それは、ひじょーに困る!」

「柊、からかわないで下さい。中に入りますよ」

「はは、おっけー」


 談笑しながら中に入る。

 ここのエレベーター?には転移魔法が使用されているが、なぜか僕でも気持ち悪くならない。

 なんでも先進技術の賜物だとか、全ての転移魔法がこうであればいいのにと思った。


 四階層、ギルド本部へと到着する。


「ほほー、ここが、ギルド!いろんな、魔物がいる!」

「久しぶりですね」

「本当だよ!三週間ぶり?」

「多分それくらいですかね」


 歩いて、ギルドの受付カウンターに行く。


「あれ」


 見知った顔はなく、そこにいるギルド嬢は初めて見る人物であった。

 特に魔物の特徴もなく、至って普通の人間に見える。

 というか人間だ。近づいて話しかける。


「あっ、ええと。ようこそいらっしゃいませ!ギルドに!受付嬢のファールンと申します……」

「初めまして、冒険者のアキと言います。今日はこの子の冒険者登録に来たんですけど」


 リリアの方を指差した。本当にこんな小さな子がなれるのかかなり怪しいが、やってみない事には分からない。


「えっ!小さい子は、ある程度の能力がないとあ、あの。登録できないようになっていましてっ!」

「うーん、一応調べてみてください」

「あたし、強いぞ!」

「本人もこう言ってますし」


 そうして色々ありながらも、魔力の検査をしてもらった。

 結果的に言うとOKらしい。規定の強さ異常だったので、特別にということだ。


「おー、この。カード、なんだ?」

「冒険者カード、ステータスが見れるんだよ!」

「見てみたらどうですか?」

「うーん、興味、無い!アキ、持ってて」

「あ、うん」


 結構あっさりしている、受け取ったカードを見るがステータスは確認できない。

 本人の魔力に反応して情報が開示されるので当然と言えば当然だが、僕はリリアのカードを収納術ストレージ でしまった。こうすれば取られたり失くす心配もないので本当に便利なスキルだとつくづく思う。


「クエストを受けましょうか」

「そうだねー。金欠だし……このままじゃご飯も食べれないよ」

「なら、魔物、狩る!」

「は、へっ!?」


 ギルド嬢がびっくりした。ちょっとこれはまずい。

 リリアのその一言により、ギルド全体の視線がこちらへと向けられた。

 先程が街中で周りがうるさかったので聞かれなかったが、それより人数の少ないギルド内。その言葉は多くの人や魔物の耳に届いてしまった。

 その視線はどれも僕たちを敵対しているような、鋭く痛い視線だ。


 そうだ、今朝のこともある。

 まさに火に油を注いで、更にダイナマイトを投下する様なこの発言に、僕は冷や汗が止まらなかった。

 いつもなら悪質な冗談として受け止められるような発言だが、タイミングが悪すぎる。

 ──その時助け舟が入った。


「リ、リリアちゃん!ダメだよ、魔物じゃなくてアーリエ!いつも言い間違えてるけど、違うからそろそろ覚えよっか!?」

「あ……そ、そうだよリリア!全くもう、洒落にならないので本当。次から気をつけてくださいね?」


 勘がいいのか、リリアータは何か悪い事をしたのだと察した。

 そして、このギルドにいる冒険者たちにしっかり聞こえるように言う。


「ご、ごめん!もう、間違えない、すまなかった……」


 その言葉に、冒険者達はやれやれといった様子で、視線をそれぞれ戻す。


「全く、しっかり教育しろよな」

「次から言うなよ嬢ちゃん!」

「子供というのは大変な時期だからな、仕方あるまい」


 そんな感じで、なんとか誤魔化すことができたのであった。

 しかし本当にこのままではいけないと秋と柊は思った。


 この世界の常識、魔物、そしてアーリエの存在をしっかり教えなければいけないと。

 この先、リリアが何かやらかすのではないかと考えてしまうと、秋は気が気では無かった。

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