第2話 最初の仕事


 入社以来、ある噂がまことしやかに流れていた。

 僕の同期に『すごいの』がいる、と。

 当時、自分の仕事で必死過ぎて話半分にも聞いていなかったことだが、今思い返すと、それは足利あしかがのことだったのではなかったろうか。

 僕にその『すごいの』の噂のことを教えてくれた友人は、その男のことを“効率マン”と呼んでいた。



 実際、足利の仕事には驚異的なものがあった。

 大きなイベントの企画を立ち上げるということで企画書を書かねばならない。その資料集めということで僕らが呼ばれた。もちろん他にも人数はいるが本格的に始動するまでは最小限の手力たぢからで進めていくということだろう。

 とにもかくにも。

 僕や足利に課せられた資料集めは膨大なものだった。

 何日かかるかわからない。

 集めたものからさらに自分たちで資料作成していかなくてはいけない手間も考えると、企画書に辿り着くまで1か月単位での作業時間はかかるのではないだろうか。


 僕がげんなりした表情をしていると見た部長ボスは、

「そんなに気負うことはないよ。まだまだ資料集めの段階だ。それに、納期が決まっているものでもない。慣れない環境というのもあるだろうからゆっくり進めるといい」

 と僕の肩を叩いた。

 さすがは部長だ。伊達にロマンスグレーではない。

 涙を流して(もちろん心の涙だ)感謝してとりかかる。


 ここまでを1週間で、と区切りを打って進めていたが、なかなかうまくいかなかった。

 足利も苦労しているだろうから労ってやろうとすると、

「ん、ああ。終わったぞ」

 とりかかって3日目。

 こともなげに彼はそう言って見せた。

「うせやろ?」

 1週間と区切りをつけた作業を、足利は3日ででかしていた。

「大体集まったからな」

 足利は眼鏡のブリッジを上げる。

「集めた資料はまとめて部長に送った。だが区切りの期間まではまだ時間あるからな、こちらから提案して、今より深く資料集めを続行するか、次の資料集めに移行するかと聞いた。

 今の資料集めを続行してくれとのことだったのでまだ続けている」


“効率マン”


 友人がそう揶揄やゆしていたことを思いだした。

 足利迅人はやと

 名前に劣らない非凡さを垣間見た瞬間だった。


「どうやってそんな短時間にやるんだよ?」

「まずはお前の休憩時間を短くしてだな――」

「うん。わかった。もういいわありがとう」

 ニンゲンには限界というものがあるんだ。無理せず地道にやっていくことにしよう。

 心機一転して清々しい気分のまま自分のPCに向き直った。



 

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