不可思議な樫木

エリー.ファー

不可思議な樫木

 三十年と少しの時間を、木として生きていくことは難しいので、僅かばかりだが歩いてみる。

 窮屈だったのは、自分の頭の方だったのではないか、と考えるくらいに、スムーズに動き回れたことは、自分のことを褒めたくなるほどだった。木の中でも、自分で移動することのできるものは数が少なく、私の種類ではない。

 つまり。

 私がこのようにして歩くことができているということは間違いなく、突然変異ということになるのだと思う。

 ただ、このようなことが起きてしまうと幾つかの問題も同時に発生してしまう。

 つまり、である。

 私は間違いなく、この瞬間、完全に奇妙な木になっており、勇者や、他のモンスターたち、研究者などにとって格好の的になりうる、ということである。こればかりは避けねばなるまい。

 どうにかして、通信講座で岩になりすます、という技を覚えたが残念なことに岩型のモンスターの方が多いことが発覚。むしろ、手練れの勇者になって来ると、目ぼしい岩はあらかじめ遠くから矢や魔法で攻撃するようなのである。

 厄介な時代になったものだ。

 冒険の心得というものを、特に誰かに教えたもらう訳でもなく、理解する者が増えると結果として冒険の成功率は上昇する。そうなると、当然ながら冒険する人間たちの目が肥えてくるということでもある。

 私は知っていた。

 私が希少であるということを。

 私は知っていた。

 知られてしまえば、粉にされて何かの薬として売られることは間違いがないことを。

 今のうちに女神に向かって祈りを捧げ続ける日々である。どうにかして、この状態から逃げなければいけない。何か打つ手はないだろうか。

 まぁ、その、動けることは動けるのだが。

 仮に動けたとして。

 捕まる確率は遥かに高いし、そもそも移動速度はそこまでではないのだ。

 レベルアップを狙っていた時期もあったが、やめた。仲間を殺すようなことをしなければいけないのだし、それによってレベルアップしたところで、人間のレベルアップの速度に付いていくのは難しい。

 世界は基本的に人間が主人公としてできてしまっている。ただの歩く木などが主人公なわけもなく、所詮はレアアイテム、もしくは普通のザコキャラなのだ。

 主人公に憧れる訳もない。

 訳もないのだが。

 なんとなく、寂しいというのは事実だ。

 自分が世界の中心である、という認識を持つということがいかに重要であるか。そして、それが自尊心を満たすのにどれだけ大切なことなのか。

 何度も何度も考えて。

 カウンセリングを開くことにする。

 次から次へとやってくる客は何故か女性が多く、しかも綺麗目だった。自尊心が低いのに、プライドでも高いのか、とあてずっぽうを言うとかなりの確率で怒られ、しかも、殴られまでした。私は反省をしたが、それでも何故か残ってくれる女性に驚き、そしていいように扱える女を掴めたと、ほくそ笑んだ。

 十八年と二か月。

 私は今日も、心屋という店を開けてお客と話をしている。

 パワーストーンは飛ぶように売れるし、後ろに見えるオーラが淀んでいると言うと皆驚くようになった。ふざけて開運布団を売りつけて見たのだが、これが異常なほど感謝され、そちらの方にも手を伸ばしている。

 儲かりはしないし、すべては人の心を救うため。

 ほんと、ほんと。

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