夏祭りを控えて(10)

「ミオ、下駄を履くのは初めてなんだっけ?」


「そだよ。まだちょっと慣れないけど、カランコロンって音がして面白いの」


「ははは。転ばないようにだけ気をつけるんだぞ」


「大丈夫だよ。お兄ちゃんの腕にしっかり掴まってるからー」


 俺が右手で懐中電灯を持っているため、ミオは空いている左腕の袖にしがみつき、慎重に歩を進めていく。


「まだセミは鳴いてるけど、だいぶ涼しくなってきたな」


「うんうん。あと、今日は朝から曇ってたから、特に涼しいんじゃない?」


「ああ、それはあるかもね」


「ね。これが雨雲じゃなくて良かったぁー」


「ほんとにな。お祭りが中止になったら、せっかくの美味いものを食べに行く計画が、全部フイになっちゃうところだったから」


 月の光もおぼろげな曇り空の下。俺たちは生い茂る木々の影で真っ暗になったアスファルトを照らしながら、ゆるやかな傾斜の山道を登っていく。


 山の裾野から、納涼祭の会場である嘉良詰からつめ神社までは、徒歩でおよそ九百メートルほどの距離がある。


 この山自体は比較的低い山で、神社も、さほど高いところにあるわけでもない。ただ、山を取り囲むように舗装されているので、回り道するような形で、ぐるりと目的地を目指すことにはなる。


 それでも毎年、多くの人がお祭りに参加するため山登りをするというのだから、この納涼祭はよほど人気があるのだろう。


 高木こうぼくに囲まれた土地での開催だから、より涼しくなって快適なんだとか、そういう理由で好評なのかも知れないな。


 ――ところで。


 俺たち以外に、目的地の神社へと向かう人がまばらながら存在するのは、お祭りの開催が確定しているからだと解釈していいんだろうか?


 でないとこんな夜分に、下駄の音を鳴らしながら山登りをする理由がないもんな。


 せめて町内放送か何かで、お祭りを開催するのか否かを知らせてくれれば助かったんだけど、今はネットの口コミで情報を集める時代なのかねぇ。


 俺もそのうちSNS(※ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略称)でも始めようかな。

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