夏祭りを控えて(11)

「ねぇねぇお兄ちゃん」


「ん、何だい? ミオ」


「何だか音楽が聴こえてこない?」


「音楽?」


「うん。薄っすらとだけど、山の上の方から、太鼓の音とかが聴こえてくるの」


 ついさっきまで、アスファルトを蹴る、下駄の乾いた音にばかり気を取られていたが、なるほど、確かに聴こえてくるな。


 歩みを止めて耳を澄ましてみると、かすかながら太鼓や笛、そして雅楽などでお馴染みのしょうなどの音色が耳に届いてくるのだ。


 これはもう、間違いないだろう。


「良かったな、ミオ」


「え? 何?」


「今聴こえてきた音楽は祭り囃子ばやしって言って、お祭りを盛り上げるために鳴らすものなんだよ」


「まつりばやし?」


「そう。その祭り囃子が鳴ってるって事は、神社では今まさに、お祭りの真っ最中だって証明になるのさ」


「なるほどー。でもお祭りって、夜の何時くらいまでやるのかな?」


「だいたい九時くらいで仕舞いじゃないか? ミオくらいの子供たちだけで来てる場合もあるだろうから、あんまり遅くまでやると危ないしな」


「危ない……危ない?」


 ちょっと表現をぼやかして説明したせいか、ミオは首をひねりながら、「危ない」という言葉の意味を考え込み出した。


「えっと、その、何と言うか。ミオも学校で教わらなかったかい? 『知らない人についていっちゃいけません』ってさ」


「あ! それなら先生に言われた事あるよー。お菓子をあげるからって誘ってきて、そのままどこかに連れ去ろうとする怖いおじさんがいるんだって」


「まぁそういう分類だな、危ないってのは」


「じゃあ、夜遅くなったら怖い人が増えるってこと?」


「うん。夜は暗いし人通りも少なくなるだろ? だから、悪い事をしてもバレにくいと思うんだろうね」


 男の子に全く危険が無いとは言わないけれど、特にか弱い女の子や、ミオのようなショタっ娘ちゃんは、変質者による変態行為の標的にされやすい。


 だから、たとえそれが夕方であろうが昼間であろうが、極力一人だけで、知らない土地への外出する事は避けた方がいいのである。


 今日は、保護者であり彼氏でもある俺が同伴しているから安心だけれど、それでもあまり夜遅くまで連れ回すのはよろしくない。


 よって、おそらく神社が設定している午後九時というのは、家に帰り着くまでの徒歩の時間を考えると、やはり妥当であると言えるだろう。

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