義弘お兄ちゃんの懸案事項(5)

 いかに不可抗力であるとは言え、その視線に気が付いたら、ミオはきっと幻滅するんだろうなぁ。


 許してくれ。俺はショタっ娘の後ろ姿に胸をときめかせてしまう、罪作りな男なんだよ。


「ねぇお兄ちゃん。今度は左の方に曲がってみるね」


「え!? あ、ああ。頼んだよ」


 いかんいかん。思いっきり自分の世界に浸っていたがあまり、ミオの話を聞き逃すところだった。


「少しは慣れてきたかい?」


「うん! パンダさん動かすの、すごく楽しいよー」


 ミオはゆっくりとした速度に慣れると同時に、穏やかな音楽にて結構リラックスできたようで、今ではパンダさんを自由自在に動かし続けている。


 そのひたむきな後ろ姿が微笑ましくもあるし、また、頼もしくも見える。


 対象年齢がかなり低く設定されている乗り物だから、あるいは退屈するかもという考えがよぎりはしたが、心から楽しんでくれているようで、ほんとに良かった。


「ねね。お兄ちゃんも、ボクくらいの時にこれ乗った事あるの?」


「あるよ。と言っても、俺の時はパンダじゃなくて、大きなワンちゃんだったけどね」


「ワンちゃんなんだー。それって遊園地で?」


「そうそう。俺の実家から車で三十分くらいのところの遊園地なんだけど、今でもあるかなぁ」


「ん? 〝じっか〟ってなぁに?」


「実家ってのは、俺が生まれ育った家の事さ。今では、親父とお袋が住んでるんだけど、のどかでいいところだよ」


「そう、なんだ。いいなぁ……」


 さっきまで楽しそうにしていたミオが運転の手を止め、うつむきながら呟いた。


 生みの親に捨てられ、孤児みなしごとして児童養護施設で育ったミオにとっては、実家というものが無い。


 いや、厳密にはあったのだろうが、わずか二歳という幼子の時に捨て子にされた上、親が行方をくらましてしまったので、その在処を知りようが無いのだ。


 おそらくミオは俺の実家の話を聞き、実家の存在や親の名前も分からない、自分の生い立ちを思い出してさみしさが募り、やるせなくなってしまったのだろう。


「あ。パンダさん、止まっちゃった」


「えっと……じゃあ、もう一回乗るかい?」


「んーん。いっぱい楽しんだからもう大丈夫だよ。ありがとね、お兄ちゃん」


 後ろを振り向いて答えるミオの、その切なそうな笑顔を目にして、俺は申し訳なさで胸がつぶれそうになった。

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