初めてのデパート(13)

「あ、すみません。ついでというわけでもないんですけど、こちらは大人用の浴衣も売ってますか?」


「はい。大人用でしたら、七階の催し会場、サマー衣料フェスタにて販売中でございます」


「ありがとうございます。お世話になりました」


 俺たちは案内のお姉さんに頭を下げ、再びエレベーターに乗ると、まっすぐ六階を目指した。


 現在時刻は午前十一時半、ちょっと前。


 そろそろお腹がすいてきたので、ミオの浴衣を買ったら、デパート内のレストランで昼飯を食べよう。



    *



 一階のインフォメーションカウンターにて渡されたフロアガイドを頼りに、俺たちは六階の子供服売り場へとやって来た。


 ガイドによると、ここ六階では、ただ子供服だけを取り扱っているわけではなく、おもちゃやゲームなど、子供が喜びそうなものは何でも置いてあるようだ。


 ミオにとっても興味を示すグッズはたくさんあるんだろうが、そっちはひとまず置いといて、真っ先に浴衣のある店へ寄って行こう。


「いらっしゃいませー」


 若い女性の店員さんが愛想よく出迎えてくれたこの店は、子供服専門店の『キッズ・ヴィドール』という。


 フロアの四分の一を占めるほどの店舗の広さもさることながら、その品揃えの豊富さには面食らわされてしまった。


 一口に子供服と言っても、産まれたばかりの赤ちゃんから、小学生高学年までの衣料を男女別にズラリと並べてあるため、非常に目移りがしやすいのである。


 ここにはミオに着せる浴衣を求めて来たのだが、他にも気に入った洋服や下着なんかがあれば、ついでに買ってあげようかな。


「うわぁ。広いお店だね、お兄ちゃん」


「そうだな。迷子にならないよう、手を繋いで行こっか」


「うん! お兄ちゃんとするのー」


「な!? ……ミ、ミオ。一体いつ、そんな繋ぎ方の名前を覚えたんだ?」


「えっとね、一昨日見たお昼のテレビドラマで聞いたの。この手の繋ぎ方、恋人繋ぎって言うんだって」


 ミオはにこやかに答えると、柔らかくて、白魚のように細い指を、俺の左手に絡めてぎゅっと握ってみせた。


「それ、どんなドラマだったの?」


「何かね、お嫁さんがお家にいたら、男の人から電話がかかってきて、その人と仲良くなるんだよー」


「男の人って、旦那さんじゃなくて?」


「んーん、違う人。何だっけかなぁ、『お前とヨリを戻したいんだ』とか言ってたよ」


 ミオ……それは主婦層向けに放映している昼のメロドラマじゃないか。


 夏休み真っ最中の子供は、昼間も家にいる事が多い。


 察するに、暇を持て余した平日の昼間にテレビをつけ、何気なくザッピングしていたら、偶然放映されているメロドラマがミオの目に止まったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る