さらば、リゾートホテル(1)

「あぁー、歌った歌った!」


 時刻は夜の十時半。


 カラオケルームの利用時間いっぱいまで歌った俺たちは、受付にてマイクやデンモクなどの返却を終えてから、待合室で一休みする事にした。


 楽しい時間の余韻よいんに浸りたいのもあるし、すぐに解散するのも名残なごり惜しいような気がしたのだ。


 その空気を察知してか、カラオケルームの従業員さんが気を回して、俺たちに冷たい麦茶をサービスしてくれた。


「あ、どうも。お気を遣わせちゃってすみません」


「いえいえ。この度のご利用、誠にありがとうございます」


 くぅー、よく冷えてる。


 一時間半歌いまくって喉もカラカラだったから、冷や冷やの麦茶がしみ渡ってうまい。


「ユニィってば、結局全部アニメソングを歌ってたよね」


「いいじゃん。アニメ大好きなんだもーん」


「ははは。まぁ自分の好きな曲を目一杯歌って、ストレス発散させるのもカラオケの楽しみ方ではあるしね」


 ただ、社会人になってもアニメソング尽くしが受け入れられるのは、家族だとか、気の知れた仲間とカラオケに行った場合の話であって、これが合コンだったりすると、間違いなく引かれるし、浮いた存在になる事請け合いである。


「ボクはお兄ちゃんと一緒に『夢ヶ崎恋歌ゆめがさきれんか』を歌えて楽しかったよー」


「初めてのデュエットだったけど、ミオ、上手に歌えたね」


「そう? テレビで何回も聴いてて覚えたからかなぁ」


「ああ、あの九時前の天気予報で?」


「うん。それそれ。だけど二番はちょっと失敗しちゃったよ」


「天気予報の時間内じゃ、一番のサビまでしか流れないからなぁ。今度CD買おっか?」


「いいよぉ、そこまでしなくてもー」


 ミオはそう答えながら、苦笑いを浮かべた。


 かような反応を見るに、この子にとっては、あの曲はあくまで俺とデュエットしたいがための作品であって、特別な思い入れなどは一切無いようである。


 CDが欲しいほど気に入っているなら、あの天気予報を見ている時点で、購買欲が湧いてきているだろうし。


 それにしても、この夢ヶ崎恋歌みたいな、男女が交互に歌うデュエットの歌謡曲、最近とみに減ったような気がするなぁ。


 ヒットチャートの上位に来ないないから知らないだけで、実はひっそりとリリースされているのかな?


 俺が学生の頃に観ていた深夜放送の某音楽番組だと、昔はロックやJ-POPにまぎれて、演歌なんかもランクインしていたもんだが、もうそういう時代じゃなくなったのかねぇ。


「柚月さん」


 ぼんやりと考え事をしながらお茶をすすっていると、レニィ君が隣の椅子に座ってきた。

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