リゾートホテルの昼休み(8)

「これでよしと。今が二時ちょっと前だから、俺たちがグラスボートに乗れるまで、だいたい一時間半以上ある計算だな」


「じゃ、先にペダルボートに乗れそう?」


「たぶん大丈夫だと思うよ。ボートに空きがあって、すぐにでも乗れるならだけどね」


 俺たちはプライベートビーチの案内図を頼りに、今度はペダルボート乗り場へと歩いていく。


 しかし今日も見事な快晴だな、ジリジリと照りつける太陽と、水を吸った砂地から蒸発した湿気でムワッとした暑さになって、ダラダラと汗をかいてしまう。


 さらに、直射日光を浴びて焼けた砂がビーチサンダルの隙間から浸入してきくるもんだから、足の踏み場を誤ると火傷しそうなくらいに熱い。


 こういう真夏日を想定して、バッグには首元を保護するタオルと、キンキンに冷やしたスポーツドリンクなどを忍ばせておいてほんとによかった。


 海に遊びに来たはいいが、何の対策も取らずに熱中症になってブッ倒れては何の意味もない。


 楽しい思い出を作りに来た日であるからこそ、熱中症のような突然の病気や、不用意なケガなど、防げるものは尚更全力で防がなければならないのだ。


「お昼からすっごく暑くなってきたねー」


 ミオがスポーツドリンクをちびちびと飲みながら、もう片方の手でを持ち、ふき出す汗を乾かすかのように顔をあおいでいる。


「天気予報じゃ今日は曇りだったのにな。まぁ、いい天気だからこそ海の色も綺麗に見えたわけだし、一長一短だね」


 なんて話をしながら焼けた砂地を歩き、ようやく俺たちはペダルボート乗り場にたどり着いた。


「お。やってるやってる」


「いいなー。みんな楽しそう」


 砂浜からおよそ二十メートルほどの沖合いでは、数隻のペダルボートが稼働しているのが確認できる。


 一隻につき四人まで乗って遊べるので、特に家族連れにはうってつけなアクティビティなのだろう。


「ボートって、こんなに浅いところから乗れるんだ?」


 ミオが、船体の半分を砂浜に乗り上げ、待機しているボートを指差しながら尋ねてきた。


「ここはボートをくくりつけておく場所が無いからなぁ、お客さん待ちのボートが波にさらわれないように、いったん砂地まで引き上げておく必要があるんだろうね」


「なるほどー」


「さて。丁度ボートにも空きがあるみたいだし、さっそく乗せてもらおっか」


「うん。ボートこぎこぎしたーい」


 このホテルが運営するペダルボートは有料サービスで、一艇につき二千円支払えば、決められた区画を自由に遊覧できるらしい。


 ボートを利用できる時間は六十分と決められているが、ギリギリまで粘らず、制限時間の五分前には戻って来て欲しいとの事だった。


 ここのペダルボートは、かような時限サービスであるから、利用客には腕時計など、時間が分かる物の携帯が求められるのである。


 そういう情報や約束事は、宿泊する前にあらかじめ下調べをすれば簡単に分かるので、俺は今日のために、安物ではあるが防水用の腕時計を買ってきておいたのだ。


 後は係員の人にペダルの漕ぎ方やハンドル操作などの説明を受け、もしもの時のために渡されたライフジャケットも着て、後はいよいよ出航を待つばかりとなった。


「ミオ、ペダルに足届きそう?」


「ちょっと足を伸ばせば大丈夫みたい」


「そっか。じゃあすみません、お願いします」


「かしこまりました。それではいってらっしゃいませー」


 係員さんは二人がかりで、俺たちが乗ったボートを、後ろから勢いがつくように力いっぱい押し出す。


 完全に着水したボートは、俺とミオでテンポを合わせてペダルを漕ぎ始めた事で、ゆるやかながらも前に進み出した。


 二人のマリンアクティビティ、今ここに開幕である。



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