魚釣りと温泉(12)

「お兄ちゃん、これってどういう意味があるの?」


「うーむ。前に読んだ本ではマッサージ効果があるとか何とか……あとはダイエットだったかな」


「ダイエット? じゃあ、痩せるって事?」


「たぶん。まぁ、それは毎日入ってたらの話だろうね」


「ボク、これ以上痩せたくないなぁ」


 ミオがポツリと言葉を漏らした。


 世の中の、ぽっちゃりとした人たちにとっては、その言葉は贅沢な悩みに聞こえるかも知れない。


 ただ、ミオは普段から少食な上、太りにくい体質なので、あまり体重が減ってしまうと、今度は体力の低下が心配になるのだ。


 でも、羨ましくはあるよな、太りにくいって。


 三十路を超えると露骨に基礎代謝が落ちてくるらしいから、ちょっとの油断で腹が出てきやしないかと、俺の場合は別の心配をしなきゃいけなくなる。


 好きな人が太ったおじさんと化したら、ミオの百年の恋も冷めちゃうだろうし。


 そんな事を考えていると、大浴場と露天風呂を仕切る窓いっぱいに、ポタポタと水滴が付き始めた。


 どうやらこの佐貴沖島にも、雨雲が到来したらしい。


 やはり、昨日の夜ミオが話していた、週間天気予報は当たりだったのだろうか?


「あ。お兄ちゃん、雨だよー」


 ミオも雨天に気が付いたようで、ジェットバスの中で体勢を入れ替え、窓に打ち付ける無数の雨粒を指差す。


「そうみたいだね。運がよかったなぁ、俺たちは絶好のタイミングで帰って来れたんじゃないか?」


「そだね。後は晩ご飯食べて、お部屋の中で遊んで、お休みするだけだもんね」


 風呂上がり後のスケジュールは、おおむねミオの言った通りなのだが、一番気になるのは翌日の天気だ。


 明日はプライベートビーチで泳いだり、各種アクティビティで遊ぶ予定にしているだけに、それが雨天でフイになると非常に困る。


 これが一人旅なら諦めもつくが、今回はミオに思い出作りをさせてあげたくてやって来ているのだから、尚更晴れてほしいと思うのである。


 まぁ風呂場であれこれ考えても仕方ない、まずは情報を仕入れるために客室へ戻ろう。


「ミオ、そろそろ上がろっか?」


「うん! 明日は露天風呂にも入ろうね」


 俺たちはジェットバスから上がり、シャワーで軽く体を洗い流した後、脱衣所へと戻った。


 脱衣所は、これから風呂に入ろうとする人や、すでに風呂上がりで、備え付けの扇風機に当たって体を乾かす人などが各々の場所を陣取っており、今が賑わいのピークらしい。


 体を拭き終えて、いつものショーツ一枚になったミオは、ドライヤーで念入りに髪を乾かしていた。


 着替えで持ってきたショーツは、少しおとなしめで男性用に見えなくもないものだから事無きを得たが、あれがもし、例の〝一番のお気に入り〟だったら、たぶんミオは女の子と間違えられて、好奇の目で見られてたんだろうな。

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