魚釣りと温泉(10)

「そ、そんなわけないじゃん。そこはちゃんと男湯と女湯に分かれてたよ」


「ほんとー? だったらいいけど」


 俺の答えに安心したのか、ミオは手近の風呂桶でお湯をすくい、かがんだ姿勢でかけ湯をし始めた。


 今さっきの質問は、つまり混浴の温泉で、自分以外の女性と仲良くやっていたんじゃないの? という疑惑の追求のつもりだったんだろうか。


 確かに会社の慰安旅行では女性社員も参加したけど、女性陣はもう既婚者のおばさんばっかりだったんだよなぁ。


 以前釣り公園で元カノとデートした時の話といい、今回の事といい、ミオは意外とやきもちを焼くタイプなのかも知れないな。


「さ、入ろうか。熱いから、じっくりと浸かるんだよ」


「うん。足がすごくあつーい」


 俺の隣で湯船に入ろうとするミオが、片足ずつをゆっくりと浸け、じわじわと体を慣らしていく。


 体感で推測するに、ここの温泉の温度はだいたい四十度以上くらいで設定してありそうだ。


 いつも入っている我が家の風呂では、お湯の温度を四十度に設定しているので、それに近いと大体分かる。


 家の浴槽に湯を張る時、うっかり四十三度くらいの高温に設定してしまった場合は、水を足してかき混ぜ、冷ます事にしている。


 基本的に、俺たちは熱い風呂が大の苦手で、あまり熱すぎる湯に浸かっていると、のぼせて体調を崩すおそれが強くなるのである。


 でも俺の親父よりもさらに上の世代は、四十五度もある風呂に平気で浸かり、そのくらい熱くないと入った気がしない、とまで言い放つ人がいるのだそうだ。


 人によって適正温度というものが存在するので、それをとやかく言うつもりはないし、そんなに熱いのが好きなら自由にやってくれればいいと思う。


 だが、その四十五度の高温風呂こそがさも健康にいいと喧伝けんでんしたり、他人に押し付けるような迷惑な行為だけはやめて欲しいと俺は考えるのである。


「ミオ、大丈夫? 熱すぎない?」


「大丈夫だよー。ぽかぽかして気持ちいいの」


 ミオは頭にタオルを乗せ、俺の真横で首半分までお湯に浸かっている。


 どうやら、この子にとっても湯加減はちょうどいいようだ。


「お兄ちゃんと一緒にお風呂に入れるの、すごく幸せ……」


 そう話すと、ミオは俺の肩に体ごともたれかかった。


 ミオは喜んでくれているけど、俺の方は何だか、ものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 あの〝うさちゃんパーク〟の時、俺が「もっともっと一緒にいられるように頑張る」って言ったのを聞いて、ミオはもしかしたらお風呂でも一緒になれるかも? って期待をしていたんだろうな。


 俺は、そんなミオの期待に応えられないまま今日まで来てしまった事を深く反省し、さっきの決意を再確認して言葉にするべく、こう切り出した。

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