二人の名所めぐり(2)

「ついさっきね。一時間くらいだけど、いい気持ちで眠れたなぁ」


「ボクもぐっすり寝てたんだけど、途中で暑くなって、お部屋の中に入っちゃった」


「ははは。この部屋ならしっかりクーラーが効いてるからね」


「うん。すごく涼しくて、いい香りがするよねー」


 確かに、部屋に入った時からいい香りがするのは感じてたんだよな。


 これは花の香りっぽくもあるが、何となく人工的に作られた匂いのようにも感じる。


 室内をうろうろして匂いの元をたどってみると、客室の入り口に設置されたアロマディフューザーが、爽やかで、少し柑橘系に近い香りを漂わせていた。


 ここで使われているアロマディフューザーの仕組みはシンプルなもので、瓶型の大きな容器にアロマオイルをたっぷりと入れ、〝リード〟と呼ばれる長い棒を数本挿しておく。


 で、そのオイルがリードの先まで染み込んで、初めて部屋中に香りが広がるのだ。


 これなら電気も火も使わなくて済むし、インテリアとしも見ばえがいいので、おしゃれを好む女性には特に好評なのだろう。


「ミオ、そろそろお出かけしよっか?」


「うん、お出かけするー。最初は名所を見に行くんだよね?」


「そうだね。ホテルから少し歩いたところに観光名所が幾つかあって、繁華街じゃスイーツを食べられるらしいから、その辺をめぐってみよう」


「スイーツ楽しみだなぁ。ボク、甘いのだーい好き」


 ミオが顔をほころばせながらそう答える。


 以前、初めて学校のテストを受けた日に、おみやげでショートケーキを買って帰ったのだが、ミオはそれをすごく喜んで食べてくれた。


 これから行くホテル周辺の繁華街では、地元の特産品であるを使ったスイーツが目白押しなのだそうだ。


 どちらかと言うと酸っぱそうなイメージのあるかぼすだが、素材の味をどう活かしてくるのか楽しみではある。


 外出の前に、熱中症対策として、各々が持ってきた帽子とフリンジハットを被り、そして首元には直射日光の保護と汗拭き用も兼ねたタオルを巻く。


 ついでに、下の衣服も涼しげな格好にしたくなったので、俺は急遽きゅうきょ、生地の薄いハーフパンツへと着替えた。


 ミオは脚を全部露出したショートパンツのまま、日焼け止めだけを塗り直す。これでお出かけの準備は万端だ。


 フロントに客室のカギを預けた後、カウンター横のカタログラックに並んでいた観光案内のパンフレットを取り、俺たちはホテルを出た。


 さて、まずはどこへ行こうかな。


 パンフレットによると、ホテルから一番近いのは、沿岸からすぐの沖合いに鎮座する〝般若岩はんにゃいわ〟らしい。


 よし、まずはその岩を見てみるか。


 俺たちは仲良く手を繋ぎ、ホテル横の綺麗に舗装された歩道をしばらく歩き、案内どおりのルートを進む。


 目的地が近くなるにつれ、磯の香りが強くなってきた。海はもうすぐそこのようだ。


「あ、お兄ちゃん。あそこに大きな岩があるよ」


「おお、確かにでかいね。あれが般若岩なのかな?」


 海岸沿いには、歩道に隣接する形で、高さ八十センチくらいの防波堤が長く伸びている。


 その防波堤から二十メートルくらい先の沖合いにある、いびつで大きく、しめ縄が巻かれた岩を、数人の観光客が写真に収めていた。


 他にはそれらしい岩もないし、やはり、あの大岩こそが般若岩で間違いないみたいだ。

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