初めての通知表(6)

「ミオ、お花の世話を頑張ってるって書いてあるね。偉い偉い」


「ありがと。お花、すごく綺麗だからお兄ちゃんにも見て欲しかったんだけどなぁ……」


 と、ミオは少し残念そうに笑った。


 できる事なら俺も見に行ってみたかったが、近年はとある事件の影響により、一般人が小学校へ入ろうとすると、極めて厳格なチェックが入る。


 そのため、「花を見たい」というだけの理由では、何か裏があるのではないかと疑われるため、まず門前払いになる公算が高い。


 PTAの集会や授業参観、あるいは具合の悪くなった子供を迎えに来るみたいな特別なケースでもない限り、たとえ保護者であろうとも、そうやすやすとは校門をくぐらせてはくれないのである。


 それは、学校に児童がいない夏休み期間中でも同じ事だ。


 なので、ミオがお世話している花を見せてもらうとしたら、ミオにカメラを預けて、写真を撮ってきてもらうくらいしか手段が無い。


「夏休みは、お花の世話はどうするの?」


「えとね、夏休みの間はヨウムインのおじさんがずっといて、ボクたちの代わりにお水やりをしてくれるんだって」


「そっか、用務員さんがいるんだ。なら安心だね」


「うん。ボクも登校日にはお花を見に行くよー」


 ミオが通う小学校には、夏休み期間中、二度の登校日がある。


 最初は八月九日で、二度目が八月二十一日。


 なぜその日なのかという話はさておき、とにかく決められた登校日には学校へ行き、先生の話を聞いて、半ドンで帰って来るのだそうだ。


 その頃には、みんなこんがりと日焼けしてるんだろうなぁ。


「ミオは、何のお花が好きなんだい?」


「ボクはね、コスモスが好きだよ。真っ赤なのがかわいくて、一番好きなの」


「真っ赤なコスモスか。〝乙女の愛情〟だね」


「え。なぁにそれ?」


「赤いコスモスの花言葉だよ」


「はなことば?」


「そう。お花とかの植物には全部花言葉というのがあってね、その植物の特徴から、意味を持たせた言葉を作るんだ」


「それが乙女の愛情なの?」


「そうだよ。ミオにはぴったりな花言葉じゃないか?」


「でも、乙女の意味が分かんない……」


「乙女ってのは、まぁ簡単に言うと、若々しい女の子の事だね。ぴったりだろ?」


「んー。ボク女の子じゃないのにぃ」


 ミオはそう言って頬を膨らませるが、実は、俺に女の子扱いされるのは、あまり悪い気はしないらしい。


 というのも、ミオの中にある女の子らしさを初めて指摘したのが俺で、それをかわいいと言ってもらえた事がまず一つ。


 そしてもう一つが、俺に女の子らしくなったと思われる事は、裏を返すと、俺はミオの事をとして相応しいと思っている、とも受け取れなくもないからだ。


 突拍子もない発想だが、少なくとも、ミオはそう考えているのである。


 そういう背景があって、他人に女の子に間違えられるのは複雑だけど、俺だけは特別という事になっているのであった。

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