夢のリゾートホテル(9)

「構わんよ」


「……えっ? 本当ですか!?」


「三日間だろ? 行ってこい」


 課長はそう言うと、俺の有給休暇届を受け取り、その場で自分の認印を押した。


「あ、ありがとうございます!」


「柚月、それから佐藤も聞いとけ。お前ら、何か勘違いしているだろ」


「はい?」


「うちの会社は鬼のみ家じゃないぞ。鬼は給料も休みも与えないからな」


 至極もっともなお言葉だが、どちらかと言うと、鬼なのは会社じゃなくて課長のシゴキなんだよなぁ。


 なんて答えたらそれこそ地獄を見るので、俺たちはひたすら黙って頷くしかないのであった。


「休むのは大いに構わん。後ろめたい事が無いなら、届けは堂々と出しなさい」


「課長……」


「休む時はしっかり休んで、働く時はしっかり結果を出せ。それが営業第一課のルールだ。分かったな」


「はい! しかと心得ました」


「よし。佐藤も、偽の忌引なんて小賢しいことは考えるなよ」


「いっ!? そ、それはもう、重々に……」


 権藤課長、あな恐ろしや。


 いつどこで何を見聞きしているのか知らないが、佐藤が常日頃から、忌引を悪用して休もうと画策していた事まで察知していたらしい。


 なんという観察力だろうか、この人には絶対に嘘はつけないな。


 リゾートホテルに泊まるために三日間も会社を休む事で、一体何を言われるかと思ったが、結局、課長はすんなりと承認してくれた。


 俺が今年、有給休暇の申請をするのはこれが初めてだし、去年からの繰り越しの分が丸々溜まってたのもあって、大目に見てもらえたのかな。


 とにかく、これで全てのハードルはクリアできた。


 後は、家に帰ってミオに報告するだけだ。


「よかったな、柚月」


 権藤課長が自分の席に戻ったのを確認して、横にいた佐藤が小声でささやいてきた。


「ああ。今年で一番ヒヤッとしたよ」


「ほな、お金は後でええから、今のうちにコレをもろといてくれるか」


「ん? 何を?」


「まず、これが渡船のチケットや。離島への行きと帰りの分な。あと、ホテルのパンフレットも渡しとくわな」


「そういや船賃込みで予約してたんだったな。じゃあ、ありがたくもらっておくよ」


「みやげは頼んだで。できるだけ、うちの課の全員が喜びそうなのんを買うてきてくれよ」


「うん、分かった。佐藤にも特別に、残念賞で何か買ってきてやるよ」


「はぁ。ありがとさん」


 佐藤はユキちゃんとの別れ話を思い出したのか、がっくりと肩を落とした。


 ――そしてその日の夜。


 残業を終えて帰宅し、ちょっと遅めの晩ご飯を食べ終わった後、いつも通り俺の隣でテレビを見るミオに、ホテルの予約と有給休暇が取れた件を話す事にした。


「ミオ。二十一日から、二人で旅行に行こうか」


「旅行? それってお出かけするって事?」


「うん、そんなに遠くないところだけどね。休みが取れたから、二日間お泊まりしようかと思ってさ」


「お泊まりするんだ、すごく楽しそうだね! 行きたい行きたーい」


 人生初めての旅行に外泊という事もあってか、ミオも大はしゃぎだ。


「ねぇお兄ちゃん、どこに連れて行ってくれるの?」


「ここからだいぶ遠くにある離島のリゾートホテルだよ。ほら、これを見てごらん」


 と、俺は佐藤から受け取った、ホテルのパンフレットを手渡した。

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