ミオの散髪(6)

「シャンプーでお待ちのお客様、ご案内いたしまーす」


 他の客のヘアカットが終わり席が空いたことで、ようやく俺の番が回ってきた。


「今日はシャンプーと、お顔剃りもですよね。はどうされますか?」


「えと、自然な感じで揃えてもらっていいですか」


「かしこまりました。では先に、お顔の方から剃っていきますねー」


 座っているバーバーチェアの背もたれが倒され、俺は顔のいたるところにシェービングクリームを塗られる。


 そして、アゴともみあげまでを蒸しタオルで覆い、ヒゲを蒸らしている間に、理容師さんは頬や眉毛の間、額などを丁寧に剃っていってくれた。


 顔剃りをしてもらった後は、手で触った時のスベスベ感が何とも言えない心地よさなんだよな。


 市販のT字カミソリや、電気シェーバーじゃなかなかできない耳や額まで綺麗にしてもらえるし、眉毛も整えてくれる。


 営業職は人当たりのよさや、セールストークが大事だが、外見の清潔感もおろそかにしてはいけない。


 なので俺は、顔剃りは定期的にやってもらう事にしているのだった。


「お顔を剃り終わったので椅子起こしますね。そのままシャンプー台の方へどうぞー」


 服を濡らさないためのシャンプークロスを着せられた俺は、促されるままシャンプー台に頭を突っ込んだ。


 理容師は、涼感があるメントール入りのシャンプーを泡立て、頭皮を念入りに洗っていく。


 家に帰ったらどうせ風呂に入るのだが、自分でやるよりも、プロの腕前で優しく揉み洗いしてもらう方が気持ちがいい。


 頭がスッキリして、血行がよくなったかのような気分になる今日のシャンプーは、自分に対するちょっとした贅沢のつもりでお願いしたのだった。


「お疲れさまでした。どうぞ、お顔を拭いてくださいね」


 濡れた髪の毛をドライヤーで乾かしてもらいながら、俺は受け取ったタオルで顔を拭う。


 仕上げに整髪料をつけるかどうか尋ねられたが、この後は家に帰り、飯を食って寝るだけなので、ドライヤーと手櫛てぐしだけの、自然なヘアセットをリクエストした。


 さて、これで俺の分は全部終わったわけだが、ミオの方はどうなってるかな。


「え? 男の子だったの?」


「うん。そうだよ」


 ミオもシャンプーと乾燥を終え、最後に、服にまとわり付いた髪の毛を払い落としてもらうところだった。


「マジかー。お兄さん、君の事をずっと女の子だと思ってたよ」


「やっぱりみんなそう思うんだね」


「女の子にしては短くするんだなって心配してたんだけど、ほんとにこのくらいでよかった?」


「もう。だからボクは男の子なんだってばー」


 この店でも女の子だと間違われた事に関して、ミオは半ば諦めたような、半ば悟りでも開いたかのような複雑な顔をしている。


 かたや父親、かたや女の子か。


 俺たちは勘違いをされやすいという点で、似たもの同士なのかも知れないな。

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