ミオの散髪(7)

「お兄ちゃん。終わったよー」


 待合スペースで座っていた俺を迎えに来たミオは、乾きにくくて気にしていた襟足を短く整えてもらった事で、サッパリとした様子だった。


 やはり、ここの理容師さんは腕がいい。


 ミオの短くしてほしい、という注文に応える一方で、中性的なヘアスタイルを崩さないよう、絶妙な長さにカットしてくれていた。


「どうかな。似合ってる?」


「うん、すごくかわいくなったよ」


「ほんと? よかったぁ」


 少し不安げだったミオの顔が、パッと明るくなる。


「あ、でもね。お兄ちゃんが『かわいい』って言ってくれるの、すごく嬉しいけど」


「けど?」


「ちょっとだけ恥ずかしいかも……」


「ははは、ミオは照れ屋さんなんだね」


 と言って俺は、綺麗にセットされたミオの頭を撫でた。


「んじゃ、帰ってご飯にしよっか」


「うん!」


 閉店間際のヘアーサロンを後にした俺たちは、仲良く手を繋ぎ、家路につく。


 街灯が照らす夜道を歩くその道すがら、ミオがこんな質問をぶつけてきた。


「お兄ちゃんは、髪の毛を伸ばしてた事あるの?」


「あるよ。学生の時だけどね」


「どのくらい伸ばしたの?」


「えーと、どう言えばいいんだろ。真ん中分けのセミロング、でいいのかな」


「セミロング……」


 いかん、うっかりミオが知らない横文字を使ってしまった。


「要するに、全体的に肩くらいまで伸ばしたんだよ。こんな感じで」


 と、俺はジェスチャーで長さを表現する。


「ふーん。今じゃ想像つかないね」


「まぁ、すごく不評だったしなぁ。だからすぐにやめちゃったんだよ」


「ねぇお兄ちゃん、その時の写真って持ってるの?」


「一応家にあるけど……」


「あるんだ! ボク、見てみたいな」


「え!? そ、そんなの見ても何も面白くないよ。ほんとに似合ってなかったんだから」


「いいじゃん、写真あるのなら見せてよー」


「見ても損するだけだってー」


「お兄ちゃん、おねがーい」


 俺はミオの興味を削ぐために八方手を尽くしたものの、結局おねだり攻撃に根負けしてしまい、学生時代の写真が収められたアルバムを見せる事にした。


 俺の若気の至りを掘り起こされて、羞恥心しゅうちしんのあまり目を覆ってしまったのだが、意外な事に好評なのが救いだった。


 ミオいわく、「いつものお兄ちゃんも好きだけど、こっちのお兄ちゃんも優しそうで好き」だとの事。


 〝たで食う虫も好き好き〟とは、よく言ったものだ。


 あの当時に、ミオのような心優しくて奇特な子がもっとたくさんいたら、俺も少しはモテてたのかなぁ?


 ……さすがにそれはないか。



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