初めての魚釣り(9)

「大きくなって帰ってこいよー、その時はおいしく食べてあげるからな」


「イワシっておいしいの?」


「うん。青魚の一種で、すごくおいしいよ。栄養もたっぷりあるから、体にもいいんだぞ」


「へぇー。お兄ちゃん、お魚の事、何でも知ってるんだね」


 ミオが尊敬の眼差しで俺を見つめる。


「それほどでもないよ。子供のころ、俺も魚釣りに連れて行ってもらって、その時に教えられた事を覚えてただけさ」


 こうしてミオに披露できるくらいの知識を得られたのも、両親が俺を魚釣りに誘ってくれたおかげだ。


 今度は俺がミオに手取り足取り教えて、何とか、目的のアジを持ち帰らせてあげたい。


「潮位も上がってきたし、そろそろアジも回ってくるかもだから、もうちょっと頑張ってみようか」


「うん。楽しみー」


 俺たちは再び仕掛けを海に沈め、ひたすらアジの回遊を待った。


 ミオが竿を引き上げる時、たまに仕掛けが絡まったりするので、それをほどいてあげ、そのついでに、竿のしゃくり方や合わせ方をレクチャーした。


 こういうのは口頭で伝えるよりも、体で覚えるのが一番だと思うので、ミオの横に立って一緒に竿を持ち、体の小さなミオに最適な〝サビキ方〟を実践してみせたのだった。


 そこからさらに時間が経ち、寄せエサを半分くらい使ったころ。


 ようやく、ミオの竿に反応があった。


「わっ、お兄ちゃん! 竿が動いてるよー」


「お。ついに来たか」


 今度は、さっき俺が釣り上げた小イワシの時よりも、竿のしなりが大きい。


「ねぇねぇ、もう上げてもいい?」


「いいよ。さっき教えたようにやってごらん」


 ミオは俺のレクチャー通りに竿を合わせ、針が魚にしっかりフッキングしたのを確認してから、ゆっくりとリールハンドルを回し、ラインを巻き上げる。


 すると、複数ある枝針の真ん中あたりで、体高があり、キラキラと光る魚がじょじょに姿を現し始めた。


「バラさないようにな」


「バラさないってなーにー」


 大声で返事をしながら、ミオはその細腕で一生懸命ハンドルを回す。魚の抵抗もさることながら、仕掛けに取り付けたカゴがおもり付きなので、案外重いのだ。


 ただラインを巻き取るばかりではバラすおそれがあるので、時折に、体全体を使って竿を起こすようアドバイスする。


 ミオはそれを言われた通りにやるのだが、なにぶんにも初めてなもので、やはりぎこちなさは否めなかった。


 それでも、一生懸命に打ち込んでいるところがとても微笑ましい。


 俺はミオのサポートをする事も忘れ、心から釣りを楽しんでいる、その眩しい横顔に見とれていた。


 仕掛けを巻き上げきって釣り台に下ろすと、床に打ち上げられた一匹の魚が、ピチピチと元気よく跳ね回る。


 輝く銀色の魚体に、特徴的なエラ付近の黒い斑点。


 間違いない。こいつこそが、ミオが釣りたいと願っていた待望のお魚だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る