帰りの夜道で

「初めての学校はどうだった?」


 ちょっと豪勢な晩ご飯のおかずを買った帰りの夜道。


 俺は、ミオに初登校の感想を聞いてみた。


「んー、あんなにたくさんの人の前で自己紹介したの初めてだから、ちょっと緊張したかも」


「ははは、まぁ最初はそんなもんだよな」


「あとね、みんな最初はボクの事を女の子だと思ってたみたいなの」


「ああ、やっぱり?」


「うん。だからだと思うんだけど、クラスの女の子たちにいーっぱい話かけられちゃったんだ」


「そっか。じゃあモテモテだったんだな」


「モテモテ?」


「たくさんの女の子たちに好かれたんだねってことだよ」


「んー、そうなのかなぁ。いろいろ聞かれはしたけど、ほとんど答えられなかったし」


 ミオが首をひねって考え込む。


「何を聞かれたの?」


「えーとね、何のマンガ雑誌が好きなの? とか。いろいろ名前を出されたけど、ボクひとつも分からなかったよ」


「それって、女の子が読むマンガ雑誌の事?」


「たぶんそうだと思う」


「じゃあ分からないよなぁ」


 二歳のころに児童養護施設に引き取られたミオは、その施設の教育方針から、マンガ本に触れる機会が全く無かったのだ。


 アニメですら、昨日見るのが初めてだったミオにとって、今の女の子たちが読むマンガのトレンドなんて分かるはずがない。


 でも、そういう流行の話についていけないと、それはそれで友達と仲良くなるきっかけを失いかねないのである。


 今度二人で一緒に買い物へ行く時に、人気がありそうなマンガ雑誌を何冊かチョイスして、ミオに読ませてあげようかな。


「で、男の子のクラスメートの子たちとも、仲よくやっていけそう?」


「うん、たぶん大丈夫。男の子たちもみんな優しくしてくれたし、休み時間にいっぱい遊んだりお話したりして、楽しかったよ」


「そうか……よかった」


 俺はホッと胸をなでおろした。


 今日の仕事中に俺が一番心配していたのは、ミオの女の子にも負けないルックスが男の子たちにからかわれたり、いじめの原因になったりしないかという事だったのだ。


 だから、ミオが初めての学校生活を楽しんでこれたことは我が事のように嬉しかったし、同時に安堵あんどの気持ちで胸がいっぱいになったのだった。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん?」


「お兄ちゃんが初めて小学校に行った時は、やっぱり緊張した?」


「そうだなぁ、俺なんかは特に人見知りな性格だったからね。緊張もしたし、クラスメートと仲良くなるまでに時間がかかったよ」


「そうなんだー」


 ミオが意外そうな顔をする。


「ミオは今日から打ち解けられたみたいだし、明日からも楽しくやっていけるといいな」


「うん、ボク頑張るよ」


 そう言って、ミオは俺の腕を両手で抱きしめた。


 いろいろと気を揉む一日だったが、ひとまずミオが無事に学校生活を送っていけそうだという事が分かったわけだし、これで俺も明日からは、安心して仕事に集中できるだろう。


「ねぇねぇお兄ちゃん、お買い物の袋持ってもいい?」


「えっ? これ結構重いよ」


「いいよ。持たせて! ボクもお兄ちゃんのお手伝いがしたいの」


 そう言って、ミオは俺が手に下げていた買い物袋を受け取った。


「わ。本当に重いね」


「だろ? 何しろ三日分くらいの食料が入ってるからね。だから無理しなくてもいいんだぞ」


「んーっ」


 ミオは両手で買い物袋を抱きかかえようとしたが、さすがにその細腕では無理だったのか、地面スレスレでぶら下げるようにするのが精一杯のようだ。


「ほんとに大丈夫か?」


「大丈夫って言いたいけど無理かも……」


「はは。じゃあ半分こにしようか」


「半分こ?」


「そ。ミオと俺で、この買い物袋を半分ずつ持つの。それならミオもお手伝いできるだろ?」


「うん。じゃあ半分こするー」


 どうやらミオは、無理なものは無理だということをスパッと割り切れる性格らしい。


 もっとも、そっちの方がハッキリしてて分かりやすいし、何より自分に正直なのはとてもいい事だと思う。


 こうして俺たちは重い買い物袋を半分ずつ持ちながら夜道を歩き、八時前には自宅のマンションに帰り着いた。

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