思い出のミックスジュース
「ミオ、何が飲みたい?」
「んーとね……あっ、ボクこのミックスジュースが飲みたい!」
と言ってミオは、メニューに載っているミックスジュースの写真を指差した。
なんでもこの店のミックスジュースは、バナナとリンゴ、そして桃をすりおろしたものに牛乳を加えて作っている自家製のものらしい。
「いいね、うまそうだ。俺もそれにしようかなぁ」
「絶対おいしいよ、お兄ちゃん。一緒に飲もうよ」
「そうだね。じゃあお揃いにしよっか」
「うん!」
俺はカウンターの横でくつろいでいたおばあさんを呼び、ミックスジュースを二杯注文する。
その注文を受けてから程なくして、カウンターの奥から果物をジュースにするためのミキサーの音が、ガガガガッと店中にけたたましく響いてきた。
「はーい、お待ちどうさま。ミックスジュースですよ」
「わぁ、おいしそう」
ミオが目を輝かせ、グラスに顔を近づけて、なみなみと注がれたミックスジュースを眺める。
「こちらのお嬢ちゃんはあなたのお子さん?」
俺がグラスにストローを挿そうとしたその時、店員のおばあさんがそんな事を尋ねてきた。
「あ、はい。今日がこの子の初登校日だから、一緒に学校まで来たんです。でもまだ時間があったんで……」
「あらそうなの。初登校って、転校か何か?」
今度はちょっと突っ込んだ質問をされる。
ただ、ここで答えをはぐらかす必要はない。
俺たちに別にやましい事も恥ずかしい事もないのだから、正直に答えることにしよう。
「いえ、実は僕、児童養護施設にいたこの子の里親になったんです。それで自宅の近くにある学校に通わせる事にしまして」
「まぁ、そうだったのね。あなたがずいぶん若いから兄妹かしらとも思ってたんだけど、まさか里親だったとはねぇ」
「はは……」
「で、どうして里親になる事にしたの?」
「え? えっと、それは」
「おい、あんまり聞いてやるなよ!」
と、カウンターで作業をしていたマスターの旦那さんが、大声でおばあさんをたしなめた。
マスターは俺とおばあさんの会話を
「あら。ごめんなさいね、それじゃあごゆっくりどうぞ」
「はい。どうも」
おばあさんは足早にカウンターへと戻る。
それから程なくして、マスターがおばあさんに小声で説教するのが聞こえてきた。
どうやら店員のおばあさんは、他人の家庭の事情に首を突っ込むのが好きらしい。マスターはその悪い癖をとがめていたのだった。
たぶん、これまでにも何度かああいう光景が繰り広げられていたんだろうな。
「ミオ、おいしいかい?」
「うん。甘くてすごくおいしいよー」
よほど気に入ったのか、ミオはニコニコしながらミックスジュースを味わっている。
俺もグラスにストローを挿して飲んでみると、すりおろされた果肉が口の中いっぱいに広がって、ものすごく懐かしい気分になった。
「おぉ。これはうまい」
「でしょ?」
「うん。すりおろされた果物たちと、牛乳の配分が絶妙だなぁ」
「ボク、こんなにすごいジュース飲んだの初めてだよ」
「そうなの?」
「うん。施設にいたときは、ジュースよりも牛乳を飲む事が多かったの。背が伸びますようにって」
「へぇ。そういう食育の方針は学校の給食と同じなんだなぁ」
ただ、その食育の成果は今ひとつなのか、はたまた体質なのか。ミオは年齢の割にちと小柄だった。
そういうところも相まって、人はミオを女の子だと勘違いしやすいのかも知れない。
もっとも、その小さくて抱きごこちのいい体つきも、この子を〝ショタっ娘〟たらしめる魅力のひとつなんだし、本人がもっと大きくなりたいと切望しない限りは、当分このままでもいいんじゃないかなとは思った。
こういう考え方は危険だろうか。
「お兄ちゃん、お店に連れてきてくれてありがとね」
「ああ。今度は、学校が休みの日にまた来ような」
「うん。また一緒にジュース飲もうね」
俺が子供だった時も、デパートに連れて行ってもらっては、よくこんな果肉たっぷりのミックスジュースを飲ませてもらっていたっけ。
あの時の体験と味わいは、いい思い出として、大人になった今でも鮮明に覚えている。
今日、二人で飲んだお手製ミックスジュースの事も、ミオにとって大切な思い出になってくれるだろうか。
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