キンセンカ

みなづきあまね

キンセンカ

「ついに決まったそうよ。来週結納をするらしくってよ。」


噂好きの侍女らが朗らかに話しながら廊下をスッスッと歩く音がする。


「良いわよね、選び放題じゃない。皇族、華族、財閥・・・何が悪くて長引かせたのかしら。大体お金持ちは顔も良いじゃない?私なら一人目で『即決して!』って父に懇願しちゃうかも。」


襖越しに会話を聞いて、面白さにクスッと思わず笑った。


「あなたのことを噂しているのに、笑うなんて呑気ではないですか?」


寝具の奥にある籐椅子に掛けた男がいたずらっぽい笑みを浮かべて声を掛けた。世話係、西欧風に言えば執事。


「当事者はただただ嫁ぐのが嫌で引き伸ばしただけなんですもの。相手がどうこうとかよりも、自分の気持ちの問題。そこにゴシップ要素は何もないわ。なのに色々想像を巡らして、いいわよね、侍女って気楽で。」


私は嫌味を吐くつもりではなく、半ば本気でそう口にした。


床の準備ができた。背丈の高い螺鈿が散りばめられた朝鮮家具風のベッドに、敷布団が載せられた風変わりな寝具。まるで洒落た手術台。これで寝るのもあと少し。


「ねえ、ついてくる?」


私は布団を掛けてくれた執事に目をやった。


「いえ、残ります。きっと新しいご主人は、こんな若い男があなたの側仕えをするのを良しとはしないでしょう。」


「私のこと、好きじゃないの?」


憂いを帯びた声で尋ねると、彼は寝ている私に顔を近づけた。私は彼の白い首に腕を回した。


「あなたが他所に嫁いでも、僕は永遠にあなたを思い続けます。」


長い口づけを静かに受け止めた。半身を起こした私の長い髪がさらさらと枕に流れる。最後だと感じながら。


パンっ!と手前の襖が開く音がした。それとほぼ同時に私の名前が呼ばれた。


私は彼から腕を離し、彼は身を引いて部屋の隅の鏡台前に直立した。


「ようやく決まりましたわね。あら、もうご就寝?明日は早速嫁入り衣装を仕立てに日本橋まで行きますから。あなた、これからいかがして?」


話の最後に母は彼を見た。


「いかようにも。可能であればここで働き続けたいとは思っておりますが。」


彼は恭しく答えた。


「そうね、お暇を出せるほど暇な家でもないし、新しく仕事を見つけるわ。たまには娘へ荷物や郵便を持って行っていただくこともあるでしょうし。では、御機嫌よう。」


蝶々の描かれた黒い扇子をパチンと閉じながら、母は部屋を出ていった。


「そのうち迎えに来てくれるかしら?」


「どうでしょう。ですが、精神はずっと結ばれてます。チャンスさえあれば、生身のあなたも取り戻します。」


そう言うと彼は私の指に口づけ、部屋をあとにした。

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キンセンカ みなづきあまね @soranomame

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