熱の在り処(4)



 精神系の状態異常を無効化する殺害志向だが、そもそも殺害志向自体にそういった効果はない。

 殺害志向に精神を保護する効果はない。

 殺害志向に痛覚耐性はない。狂気を防ぐ効果もない。

 殺害志向はただただ敵を思考し、敵を志向し、敵を嗜好し、敵を執行するだけの機能スキルである。

 殺害志向とは敵を想い、心の全てを塗りつぶす狂気である。

 既に黒に染まっている物は如何なる色にも染まらない。

 殺害志向とはそういうものなので、だから他の色いじょうを阻害する。

(おぉおおおおお、き、桐葉さん。やりすぎじゃねぇかなぁ……! これは!)

 だから痛みはきちんと覚えている。

 だが殺害志向を持つが故に火神浩一は、如何なる痛みを受けようとも行動が阻害されない。

 身体中からオーラを集め(桐葉から供給されるオーラも含めて)、桐葉によって鍛錬の名目で破壊された箇所を癒やしていく。


 骨を折られる――治療する。

 肉を抉られる――治療する。

 内臓を破壊される――治療する。

 目玉を取られる――治療する。

 皮膚を剥がされる――治療する。

 神経を一本一本引き抜かれる――治療する。

 血管に溶けた金属を注ぎ込まれる――激痛に暴れ、抵抗しようとするも抵抗できずに強引に注ぎ込まれる。苦痛に呻きながらも、諦めて治癒のイメージを浮かべる。イメージが阻害される。治癒されない。阻害阻害――思考を続けるも失敗。

 桐葉の声が聞こえる。師による説明がなされる。

「わかったかえ? これがオーラによる治療の限界だ。損傷の治療、欠損部位の再生。そこまではできる。しかしそこまでしかできない。再生を阻害するものをぶち込まれれば再生は不可能になる。神術のような神という上位概念を利用した奇跡・・と違い。この辺りがオーラという変幻自在かつ驚異的な概念媒介の限界というわけだ」

 桐葉の手が、時間が経ち、冷えて固まった針のような金属を浩一の肉体より引き抜いていく。

 そういう金属だったのだろう、冷えた瞬間に棘上に変化した金属は引き抜かれる際に、浩一の肉体をずたずたに破壊していく。身体から血液や臓器などが失われていく。道場の床が浩一に血で汚れていく。

 見えずとも痛みから致命傷だと判断した浩一は慌ててオーラをかき集めて肉体の再生を始めた。

 アリシアスの治療のイメージ。

 あの神業的な治療手順は頭に思い描けるほどに記憶している。壊された肉体にオーラを集中し、治療していく。

 桐葉の感心したような声が耳に届く。

「浩一、うまく順応しているな。驚異的と言ってもいい……この辺りの操作感覚は個人差が多いが、お前のオーラ操作技術は覚えたてとは言えないほどに練達しているぞ。流石だ。褒めてやろう。喜ぶといい……さて、講義の続きだ。高ランクに到達すれば、戦闘中に欠損した部位の再生を可能とする治療手段の確保は必須だ。神術、改造、青属性、魔法、オーラ、これらがその中でも有名なものだろう」

 ふふ、と桐葉は笑う。その身体からあふれるオーラが浩一へと注ぎ込まれる。おかげで浩一はオーラの枯渇を気にせず治療ができる。


 ――師によって破壊された肉体を、師のオーラで治療する。


 浩一一人でこのオーラを捻出していたならばすぐに枯渇し、死んでいただろう。

 学ぶ。治癒に必要とされるオーラの量を、現状の浩一では捻出することはできない。攻撃に回す分を考えれば、現状の浩一ではせいぜいが血止めに利用できるぐらいか。

 桐葉もそれは納得しているのか、内容はそちらに寄っていく。火神浩一の内蔵オーラ量。

「魔法、神術、改造は適正がないお前には無理だろう。そして青属性もお前は持っていない。必然的にお前自身が使うならオーラになるわけだが、お前はオーラの供給量がどうしても足りない。肉体改造ができないからだ。さて、ならば浩一。どうする? オーラは万能だ。攻撃に補助、回復、様々に使える。しかしリソースは限られている。特にお前の場合は目標が目標だ。少ない資源を回復に割り当てるわけにもいかない――と思っているのだろう?」

 当然、浩一がオーラを使うとしたら攻撃にだ。

 Sランク以上のモンスターとやりあうのに攻撃能力の強化は必須である。

 身体能力、回復この2点は捨てるべきか。身体能力は技術で補う。回復は一撃も喰らわなければいい。

 かはッ、と嗤いが心に満ちる。なんだ悩むまでもない。解決し・・・――痛みが走る。

「馬鹿モノ。どうせ回復は一撃も喰らわなければいい。強化は技術でどうにかする、とか思っているんだろうがな。だからお前は狭量だと言うんだ」

 師がぐりぐりと浩一の背中に煙管の尻を抉り込んでいく。肉が抉れ、地味に痛いが浩一は必死で耐え忍ぶ。

「我が今お前にやってやっているように、オーラを外部から取り入れろ。強化、回復、攻撃全てでこのオーラ技術を使えるようにしろ。ああ、別にそういう技があるというわけじゃない。お前が自分でどうにかするんだ。いいね・・・?」

 酷い無茶ぶりだった。更にいえば助言もする気がないらしい。

 いや、桐葉さえも知らない可能性が高い。

 この世界ではオーラ強化は肉体改造とイコールだからだ。外部から持ってくる無駄をするなら肉体の中から生み出した方が当然ながら効率が良い。ゆえに外部からの供給方法など開発されているわけがない。

 だが、それを知っていながらこの師は浩一が方法を自力で探せと言っているのだ。

(まぁ、技を教えてくれてるだけでもありがたいと思わなければな……)

 この人物が、ここまで丁寧に技を教えているという時点で珍しいことだった。

 普段は技を一度だけ見せて、それを覚えるように言われるだけだった。それをここまで手取足取りでオーラの供給まである。

 明日は槍でも降るのだろうか、と浩一は心配になる。

「ほら、次だ。回復に関しては覚えたろ? 次、強化。やるよ・・・

 ずぶり、と針を刺された。

 跪くようにうずくまっていた身体から力が失われ、べしゃりと床に頬が接する。触覚はないが、痛みで判断する。

 今度は傷ではない。気穴に突き刺した針によって四肢の力を強制的に奪われたのだ。

「お前の身体から力を奪った。オーラで自らの肉体を強化して、立ち上がってみせろ。くふッ、くふふッ、面白いなぁ。なぁ浩一?」

 桐葉によって溢れるほどに注ぎ込まれていたオーラの量を絞られる。相応・・に調節される。

 送り込まれるオーラを上手く使って要所を強化し、立ち上がれということだ。

 浩一は心中で呻く。立ち上がれない屈辱。身体の痛みから、無茶な態勢で床に突っ伏していることはわかる。うまく動けないのは背中に桐葉が尻を乗せて体重を掛けているからだろう。感触はないが、屈辱的だった。

(ぐッ……これは、オーラ操作の肝である全身強化ではない、ということか。そもそも聞いたことないぞ。必要箇所だけの強化なんぞ。全く、無茶苦茶にも程がある!)

 戦士がオーラで全身を強化するのはそれが最も効率が良く、習得が容易いからである。

 そもそも肉体改造をした学生にとってオーラ操作は習得という概念すら怪しい。

 オーラ強化を可能とするAランク相応の肉体改造をしているならば、余るほどにオーラが全身から湧き出てくるからだ。

 だから強化といってもオーラで全身を覆うだけでいいのだ。オーラ自体を節約する意味も薄い。

 ゆえに、オーラに濃淡を作って弱所をわざわざ作る個別強化は技術として無駄が多いのだ。

 しかし師にやれと指示されればやらないわけにもいくまい。

 オーラを調節して脱力した部分に力を入れていく。どこまで力を落とされたのか。立ち上がれないということはFランクふりょうひん以下か。

(おぉ! おぉおおお! おおおおおおおおおお! オォオオオオオオオオオオ! オォオオオオオオオオオオオオオ!!)

 声は出ないので心の中で絶叫する。強化の方法は知らない。だが要は気合だ。オーラを強化すべき場所に当てはめ、気合を入れる。それでいいはず。

「馬鹿。猪かお前は」

 煙管で背骨を砕かれる。声が出ない。衝撃で集めたオーラが霧散する。オーラを背骨に集め、アリシアスのイメージを重ねて治癒を行う。瞬間だけ桐葉がオーラを流して補助をしてくれる。再生が終わる。オーラを絞られた。

「浩一、強化も治癒と同じ要領でやるのだよ。オーラを溢れる生命エネルギーと称する輩もいるけれどね。それは間違いさ。つまるところオーラとはただの概念媒介に過ぎない。それを自覚して操りなさい。攻撃の意思を載せれば攻撃を強化し、能力の増幅を願えば身体を強化し、負傷の治癒を画せば負傷を治す。わかるね? 治療と同じように身体を強化しなさい」

 想像する。師の言葉で浩一の脳裏に浮かんだのは那岐のことだ。

 戦霊院那岐。戦いに向いていない女。しかし強すぎる女。生きることに悩み、死ぬことを怖れ、しかし闘うことを選んだ少女。

 クシャスラとの戦いを思い出す。彼女の補助を。浩一に有用な補助魔法の全てを一息に掛けてくれたあの時を。

 思いだせ・・・・。あの瞬間こそは火神浩一の最盛期。あの時の己こそが最強だと信じろ。

 オーラを集める。要所に当てはめ力を振り絞る。叫びはいらない。なぜなら熱は心で燃え盛っている。己は強い・・・・。オーラにそんな想いを、戦霊院那岐の記憶と共に載せるだけでいい。

 あの少女が、あれだけの想いを載せて己を強化してくれた。その記憶がある限り、火神浩一はいつだって最強・・になれる。

 みしり、と桐葉を載せた身体が持ち上がる。両腕両足、力を失った部位がいつもどおりの力を発揮する。課題は達成だった。

「できたね。予想以上の早さだ。驚嘆に値するよ」

 楽しげな師が浩一の全身の針を引き抜く。五感がじわりじわりと戻ってくる。

 だがそれでは遅い。要所にオーラを流し、即座に復旧させる。

 ほぅと桐葉が愉しげに告げる。

「モノにしてるようで何よりだ。では次と行こうか」

 針の気配を背の上より覚える。

 浩一からは見えない、桐葉の笑みはただただ愉しげで、そして背筋が寒くなるほど、稚気に溢れている。


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