そして竜は彼方へと至り(2)
激しい戦闘によって破壊された玉座の間。
玉座に座するは黄金の竜の精霊。
対するは
しかし、そんな中、浩一は隣に立った那岐に向けて問いを放った。
「……あぁ? 戦霊院お前、あれを見て、勝ち目があるとか……思うのか?」
クシャスラの周囲には物質化した金属片が舞い始めている。魔力の補給を行っているクシャスラが防衛のために展開しているのだ。
黄金竜の総身に満ちる殺意。完全に敵は浩一と那岐を殺す体勢に移行している。
ただの学生ならば腰を抜かし、逃げ出していただろう相手だ。
「どうして、そんなことを今さら?」
だが、やる気を失っている浩一を見て、那岐は首を傾げた。
浩一から、まるっきり戦う気が抜けていたからだ。
那岐は驚く。
――そこには、
那岐はふざけるなと思った。浩一は自らを恥じ、まだ独力でなんとかしようとしているのだ。
だから那岐はその愚かな考えを真っ向から叩き伏せる。
己が侮辱されていると感じたからではない。
火神浩一に、那岐が
ゆえに懇願するようにではなく、請願するようにでもなく、ただ思ったことを那岐は伝える。
「勝ち目があると思わないわけがないでしょう? 貴方のような勇敢な戦士が、浩一みたいな相手そのものを想う人間に、貴方を尊敬する私が、全力で、なりふり構わずにサポートするのよ? 逆に言うわ。何処に負ける要素があるっていうの。それよりも――」
舌打ちと共に浩一が転移した気力回復薬や体力回復薬の錠剤を噛み砕き、月下残滓を構えていた。
『鋼迅乱舞』『メタルストーム』『魔槍』『
魔力を充実させたクシャスラの座す玉座に百を超える金属属性魔法を装填した、魔法陣が展開されていたからだ。
那岐がそんな浩一に気にすることもなく、杖を振るう。
「『隣を駆ける風』『
浩一の身体に次々と強化魔法が展開されていく。相手には魔力殺しがあるがクシャスラのものはミキサージャブと違い、接触型の魔力殺しだ。問題はない。
(……こいつは、そこまで本気で……)
浩一は考える。
言われてみれば、今、那岐の手によって発動し、火神浩一の身体に施されていく補助魔法たちは十全なる効力を発しているように思える。自身に魔法が効かない理由を知っている浩一は、恐らく常よりも出力を上げた構成で組まれた魔法だからだろうかと見当をつけた。
(いや、方法がどうとかはどうでもいい)
全てが初めての感覚に、浩一は戸惑いを覚えるしかない。
浩一は仕切り直しのために逃走するつもりだったのに、那岐は
そして、それに多少引き摺られてしまっている浩一は、自分が先とはまるで違う高揚感に支配されていることに気づく。
(なんだ? もしかして俺は戦霊院に認められたことを、喜んでるのか)
手を握り、開く。失われていた戦意が手のひらに汗として滲んでいた。
口角が釣り上がる。くくッ、と笑う。
「何よ? やる気あんのあんた?」
「いや、気にするな……」
思考が、那岐について思いを馳せる。危機的状況だというのに、余計なことを考えてしまう。
(戦霊院……か)
この強い目をした少女について、浩一は厄介な人物だと思っていた。
面倒な少女。新しい問題。行く先々についてくる女。
それでもきっと、邪険にする程度で本気で追い払わなかったのは、浩一がその本性を好ましく思っていたからに他ならない。
戦霊院那岐にしても、こんな格の劣った人物のサポートをするなど業腹であっただろうに。
圧倒的な格下である浩一に、まるで同輩のように接しなければならないことがどれだけの屈辱であったかなど、誰にだって簡単に想像できただろうに。
それでも、戦霊院那岐は己の義務を果たし続けた。
責任を果たすためならば、泥を被ることができる人物であると那岐は浩一に示し続けていたのだ。
先の心の問題も、那岐が逃げずに立ち向かった故の憔悴だと思えば、未熟というよりもよくぞそこまでという思いが湧き上がる。
そして、それから逃げずに結論を出せたことは賞賛に値した。
心の問題から逃げてしまう者は多い。
だが那岐は立ち向かい、悩み苦しみながらも生き抜き、結論を出した。
泥を被り、責任を果たし、何者からも逃げない人間は浩一にとって尊敬に値する人物だった。
そして、誰だって、自分が尊敬できる人物に認められることは、嬉しいことだ。
(ええ? おい。つまり俺は、得がたい友人を得られたってことか?)
こんな場で、と苦笑を浮かべた。
友。
友か。
火神浩一に友人と言えるものはいなかった。
絶無だ。存在していない。
東雲・ウィリア・雪は幼馴染の腐れ縁。ヨシュア・シリウシズムは友人という名の
そして、ドイル・スレッジハンマーは友人というよりは恩人。
受け付けのイレン・ヤンスフィード、あれは尊敬できる技能を持つ人物であるが、友人と言えるほどの関係でもない。
交友関係の狭い浩一は、自分の知り合いを数人数え、天を仰いだ。
「浩一ッ!?」
何を突っ立っているのか、と那岐が叫んだ瞬間。火神浩一の腕が縦横に振るわれた。『隣を駆ける風』速度上昇の上位魔法。それが効果を発動していた。
今この瞬間だけ、火神浩一の身体能力は普段のCランク相当からAランクの身体能力へと跳ね上がっていた。
魔力の散逸する音と共に鋼の弾丸の全てが落とされていく。刃と鋼糸が次々と切り刻まれていく。魔力へと還らなかったものも那岐の展開した防護魔法によって弾かれていった。
那岐は火神浩一の、苛烈な戦闘経験に裏打ちされた実力に言葉が出せない。
だが浩一は借り物の力に酔うよりも、初めてできたであろう友人にどう声を掛けようか戸惑っていた。
――つまりは。
「……そう、か」
「浩一ッ、あんたッ! ぼうっと突っ立ってないで、戦わないとッ!!」
必死な那岐に対して浩一はなんらアクションを起こさないままだった。ただ、腕だけは変わらずに鋼の群を捌き続けていた。
鋼の刃も、巨大な魔槍も、黄金の弾丸も、刃砕きの斧も、全て浩一には届かない。
(俺は――もう、あまりやる気がなかったが……)
そもそも浩一はあの敵が精霊であると理解した時点で、戦意以外の感情を失っている。
そしてその戦意も先程の敗北で解けてしまっていた。あとで必ず殺すという意思はあるが、それは後での話だった。
だから今の浩一は、那岐の戦意に引き摺られる形でここにいるに過ぎない。
だから真面目に戦うことができないし、敵を殺そうとも思わない。
『殺害志向』の弱点だった。感情を意思の源泉とするこの精神構造は、感情の火がなければ途端に戦闘意欲が低下するというデメリットがある。
そして『殺害志向』が効果を失っている今こそ、浩一は苛烈な思考に引きずられず己の感情を計ることができていた。
感情の戸惑いに、きちんと戸惑うこともできていた。
(くく、なんだよ。俺は、つまり戦霊院に認められて舞い上がってるってことか……?)
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