剣鬼の語らいは愛憎に満ちて(3)


 二人きりの空間。小さなテントの中で浩一は告げる。

「どんな強靭な身体をもってようが、心が弱けりゃ立ち上がれない。俺が知ってるのはそれだけだ。だから戦霊院、お前がな、どうしたいとか、どうなりたいとかを俺に望んでも無駄なんだよ。お前は一人で立つべきだと俺は考えているし、そもそも、俺に何が正しいのかなんてわからねぇよ」

 浩一とて、それが己の意思で決めたことならば、誰かのために戦うことは否定しない。

 雪のようにだ。

 そうだ。あの幼馴染の少女は、浩一のために戦いながらも殺意の源泉は自らのものだと認めている。

 だから浩一は彼女を尊敬しているし、共にいることができる。

 何を理由にしても、他人に対してそこまでできるなら、それは浩一がどうこう言う問題じゃない。

 しかし誰かのために戦う人間は、時にその殺意に酔ってしまう。

 そうなれば後は他人の殺意で戦う人形が出来上がる。

 浩一はそういった人間のことを否定しない。ただ、嫌悪するだけだ。どうしてか・・・・・。心の底から。

 那岐の願望を否定するのはそのためで。当然、その過程で心を抉っても浩一はけして後悔しない。


 ――戦霊院、お前を哀れだとは思うがな。


「俺の主観が混じってるが、なるべく客観で語れるように努力をしてやった。そのうえで俺は奴らの決断を愚かとは言わない。逃げることも生きるためには必要だからな。それで、どうだ戦霊院」

 浩一は鼻を鳴らした。哀れみを顔に浮かべていた。

「お前の参考にはならなかっただろう?」

 那岐の顔が絶望でぐしゃぐしゃに歪んでいた。どこまで気づいているのかと、どうして気づけるのかと。那岐は無言で問うていた。

「そもそも、戦霊院。お前がな。殺すとか殺されるとかそんなどうしようもない理由りゆうでそこまでなる理由わけがない。お前は、言っちゃあ悪いが完璧だ。完璧な軍人になるべく育てられている、完全な戦略兵器だ。そんな人間が、生まれてから敵を殺すべく育てられてる人間が、こんな場所で、こんな状況で、こんなタイミングで、無意味に殺すのが嫌だの、無意味に殺されるのが嫌だのと。そんなくだらねぇ泣き言言うわけないだろうが」

 だから、と浩一は続ける。

「お前、何か自分が気づいてなかったことに気づいたんだろう。単純に。そんな理由もんだろう」

 そうして浩一は那岐の答えを待った。当初は単純に那岐の質問に答え、ケリをつけさせるだけだったのに、こんな乱暴に心を暴いてまで、カウンセラーまがいの真似をしようとした理由はわからない。

 あえて理由をつけるならばきっと、

(あの時、ミキサージャブから逃げるときもこいつはまっすぐに敵を見つめていた。驚くほど眩しかったあいつをもう一度見てみたいだけなのかもな)


 ――戦っている那岐の姿が美しかったからかもしれない。


                ◇◆◇◆◇


 那岐は黙っていた。ずっと黙っていた。

 ただその表情が、その仕草が、その沈黙が、浩一の言葉が的外れでなかったことを示している。

 浩一も言葉を急かすようなことはせず、手入れを終えた月下残滓を組み上げなおしていると、恐る恐る那岐は口を開いた。

「……ずっと昔にね、モンスターと、共存できるって言ってた奴がいたのよ」

「馬鹿だな。そいつは」

「うん。だから殺された。そんな馬鹿を言った連中はみんな殺された」

 思い出すのは、多くの兵士が集った戦場だ。

 聖堂院が展開したチェス盤の戦場。軍団の結末が個人の決闘へと変換されてしまった戦い。

 あれで多くの兵士が死んでいった。

 だが、彼らはモンスターとの共存を本気で信じていた者たちだった。

 優しい人々だった。

 闘争が、永遠とも言える時間続けられるこの世界では、掛け替えのない人間たちだったのかもしれない。

「それで、お前は何に気づいたんだ」

「モンスターには、何かを考える知能はあっても、知性や感情はない。奴らにあるのは、機能だけだとずっと思ってた」

「だから殺せたのか?」

「そうよ。だから殺せたの。共存できるなんて奴らの言葉を妄言だと思ってればよかったから……いえ、違う、違うのよ。モンスターを殺すことに嫌悪はないのよ。結局のところ、私に求められている機能はそれしかないから。だから、殺すこと自体に嫌悪を感じても、それを……いえ、そうじゃない。殺すことに抵抗は、ある。あるの。それでも耐えられないわけじゃなかった。そうなのよ。私が、殺せなくなったのは、それに、正当性が感じられなくなったから、正義のないまま殺すことに耐えられなくなったからなのよ」

 那岐は、感じていたことを吐露し続けた。

 この価値観の違いすぎる男に言っても仕方のないことを、ずっと感じていた違和感を、死ぬ前だからこそ誰かに聞いてほしかったのかもしれなかった。

 いい加減、自分の愚図愚図とした思考に幕を引きたかったのだ。

 それが自分の終幕でも構わないと、那岐は思っていた。

「それで感情があったとして、今までとどう違うんだ? まさか、お前、感情があるから殺せませんとか言わないよな」

「言うわよッ!! 今まで教えられてきたことが間違ってるんだから。間違ってたら、間違ってたら、駄目なのよ……。アンタにわかる? あの戦争で死んだ連中に、お前たちはただの政治で死んだなんて……今から同じように、モンスターと共存できるなんて馬鹿なこと言いだす連中を、殺さなきゃならない理由が政治なんて」

 そうして優しい人間を殺していくのが、那岐を含む四鳳八院だなんて。そしてそれは、この政治体制が変わらぬ限り、未来永劫続いていく。

「死骸の上に繁栄を重ねても、辛いだけじゃない。なら、優しい連中を殺してまで守りたいものが―――」

「戦霊院……お前、それは本音じゃないだろう? いや、別に本音で話せって言ってるわけじゃないが……誤魔化しなら付き合う気はないぞ」

「な……ッ!?」

 唖然とした那岐が浩一を睨みつけようとして――動けなくなる。


 ――火神浩一は戦霊院那岐を見ていた・・・・


 恐ろしい目だった。そこには怒りも何もない。火神浩一は、ありのままの那岐しか見ていない。

 戦霊院と呼んではいるが、戦霊院として那岐を見ていなかった。那岐は思う。なんて傲慢な目なんだろう。

 那岐は思い知る。

 この目こそ、肉体的には弱者でありながらも、心が強者である者の目だ。

 権力者が格下を嬲るときの目とはまた違う、全ての生命を対等に見るものの目。


 ――火神浩一は、殺すと誓えば、どんな相手でも躊躇なく殺せる。


 だからこそ今の那岐に火神浩一のその黒い瞳は、ただただ恐ろしく映った。

 火神浩一は、たった一つの命で、純粋に敵と対する。故に、那岐のように他者を殺すことを一切悩まないのだとわかってしまうから。

 那岐は言葉を発せなかった。

 浩一は、那岐が欺瞞を発せばそれを即座に叩き斬るだろう。

 無論、今まで話していた全ては那岐の本心でもあった。


 ――だが那岐の恐怖の本質ではないのだ。


 いつのまにか、話しているうちに戻ってきた調子によって那岐の心はまた虚飾を張っていた。

 那岐の語ったそれ。それは全て他人についてだった。

 熱を入れて語っていたことは、全て表面上のことだ。


 ――殺したくない。間違った理由で殺したくない。

 ――正しいことをさせてあげたい。


 そんなものではない。

 那岐の本心は、ただただ傲慢な自己の欲望でしかない。


 ――間違えたままでは耐えられない。恥ずかしい・・・・・


 死を選ぶほどに、ただただ恥ずかしくて耐えられない・・・・・・

 それこそが那岐の本心だった。



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