過去は足跡を隠し忍び寄る(4)
「……これ、か」
三階層のとある書架に囲まれた一室。その片隅で浩一は情報素子の一つをPADに繋ぎ、閲覧していた。
『名称:ズィーズクラフト 種族:竜 ランク:EX
生体属性:【闇】【悪】 祝福属性:【闇】【暗黒】 色属性:【黒】。
詳細:同盟暦2078年 12月 24日 午前2時 32分 開拓シェルター【ヘリオルス】近郊、アストロイア山脈中腹にて孵化した竜、固体名【ズィーズクラフト】による襲撃によりヘリオルスに壊滅的な被害が発生する。
ヘリオルス警備の駐屯軍による抵抗があったものの、組織的な抵抗には至らず壊滅した模様。
同日午後8時 5分、学園シェルター【アーリデイズ】より派遣された救援軍による救助活動により生存者29名が救助される。
また、この際にアーリデイズ近郊に【ズィーズクラフト】が接近するも四鳳八院、
2日後の26日、派遣された調査団の調べにより、ズィーズクラフトの巣穴となった開拓シェルター【ヘリオルス】の復興は絶望的と判断。翌週、ゼネラウス首相、
・
・
・
付記。
ズィーズクラフト襲撃の際に死亡が確認されたナンバーズを下記に記す。
Ⅰ
Ⅲ
Ⅷ ケビン・ラックバック(35)
なお
Ⅱ ラインバック・エッジ(25)
Ⅴ
の両名の死体は確認されていない。
しかし、生存者の証言を聞く限り生存は絶望的である。
備考:都市中央にてズィーズクラフトの左翼と右脚を発見後、回収。
都市防衛のため、天門院の研究所に左翼の一部と右脚の一部を、武具に加工するため左翼と右脚の残りを剣牢院の研究所に送る。
文書の終わりに天門院の耐久実験のデータを添付する。
また、作成された武具のデータを添付する。ズィーズクラフト対策部の者はよく読んでおくように。
今後の都市の対策であるが。
ズィーズクラフトはT計画に属するEX級であるが、若く、まだ知能も低い。
ゼネラウス全軍を持って相対すれば恐らく倒せないことはないだろう。
戦術を練り、専門の装備を用意すれば我が軍に甚大なる被害は出ると思われるが、討伐することは不可能ではない。
しかしその損失の復旧には看過できぬ資源と時間を要するものと思われる。
そのためズィーズクラフトに関しては監視に留め、未だ開拓の進まぬ東方面への進出を――』
――
それはSSを越えた、測定外や規格外を表すランクだ。
そのランクを与えられたモンスターは、世界に数えるほどに存在するSSランクを超えた人類の絶対脅威と認識される。
驚異的な科学力を持ち、モンスターの群れ程度なら圧殺できるようになった人類が未だに地上を制覇できない理由。
山を削り、谷を埋め、大量の眷属を引き連れ、中国大陸を移動する超巨大な陸の怪物、鳴動する泰山『ベヒーモス』。
ユーラシア大陸を席巻し、人類の痕跡を見つければ集団で蹂躙する文明破壊者、旅する悪意、悪魔の蟲『アポリオン』。
核の直撃にすら耐え、原初のシェルターをただの一頭で攻め落とし、世界各地に卵を産み落とす竜の女王『ティアマトー』。
世界各地の海で眷属を増やし、船による大陸間の往来を不可能にした、蒼の魔竜『リヴァイアサン』。
そして、十年前、新たにEX認定された闇の魔竜、暗黒卿『ズィーズクラフト』。
かつて浩一がいたシェルター『ヘリオルス』は、そのEXランクモンスターに落とされた。
思い出す――その屈辱と絶望を。
だが、と浩一は月下残滓の柄を強く握った。
(俺は生きている。生きているなら、いくらでも挽回ができる)
だが、と情報が表示されるウィンドウに浩一は指を這わせた。
空間に投影された情報に物質的な厚みはない。浩一の指がすっとウィンドウをすり抜ける。
「……わかってたことだ。だが……」
彼らは死んでいた。そうだ、生きていたなら顔を見せていた。だからずっと死んだと思っていた。
それでも可能性は0ではなかった。だが浩一はこうして確認してしまった。
そうだ。諦めきれなかった恩人達の生存確認は終えた。
「わかってたさ……」
そうして浩一は、深く、深く息を吐いた。
そう、わかったのなら、やるべきことを考える。
今すべきは悲しむことではない。その時期は過ぎ去っている。
恐らく、今後最低でも百年はこの竜をゼネラウスは討伐はしない。
現在国軍の展開している東に向けての戦線は膠着しているわけではない。
前線と首都の間に、新たな開拓シェルターを中継点として建設しつつ、東に存在する大霊峰『富士』を中心として顕現している精霊種のEXモンスター『
ズィーズクラフトの襲撃を警戒しながらも百年、二百年の単位でゼネラウスは所有する戦力を高めようとしているのだ。
その目的は国家周辺に生息するEXランクのモンスターを討伐してなお、余力を残せるようにするためのもの。
EXモンスターは災害だ。
人類がそれに抗うことなどできないと昔は考えられていた。
確かにそうだ。若いズィーズクラフトはともかく、ベヒーモス、アポリオン、リヴァイアサン、ティアマトー……人類がシェルターに籠もっていた時代から存在する化け物たち。
現状ではゼネラウスの全力を絞り出しても勝ち目のないEXモンスターは数多く存在する。
それでも技術は進歩した。人類がシェルターを出た頃はAランクモンスターすら絶対的脅威として扱わざるを得なかった。
しかし、かつての敵も、今ではただの脅威の一つとして見ることができている。
――進歩し続ける限り、時間は人間の味方だ。
浩一は良し、と頷いた。それでいい。
浩一が力をつける前にズィーズクラフトが討伐される危険性は去った。
(俺が倒す。俺が、だ。他のだれでもない俺こそが……)
じくじくと心の熱が発熱していた。何かと戦いたいと、心の熱が身体に伝わり、浩一は無性に走り出したくなる。
だが今は更なる情報を求めるべきだ。この機会を最大限に活かすのだ。
しかし、記事を読み進めようとしたところで浩一の眉が寄せられる。
『――がいつか廃棄した■■■■。彼らの存在がいくつかの前線やシェルター内で確認された。そもそも現状、懸念するべきは、EXモンスターではなく■■■■ではないかと思われ――(略)――■■■■による戦力の激減により、都市防衛計画に甚大なる困難が予想される。■堂■■■からの■衛■■■都市■■■■滅■■■■部■■■■■■』
「……なんだ? 文字化けか? どういう――」
「まだ知るべきじゃねぇからだよ。それに竜殺とそいつは関係ねぇ」
それは見知らぬ、というわけではない声だった。
背後から
気配はしなかった。殺意もなかった。それでも条件反射で構えていた。
いつかこんな気配と相対したような感覚。それはいつだったかと思い出そうとするも、今はそんなことを考えている余裕がない。
浩一は思考に絡みつく懊悩を忘却し、敵だと思われるものに相対する。
浩一の視線の先に男は立っていた。
「よぅ、久しぶりだな」
浩一は無言で男を見返した。男は記憶に覚えのある改造軍服を着ている。彼が最後に着ていた衣服だ。
その軍服は正式なものを改造し、服のところどころに銀のチェーンや、ミスリルのリングをぶら下げたものだ。
男はかつてのように気障ったらしく胸元を大きく開き、ぶ厚い筋肉に覆われた胸板を晒していた。
だが、いくら懐かしい姿を再現しようとも、その腰にかつての愛刀、正宗重工製EXランク大太刀『
(……幻か? 敵も嫌なことをする)
「構えたままかよ。ッたく、おいコラ
相原三十朗。浩一が相対する
彼は本来は黒髪のはずの頭髪を金髪に無理やり染めている。
ゼネラウスの科学力なら自然色に染められるはずなのに、わざとらしい人工色にわざわざ染めている男は床に唾を吐く仕草をしつつ、刀を抜く仕草で己の腰に手を当てた。
そこには男の得物である大太刀はない。
敵を前に、浩一の噛み締めた歯が強く軋んだ。
死んだ男の幻影など侮辱するにも程がある。だが、敵が現れたなら、この場を誰かが監視しているはず。浩一は大声を張り上げた。
「何が目的か知らんが、俺のことを無理解というわけでもなさそうだな。しかしッ、相原三十朗の姿に俺が
「の、わりには感情は高ぶってるみてぇだが。どちらにせよ少し頭冷やせ」
――瞬間、二人は動いていた。
踏み込みはどちらが早かったのか。
巧者同士の打ち合いである。殺意と戦意が絡み合う。
着流し『白夜』の補助を受け、浩一は先手を取っていた。
敵の動きから浩一には攻撃を先に当てられる確信があった。
しかし、同時に索敵即殺がこの男には勝てないと結論を出していた。
長年の経験が告げるのだ。どうあってもこの男には勝てないと。浩一自身の力量が足らない。
――しかし既に戦端は開いている。
浩一の体は踏み込んでいる。月下残滓を振りぬかんとしている。
刀身には覚えたての
だが三十朗は全く現れた地点から動いていない。
「構成、練り、速度、全てが甘い。児戯にも値しねぇ未熟さ。てめぇは何にもわかっちゃいねぇな」
喝ッ! と三十朗が声を張り上げた。
瞬間、浩一の体は止まっていた。刃は相手に触れる直前。踏み込みは中途半端に留まっている。
身体が
抗うために気を込めようと、強引に浩一が体を動かせば。
喝! と三十朗より続けて気迫が放たれた。
『侍の心得』は発動している。そもそも敵意も何もない。気など込められていないただの
ただの気合。だが、それを放ったのが凄絶なる実力を持った人間であればどうだろうか。
浩一の体は吹き飛んでいた。己の体を知る浩一には何が体を吹き飛ばしているか理解できる。しかし原理が理解できない。
(なッ!? どうして、俺が、
硬直したままの体が書架に叩きつけられる。
浩一が自身で吹き飛んだにも関わらず、いや、自身で吹き飛ばしたからこそ身体は受身も何もとれなかった。
全身の痛みをそのままに浩一は月下残滓の柄は離さず、ただ気力だけで立ち上がる。
未だに筋肉も神経も凍りついたように動かない。しかし今動かなければ殺されると気力を振り絞る。
ほぅ、と三十朗の頬が緩む。楽しそうに顎をなでながら、小さく生えた無精ひげを撫でた。
「根性だけは昔どおり、と。しかしてめぇは相も変わらず理解を放棄してるのか。いや、単純にてめぇの前に立っている俺を認めたくねぇのか……」
三十朗に相対する浩一は無言だった。その視線は出口には向かず、じりじりと身体を移動させ、背後の出口への壁となる。
浩一の歯が噛み締められる。この男を逃がすわけにはいかない。
「無駄だぞ。今のてめぇがいくら気合を入れたところで俺を害することなんざできやしねぇ」
三十朗は浩一に聞こえないように今のままじゃな、と小さく付け加えたが、そもそも浩一が男の言葉に耳を貸すことはない。
それは倒さなければ後がないと信じ込んでいるからでもあるし、単純に浩一自身が自らの弱さを思い知っているからだった。
言葉を聞いては惑わされる。巧者を相手にするならば愚直に勝機を探すしかない。
「なぁ? ちょいと冷静に考えてみろや。なんで俺がここに姿を現したか。どうしてお前の前にいるのか。何故、今このタイミングなのか。てめぇの頭で、てめぇの判断はどうだ? 俺は危険か? なぜ追撃しねぇ? 何故お前を圧倒しても俺は攻撃しねぇ?」
「…………」
無言。浩一はただただ無言。頭を使おうとしているのではない。
もとより浩一の中に考えるという判断がなかった。とりあえず敵だと判断し、刃を向け、敵が強かったからその術理に興味があるのだった。己の知らぬそれ。如何に凌ぐか。如何に打倒するか。浩一の興味、思考はそちらに向いていた。
――その思考の全ては目の前の、懐かしい恩人の姿をした敵を打倒するために。
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