過去と幼さは心に巻きつき(3)


 ゲートを通り、『下層資料室』に入った浩一は、その内装の豪華さに少しだけ感嘆の息を漏らした。

 アーリデイズ学園とて様々な部分に四鳳八院の貴族趣味が出ているが、ここは少し庁舎色が出ていて、施設の特色が面白い。

「結構広いな……」

 レベル3相当の機密を保管する『下層資料室』はここだけだ。

 この巨大なアーリデイズシェルターのレベル3機密をこのビルだけで管理しているのだ。相応の広さが必要なのだ。

「といってもほとんどが入場不可のフロアだけどね」

 那岐が壁に張り付けられた金属板の施設案内を指差す。利用可能なフロアは五階までで、それ以外は表示されていない。

「へぇ、そうなのか?」

「そ、当たり前だけどここってネットワーク上は隔離地帯クローズドだから、その関係でサーバーとかいろいろと置いてあるし、警備も厳重にしてあるのよ」

 何十階ものフロアを有する高層ビルといっても職員以外が利用可能できる部分は少ないらしい。

 といっても浩一としては初めて見る世界に少しだけだが感動していて、あまり聞いていない。

 浩一が天井や壁を見れば、黄土色にほのかな赤色が混じった血冥岩けつめいがんでできた天井や壁や床を、機密レベルの高さを物語るがごとく、自律した思考を持つ多脚の小型機械が移動しているのが見えた。

警備ガードロボまで置いてあるのか、なかなかに壮観だな」

「そう? あんまり大したことなさそうだけど」

「レベル2じゃ衛兵ぐらいで警備ロボとかあまり見なかったぞ」

「まぁ、レベル2だったら子供でも見れるから」

 那岐の言葉に、ついさっきまでレベル2権限しかなかった浩一はぶすっ・・・とした顔をした。

「ち、違う違う。今のは言い間違えただけだから!!」

 浩一の肩を申し訳なさそうに掴む那岐に、まぁいいかと暴言を忘れることにする浩一。

 とにかくこの施設に入れたのだ。浩一としてはこれで目的が果たせると前向きな思考になる。

「だから、その、ね? ね?」

「いい。気にしてない」

 そう、那岐から見れば大したことがなくとも、浩一からすれば今まで見知ってきた世界とは違う、新しいステージだ。

 機密レベル2『上層図書館』では警備の兵が入り口を護るだけだった。

 無論、監視カメラやその他の機器がビル内には存在したが、このように常にガードロボットが徘徊しているわけではない。

 天井を歩く、赤ん坊の頭程度の大きさの胴体に、蜘蛛のような多数の足を生やしたガードロボット。

 緊急時のみだが、単位を払えば人間大の大きさの同じような機械がダンジョン内で呼び出せるらしい。

 浩一はあれを捕まえて弄くったらどうなるのだろうかという好奇心に駆られるも、それを抑えて周囲を見渡した。


 ――子供のように浮かれてしまっている。


 人の喧騒はないものの、広いフロアには多くの人々が見えた。

 白衣を着た青年や女子学生の集団、軍服を来たゼネラウス軍の軍人がいる。

 所々に設置された一人用の机では様々な年齢の研究者や学生たちが資料を呼び出して、施設専用の端末に表示させていた。

「意外と人が多いな」

「ああ、うん。レベル1、レベル2みたいにどの区画にもある施設と違って、レベル3以上の施設はシェルターにそれぞれひとつだけしかないから、全区画から利用者が来てるのよ」

 金属製の書架・・が脇に並ぶ通路を歩きながら隣の那岐が解説をしてくれる。

 相変わらずその距離は近く、少し手を動かせば身体に触れそうなほどだった。

 解説は嬉しいが邪魔だなこいつ、なんて思いながらも浩一は物珍しそうに周囲を見回す。

「書架? へぇ、本か? 珍しい」

 この世界では紙の本は貴重品というほどではないが珍しい部類に入る。

 それはPADが普及しており、ウィンドウを開けば、いつでもそこに収めたデータが閲覧できるからだ。

 もちろん転送システムがあるので、いつでも本を手元に持ってくることもできるが、やはり文章データなり数字なりをウィンドウに表示する方式の方が利用者が多かった。

「ああ、いや、本ってわけじゃないのか、これ」

 そのためか、書架に収まっているのは本の形をしたケースだ。

 金持ちがやる様式美という奴だろうか? 浩一は首を傾げ、書架から一冊を抜き取り中身を確かめる。

 『人の魂に関する研究考察Ⅳ』と書かれた本は装丁こそ見事なものだが、中は透明なケースになっており、小さなスティック状のメモリーが収まっていた。

「なぁ、なんで本なんだ?」

「見栄えでしょ。まぁそれ自体が頑丈なケースになってるから、そんなに無駄なもんでもないわよ。ま、ちょっと無駄に頑張っちゃってる奴もあるけどね」

 シェルターの科学力からすればこの程度のデータにスティックほどの大きさの記録媒体を使う必要もないが、あまりに小さすぎるとうっかり紛失、破損しかねないので重要データは基本的にスティックサイズ以下の媒体が使われることはない。

 また、書架に入っているケースはそれぞれ外装が違っていた。

 那岐が言った無駄に・・・頑張っち・・・・ゃってる・・・・、というのは書架に時折入っている金装飾の本や白銀で作られた本を指しているのだろう。

「ま、全データは上のサーバールームにあるから、別に本じゃなくてもいいんだけどね」

 スティックを取り出さなくても外装である本には挿入用のケーブル端子があり、施設で借りられる専用機器を使うことで、データを閲覧することも可能だ。

 なお機密上の理由から無線での閲覧やデータの吸い出しは行えないようになっている。

 機密情報を網膜からスキャンして脳内に複製可能・・・・な電子データとして残すことも可能だが、それをして八院の『電脳使い』に脳ごとデータを焼き切られた生徒が過去にいるためそういった方法での持ち出しも監視されていた。

 肉体改造時に、学生が不正に複製したデータを脳に所持していないかの検出などが研究所などで秘密裏に行われていることは意外と知られていない事実でもある。

 もちろん学園都市には完全記憶能力者などもいるが、そちらは別の形で管理されている。

 ちなみに生体脳が保持している記憶を本人の許可によらず閲覧したり複製したり、外部に保存、拡散したりすることはまた別の刑罰に属している。

 心護院が記憶や心を読んでも咎められないのはそれが八院だからだ。

 浩一に教えるためか、長々とそんなことを語った那岐に、なるほどな、と浩一は半分ほど理解した風体で頷いた。

 四鳳八院の闇をそんな簡単にペラペラと浩一に喋っていいのかという気分である。

「っと、終わったみたいだな」

 公的機関に入ったため、PADが自動的に資料室との接続を終えたのを確認すると、浩一は思考操作でPADに資料室の地図を要求する。

 最近ようやく思考操作に慣れてきた浩一だが、その便利さに、意地を張らずにさっさと思考操作にしておけばよかったと考えていた。

 とはいえ以前はPADにかける資金がなかったし、そもそも浩一は不便と感じていなかったのだが。

(一度楽を覚えるとよくないな、もう戻れないぞこれは)

 浩一が地図を見ながら、目的の情報が閲覧できるフロアを探していると那岐が浩一を怪訝そうに見ていた。

「アンタのPAD、接続遅いんじゃない? 初回だから申請とかに時間かかってるとはいえ、最新式なら十秒掛からないわよ?」

「俺のPADは古い型だからな。OSやら周辺機器やら、更新やら追加システムも開発されてないぐらいだ」

 浩一がPADの型番をウィンドウに表示させて見せれば、那岐は、うわぁ、という顔をした。

「開拓者協会製の『道を拓く者』ってアンティークじゃない」

「恩人の形見なんだよ。とにかく、わざわざ新型にする必要もないし、これでいいんだよ」

 否、思考操作がそうだが、PADを最新式にすればきっと便利なのだろうと浩一は思う。

 だがこれはこれで便利なのだ・・・・・、と内心で浩一は断言した。

 口に出さないのは誰も信じないからだ。

 そもそもPADのシステムは初期に規格が決まり、今に至るまでそこに大幅な変更はない。

 だから新旧でのシステム間で接続不良などはあまり存在しない。

 最新の機器を揃えているアーリデイズ学園だとその前の接続の段階で多少の時間がかかるが、それだって一度接続してしまえばPAD側でプログラムの自動調整が行われ、最新式とそこまで変わらない速度での処理が可能になる。

 有線での接続を強制される機密性の高いダンジョン実習時に、受付の娘に文句を言われることだけを覚悟すれば本当に問題はないのだ。

 恩人の形見・・・・・という言葉に那岐は少しだけ首を横に傾げたが、それを気にすることなく浩一はPADから情報検索を始めた。

(さて、当時の報道関連に、シェルター関連……これは廃シェルターの歴史だな。歴代のナンバーズについてはないのか? 歴史書にありそうだな。最近に属する事件だから詳しくはないだろうが……)

 検索で出た蔵書と保管してある場所について、地図にマーキングをしていく。

 そんな浩一を見ながら、暇そうにする那岐に、浩一は作業をしながら告げた。

「今回は、流石に個人的すぎるからな。少し他に行ってくれ。あまり人に関わって欲しくない」

「なによ、私は邪魔ってこと?」

「察してくれ。誰だって無闇に知られたくない事情はある。って、そんなに大げさなもんじゃないが、どちらかと言うと俺が自分でやって俺を納得させたい作業だからだよ。心の問題だな」

 ふーん、と興味なさそうに頷いた那岐は、わかったわ、と浩一から離れていく。

 資料室から出ずに、歩き始めた様子を見るに、未だ傍にいるつもりではあるらしい。

 あ、と何かに気がついた那岐が小走りで戻ってくる。

「調べられない資料とかあったらいいなさいよ。私の権限でどうにかしてあげるから」

 一応、これでも主席なのよね、とそこそこある胸を張って、自慢するように言う那岐。

(主席か……確かレベル5までの権限があったな)

 確かに、アーリデイズ学園主席の特権は強力だ。学生が持てる最高位の権限レベル5がそこには付属している。

 これらについては四鳳八院という家柄は関係がない。那岐が実力でもぎ取った権利だ。

 主席にそれだけの破格の権限を与えるのは、学園都市が掲げる実力主義の風潮を強めるための制度だからだろう。

 もっとも主席になれるのはほとんどが四鳳学院やその分家なので主席制度は一種、形骸化した制度とも言えたが……。

「そうだな。頼りにさせてもらおうか」

 浩一は那岐の提案を受け入れることにした。

 傍に張り付かないのなら、そこまで意地を張るものでもない。

 そもそも調べると決めた時点で心の整理を付け始めているのだから。

 それをスムーズに行える那岐の協力は助けになれど迷惑ではなかった。

 浩一が受け入れたことで満足したのだろう。じゃあね、と那岐は小さく手を振って棚の間に消えた。

 複雑な思いもあるが、自身の心根に困るのは今に始まったことでもない。

 浩一は頭を切り替えるとシェルター関連の資料が収まっているフロアへと向かうのだった。


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