番外編・取材とトレカ


 数年前のことだ。まだDランクの、何にでもない侍だった火神ひかみ浩一こういちは友人のヨシュア・シリウシズムとアーリデイズ学園の食堂で会話をしていた。

「なぁ、浩一。一度はよー、『学園ダンジョン』のカードになってみてぇなぁって思わねぇ?」

「『学園ダンジョン』? ああ、なんだか流行ってるっていうアレか」

 フォークに差した合成肉のソーセージに噛みつきながら金髪を刈り上げた少年、ヨシュアはにかっと笑ってみせた。

「そう! それ! 有名学生をカードにして、それで遊ぶんだよ。一度はなってみてぇと思わねぇか?」

 夢を語るのは誰にだってある権利だ。浩一はそうだな、と笑いながら「思わない」とだけ言えば、ヨシュアが「夢がねぇだろー。なぁ」と突っかかる。

「夢は俺にだってあるが、そういうものじゃなくてだな」

「じゃあなんだよ、浩一の夢はよー!」

「それより早く飯を食わねぇと、次の講義に遅れるぞ」

 はぐらかすように浩一が昼食のパスタを片付けにかかればヨシュアも遅刻はまずいと昼食を片付けにかかる。

 それはかつての日々、かつての会話。


                ◇◆◇◆◇


 そこは小さなスタジオだった。しかし、そこは簡単なグラビア一冊なら短時間で作れてしまうほどに機材とスタッフの揃っているスタジオでもある。


 ――アーリデイズ学園第一新聞部の所有スタジオだ。


 浩一の武勇はミキサージャブを倒した当日にはアーリデイズ学園中に広まり、アーリデイズ学園に存在する各新聞部が翌日には浩一に押しかけるほどだった。

 広めたのは、アリシアスではなく、とある壊滅したクランの生き残りからである。

 その男が売った、ミキサージャブと戦う刀一本で戦う謎の侍の映像。

 当然、浩一の異名である『刀だけイクイップワン』の広まっており、またその当日にミキサージャブが倒されたことから、それはほとんど真実だと判断された。

 だから調査が行われ、情報は確かめられ、浩一のもとにも人が来た。

 とはいえ大勢の新聞部に囲まれても浩一としては困惑するだけだ。

 なのでアリシアスの薦めもあり、一つの新聞部に絞って浩一は取材を受け、今は校内新聞などで使う写真を撮っているわけである。

「いいわよぉ! いいわよぉッ! 素敵! はい! そこでポーズ!!」

 新聞部の学生はインナーに着流し、月下残滓を腰に佩いただけの浩一をバシャバシャと情け容赦なく撮っていた。

 アリシアスは傍にはいない。簡単な取材のみを毒舌混じりで適当に受け、帰ってしまっていた。

 写真は浩一との一枚だけを撮り、当然のようにその場で自身のPADに画像データを送らせている。

「Sランク倒したってのがB+ねぇ。でもAランクにはあがれないんでしょぅ? ねぇ? ねぇねぇ?」

 記者である、女言葉でヒゲの剃り跡を顔に残す大柄な男子学生はそう言いながら浩一の筋肉をインナー越しに撫でさすった。

 写真を撮っていた別の学生が邪魔だからどけ、と言うもピースピースといいながら浩一にまとわりついてくる。

 やんわりと、しかし力強く男の身体を浩一はどけようとするも、膂力が足りなく離れることはない。


 ――それが肉体改造の結果だ。


 Sランクを倒せる浩一だが、Aランクの学生であるこの大柄の記者を突き放すことはできない。

 膂力が足りないのだ。

「離ッ、離れろッ。糞ッ。おいッ。そこの撮影係、こいつを離すの手伝えッ!」

「お、おぅ。仕事が進まないから離れろッ。馬鹿ッ、この変態ッ。カマ野郎ッ。だからお前と取材組みたくねぇんだよッ!!」

「あアん。嫌よぉ。あ、やめ、蹴らないでッ!? わかったわ。ええ、さっきの質問に答えてくれたら離して、あ・げ・る。うふふ・・・

 しな・・を作る男子学生。ぞわり、と全身を襲う悪寒に耐えながら浩一は必死に先ほどの質問を思い出す。

 火神浩一がAランクに上がれない理由。

「武器補正なしでAランク以上の『撃力』を持てないからだ。ほら、離れろ」

 撃力げきりょく、それはこの世界で生物単体が保有する攻撃能力をランク付けした際の単位である。

 基準Aランクを越える軍人または学生は、己の肉体のみでAランク相当の攻撃能力を持たなければならない。

 そして如何にSランクモンスターを倒せても、月下残滓を持たない火神浩一はその基準に達することができないのだ。

 浩一の場合、他にもオーラ保有量問題などの理由もあるが、基本的には『撃力』に総括される問題である。

 Sランクを倒した実績があろうとも限定条件下での戦闘能力だけではAランク以上の評価を受けるには足りない・・・・のだ。

「そう、ふんふん、なるほどねぇ。浩一きゅん、ありがとぅ」

 で、どうして全身写真をそんなに撮る必要があるんだ、と浩一は悪寒を排除しながら問うた。

 最初はアリシアスと先日出掛けて買ったそれなりに新品の着流し姿だったのに、今は戦闘に使った使い古しの着流し姿を何枚も撮られていたからだ。

 浩一の疑問にオカマ記者は先ほどの質問と解答をの手帳に記しながら楽しそうに言った。

「浩一きゅんはトレーディングカードって知ってるぅ。ゼネラウスで流行ってる『学園ダンジョン』ってゲームの。って、あら? 目を丸くしちゃってどうしたの? 関係あるんだからしっかり答えてよ。それとも」

「ああ、知らない知らない。いや、どういったものかはわかってるが、何に関係あるのかがわからん」

 指定の制服を大胸筋の形がわかるほどにはち切れさせ、浩一に抱きつこうとした記者は、うんうんと頷きながら再び手帳に何かを記す。

 PADではない紙の手帳だ。浩一が見るに恐らくそれにはたいしたことは書かれていない。

 情報はイヤリング型のPADを用い、思考でそちらに記しているに違いない。

 万民の想像する個性的な記者らしい偶像に記者は自身を当て嵌めていた。

 こういった手合はだからこそ記者としての役割に真剣で、聞かれると嫌なことにまで首を突っ込みたがる。

 しかしオカマっぽいのは性癖なのか、それともポーズなのか浩一は戸惑う。

(いや、無駄な思考だなこれ。性癖だろ確実に)

 そう、性癖だからこそこのような密着的な質問方法にしたのだと推測は即座についたが、疲れている・・・・・のだろう。

 浩一は既にわかっていることを延々と考えて込んでしまっていた。

 無論、答えたくない質問には適当な嘘でもついておこうとは思っているが。その程度は相手もわかっている。

 だが重要なのは真実ではなく、浩一が答えたという事実である。

 世に発信される情報なんてものは、大抵がそれなりに信憑性のある嘘で虚飾された物でしかない。


 ――真実はいつだって当事者しか知らないのだから。


 重要なのは記事を読んだ人物にどれだけ印象と情報を与えられるかだ。

 無論、答えた言葉を切り抜いて使ったり、別の情報と前後させて用いることがあるかもしれないが、今の浩一にはリフィヌスという後ろ盾がある。

 当然、アリシアスが振るう悪魔的な力ほどではない。アリシアスが浩一を気にかける程度のものだ。


 ――それでも学園の新聞部程度ならば黙らせられる程度の力はあった。


 そんなことは先刻承知なのだろう記者はにこにこと不気味に笑いながら浩一に肩を寄せてくる。

「うん。そうね。じゃあこれをあげるわぁ」

「カード? トレーディングって……なんだこれは」

 うんうんと頷く記者から渡されたそれは、特殊な厚紙に人物の写真画像を印刷したものだ。

 無駄にハイスペックで防弾、防刃、防水、防火、防毒などの特性が付けられていることに気づかず、嫌そうにカードを見る浩一。

 イベントカード『アーリデイズ学園第一新聞部』とそれには記されていた。

 写真は目の前の二人組のもので、裏面にプロフィールなどが書かれている。そして『効果:学生一人の公式ランクを1ランクアップ』とあった。

「だからカードよぉ。トレーディングカードッ。私たちのはレアカードだからねッ。浩一きゅん気に入っちゃったしあげるわぁ。あ、そうそう、写真はね。浩一きゅんのカード作るのに必要だから撮ってるの。うふふ」

 去り際にアリシアスが面白そうに浩一を見ていたのはそのせいだったのかと思い起こす浩一。

 自分のカードができる。そのことを考えると気持ちが沈む。

(そういえば以前にも……こんなことがあったような)

 記憶を漁ろうとして、諦める。

 なんでこんなことをしているのだろうという疑問のほうが強かった。こんなことをしている暇があるなら素振りの一本でもしたかった。

 だがランクが上がるのはこういうことだと自分を奮い立たせ……られない。

 このことを知った知り合いになんと声を掛けられるのか。雪はどう思うだろうかと考えると気の沈みようが半端ではないのだ。

(そういえば、アリシアスが去り際に封筒を渡してきたな……)

 渡された封筒を振ってみた。なんとなく封筒の感触から中身はカードだとわかる。

 あの退屈そうだったアリシアスが去り際に浮かべたうっすらとした笑みを思い出した。

 あれは、浩一のカードが作られることを知っていたから浮かべた笑みだ。

「だが何がしたかったんだ、あいつ」

 アリシアスから渡された封筒を開いてみる浩一。

 写真係が途端、動揺したが浩一にはどうでもよかった。取り出されたカード。それの縁は黄金だ。カードに印刷された写真はキラキラと眩しさではなく、穏やかな光を放ち、輝いている。

 人物の絵姿に装飾は為されておらず。ただ威圧感やらカリスマやらそんなものを溢れさせ、美しい人形のような蒼髪蒼眼の少女がその中にいた。

 学生カード『アリシアス・リフィヌス』公式Sランク。戦技Sランク。体力4000。気力8。魔力8000。コスト30。特殊能力『青の修道女』消費気力2。パーティー全員の体力気力を全回復。


 ――ゼネラウスで人気のゲーム『学園ダンジョン』におけるアリシアスのカードだ。


 ぼけっと浩一はカードを眺めていた。何がしたかったんだ自慢したかったのか、という感情しか湧いてこない。

「あ、あ、あ、あ、マジかッ。マジかッ。なんであんたがそれもらってんだッ。じゃねぇッ!! 寄越せッ。じゃねぇッ!! くださいッ。譲ってくださいッ!! お願いしますッ!!」

「伝説のレアカードよぉ。というか、写真撮った私たちも存在してるか怪しんでたんだけどぉ。あ、売ってくれない? きっと都市通貨の方で1000万は単価がつくわぁ。むふふふふ」

 いきなり土下座を始める写真係。

 オカマ記者とはち切れんばかりの大胸筋を浩一にアピールしながらにやにやと笑っている。

 既に撮られている自身の写真を思い、浩一は心底深いため息をついた。

(だからこの都市はたまにわけがわからないんだ……)

 一ヵ月後。自身のアパートに自分の写真を使われたカードが三枚届き、浩一は喜んでいいのか、嘆いていいのか、悲しんでいいのか、さっぱりであった。


                ◇◆◇◆◇


 学生カード『火神浩一』公式ランクA。戦技ランクB+。体力1000。気力4。魔力300。消費コスト6。特殊能力『英雄の雛形』準備フェイズのみ使用可能。次の戦闘時、20%の確率で自身のランクより3ランク上のモンスターまで討伐することができる。討伐後、体力が1になる。特殊能力『刀だけ』薬剤とトラップ以外のアイテムの使用ができない。


 後にこれが確率変動スキル持ちと組み合わされ、環境で猛威を振るうことになる。

 基本的にこれら学生カードは期間限定排出なのでそれなりにレアカードとなった。

 オークションでの最大落札値は300000ゴールドぐらいだったとかなんとか。


                ◇◆◇◆◇


 ネットワーク型集団対戦カードゲーム『学園ダンジョン』。

 国民に対して、軍の理解度を高めるために作られた軍人のトレーディングカードが元となっている。

 ただし、そのときはゲーム性はなく、偶像としての軍人をつくるための単純な宣伝だった。

 しかし学園都市のダンジョンでそれなりの成績を上げたものが軍人としても大成しているのに目をつけた二百年前のアーリデイズ第一新聞部が学生のカードを部内製造し、学園内で販売し始める。

 学生内でもランクの高いものは偶像視されることが多く、これが爆発的に大ヒットした。

 部費以外の収入を得た第一新聞部の暴走がそこで始まり、記事がネタ方向に走って行くことになる。

 これを当時それほど優秀でなく、ほとんど指示されたものしか造れなかったアーリデイズ技術部。

 さらに部員不足に悩んでいた市販ゲーム同好会が目をつけ、第一新聞部に強引に頼み込み、アーケード型の対戦ゲーム『学園ダンジョン』が作成された。

 ただ、当初の人気はそれほどではなかった。対戦ゲーム型であった当初の『学園ダンジョン』は学生同士を戦わせるものであり、そのことに嫌悪感を抱く学生が多く、また八院の学生がそれで気分を害し、ゲーム同好会は会長ごと社会的に叩き潰されることになる。

 無論、第一新聞部と技術部が生贄に捧げただけであったが。

 とはいえ、ゲーム自体は学園都市の技術力で作られたものだったため優秀で、面白いものであった。

 そしてゲームの不評の煽りを喰らい(自業自得だが)、カードの売り上げも下がっていく。


 ――彼らはこれを利用することを考えなければならなかった。


 新聞部は八院に睨まれた分の失点を取り返そうと、技術部は筐体のマイナス分を取り返そうと必死だったのだ。

 息詰まる新聞部、金欠に仰ぐ技術部。アイデアは出ず、借金にまで手を出しかけたそのとき、学生と学生が駄目なら、学生にモンスターを倒させればいいんじゃないかと、たまたま顔を出し、お茶を飲んでいただけの第一新聞部の取材対象が何気なく言った言葉により、ランダムで自動生成したダンジョンマップを、カードとなった学生にパーティーを組ませ攻略していく『学園ダンジョン』の原型が完成した。


 ――これが馬鹿売れした。


 ゲーム自体が面白かったわけではない。

 本来ならパーティーを組まないような学生同士でもパーティーを組ませ、イベントでの会話が楽しめることにファンの学生たちが熱狂したのだ。

 無論音声は人工音声で、シナリオ会話は新聞部の学生が適当に捏造したものであったが、新聞部の学生が裏話に精通しすぎていたためか、リアル性があり、売れに売れたのだ。

 そうしてそれに目をつけた八院の分家の一人が、学外にもそれを販売するルートを開拓。

 一般市民にも販売を開始。学生の親や兄弟、学生の戦闘に憧れる子供たちを中心にして広まっていき、さらにはアーリデイズ以外の学生も組み込み、こうして学園都市全体、人類世界全体へと広まっていったのである。

 無論、軍事機密が多いため、ステータス値やアイテム設定などは多くの改変を余儀なくされることになるが、それで不満が出ることはなく、こうして二百年後もアップデートを繰り返し、人類に楽しまれている。


 ゲーム詳細。

 1ゲーム500ゼノス(ゼノスはゼネラウスで使用されている通貨名。ゴールドは学園で流通する特殊貨幣)。

 PAD登録制。ゲーム終了時にミッションやシナリオに対応したカードを一枚入手できる。

 また市販のスターターパック、ブースターパックを購入することでデッキを強化できるが、レアリティの高いカードはミッションかシナリオのみでしか入手ができない。

 登録料金は1000ゼノス。ランダムに生成された出自と初期改造のEランクキャラクター(プレイヤーキャラクター)を強化しながら、学園都市の学生とパーティーを組み、ミッションをこなしていくメインストーリーが存在する。

 デッキにはアイテムカード、イベントカードなど合わせて60枚を組み込むことができ、これを用いてミッションを完遂させることが求められる。

 また、戦果ポイントや単位を溜め、ランクを上げていくことで、パーティーのランクと最大コストが上昇する。

 最大コストに合わせて、ネームドキャラクターと呼ばれる学生カードをパーティーに組み込むことができ、パーティーメンバーと会話を楽しむことができる。

 ちなみにパーティーランクが低い場合はコストをまかなえないために顔無しのモブキャラクターがメンバーを占めることになる、合掌。

 またプレイヤーはゲーム内で稼いだゲーム内マネーやモンスタードロップを用い、登録されたプレイヤーキャラクターの身体改造を始め、スロット研究、装備の購入などができ、使用プレイヤーキャラクターを強くすることも可能である。

 タイムアタック、スコアランキングなどに対応。また曜日ごとにイベントが設定され、集団でのレイドミッションなどもある。同キャラクター同士の会話は笑えるらしい。


 ちなみに、学生カードの選定基準は各学校の新聞記事の一面か二面に乗ること。記事の凄さに比例して能力が強化されるが、一応バランスや風評も考えられるため環境破壊ぶっ壊れキャラは四鳳八院ぐらいであるとかなんとか。


 なおアリシアス・リフィヌスの学生カードの生産数はたった五枚である。それ以上の生産はアリシアスが許さなかった。

 しかも三枚を自身が持っているため市場に出回っているのは二枚のみ。ゲームではメッセージ送信が可能なため、使うと神キターー、升パーティー乙と呼ばれる。イベントカードとの併用でのデスペナなし蘇生とか鬼か。


 強い学生カードをつくって欲しいために頑張ってSランクに昇格した猛者(馬鹿)が遥か昔に存在したとされる。

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