討伐準備(3)
世界は闘争で満ち溢れていた。
学園都市で、ダンジョンで、大陸で。
空で、陸で、海上で、海中で、宇宙で、この世界の
だから弱いことは罪だった。
戦闘の敗北は、肉体の欠損は容易く生命の喪失へとつながる。
自分が死ぬだけならば良いこともある。守れる距離に剣を置きながら、負けることで大切な人が死ぬことがある。
弱さで何かを為すことはできない。
肉体的にも精神的にも弱者であるものの先には敗北しか用意されていない。
アーリデイズ学園所持ダンジョン『アリアスレウズ』にて、ミキサージャブへと浩一が向かう道中は、浩一にとって自身の弱さを思い知らされる場面の連続だった。
◇◆◇◆◇
ちゅぃん、と、月下残滓が名前のない無銘の生体剣に弾かれた。
SSランクの武具を使いながら、モンスターの生体剣に弾かれるなど、その人間の技量の問題――思考は振り払われる。
「――ッ! らァッ! せぃッッ!!」
一対一。亜人種モンスターであるナイトと浩一の戦闘。
それも
ナイトという種は数多くの種類が存在するが故に、中には浩一が二日前に山ほど相手にしていたアックスと同程度のランクのモンスターもいる。
しかしアックスはB+、対してこの従騎士と呼ばれるナイト種はAランクモンスターだ。
如何な浩一がアックスを纏めて殺せるようになったとはいえ、その戦闘力には大きな開きがある。
(ナイトはそれ自体がとても強力なモンスターだ……!!)
頑強な生体金属装甲で全身を覆い、それと同じ硬度の生体剣を持ち、剣術にも似た巧みな戦闘方法で襲いかかってくるのだ。
「ちぃッ……!!」
ただの人間ならば一合で即死しかねない斬撃が執拗に浩一へと迫り来る。
無骨な生体剣が縦へ一閃。横へ二閃。
大袈裟に回避することで辛くも直撃は避けるものの、縦横無尽に振るわれる斬撃によって、浩一の着流しがインナーごと斬られ、その下の肌に赤い線が走る。
皮を切られ、浩一の身体から血が流れる。
怪我などないものと割り切る浩一の両眼は従騎士の動きを捉えているが、対応ができていない。
相手の速さに肉体が追いついていない。
ミキサージャブが相手ならば心臓ごと断ち切られてもおかしくない失態。
「全く! 嫌になるな、おい!」
悪態を吐こうとも闘いは続く。跳ねるようにして距離をとった浩一へ、全身を錆色の全身甲冑で覆い、鉄兜を被った美少年のモンスターは前傾姿勢をとるとロケットのように加速して襲い掛かるのだった。
◇◆◇◆◇
「はぁッ……はぁッ……はぁッ」
戦闘の終わりまでには十分ほど掛かった。
細かい傷を全身に負いつつも、浩一は月光を纏わせた月下残滓でナイトの右腕を甲冑ごと切り落とし、体勢の崩れたナイトに追い討ちをかけ、その首を無事に両断した。
首を斬られても未だに命が残っているのか、残った身体がやたら滅多に剣を振ろうとするもその方向はでたらめだ。
浩一はぜぇぜぇと息を吐き出しながら蹴り倒すと心臓に刃を突き立て完全に息の根を止める。
今度こそ本当に動きが止まるのを確認すると床へと座り込み、安堵の息を吐いた。
「うへぇ、やっぱりAランクともなると一筋縄ではいかんなぁ」
ここはアリアスレウズ地下三十四階層、崩壊した遺跡を模して作られた階層だ。
騎士種モンスターたちが定期的に巡回する非常に難易度の高い階層でもある。
とはいえ浩一の目的はここではない。この二階下の階層にいるとされるミキサージャブだ。
「やはり索敵即殺は戦闘経験のないモンスター相手には効果を発揮できない。類似した戦闘方法を持ったモンスター相手ならばその経験を関連付けて対応することが可能になりますが、それにしたって大量の討伐経験がいる。故に新しいモンスターが出るたびに苦戦に次ぐ苦戦……浩一様、本当に今挑んで大丈夫ですの?」
青属性の板を飛ばし、浩一の傷を癒やしたアリシアスの呆れ混じりの心配。
アリシアスの不安はミキサージャブに、『索敵即殺』によるアックスとの戦闘経験が応用できない危険性だ。
それにここからがきつい。
どれもこれも浩一と比べれば身体能力は遥かに上で。故に今までの浩一では相対することも敵わなかった。
流派の関係から刀に対する膨大な蓄積経験はあっても、剣を使う敵との戦闘経験の少ない浩一には荷が重いのだ。
だから、浩一はそもそもミキサージャブにたどり着けない可能性がある。
既にアリシアスは知っている。浩一は
故に多種多様なモンスター達に劣る。
だが浩一は笑っている。苦戦の後だと言うのに、にぃっと心から笑っている。
「まぁ、な。きついが……」
「きついが?」
「見ろ。ちゃんと倒した」
笑う浩一の前でナイトの死骸が光へと変わっていく。
また、浩一が一体を倒す間にアリシアスが倒した四体のナイトの死骸も光へと変換されていく。
嗚呼、この男はこんな場所でもありえない奇跡をアリシアスに見せてくる。
ランクなんて関係ないとばかりにただただ戦いを愉しんでいる。
だからこそ、アリシアスはそんな浩一を見て期待してしまうのだ。
「まったく、変なところで自信家ですわね」
「男なんてそんなもんだ、っと、来たな」
No.0038467 ナイト『従騎士』[new]
耐久:A 魔力:C 気力:A 属性:無
撃力:B 技量:B+ 速度:B+ 運勢:C
武装:生体剣 生体甲冑
報奨金:1200G
入手アイテム:獅子紋の欠片
『騎士種【従騎士】三体、騎士種【騎士】一体の討伐を確認しました。イベント『王国征伐』を進めるには追加で騎士種【騎士】を四体討伐してください。また、騎士種【騎兵】、僧正種【僧侶】、騎士種【
如何します? とアリシアスが問いかけるのに、浩一はにやりと笑う。
「当然。下の階に一直線だ」
「妥当ですわね。それに悠長に使う時間はありませんもの」
「まぁな。騎士どもとの戦いは確かに経験にはなるが、今は一刻も早くアイツと闘いたい」
味合わされた理不尽を払拭したい、との想いは当然ある。だが、それよりも浩一の胸中にあるのは。
血を流させ、肉を斬り裂きたいという熱狂だ。
常識で考えればSランクであるミキサージャブに、B+ランクの浩一が勝てるわけがない。
それでも、死闘への欲求が胸に渦を巻いている。
――戦うために、戦うのだ。
血振りを済ませ、月下残滓を鞘に収めると浩一はそんな己の高ぶりを鎮めるように息を吐く。
アリシアスはそんな浩一の様子を見ながら問いかけた。
「それで、どこまでミキサージャブについて知っていますの?」
「うん? と言うと?」
「アーリデイズ学園管理迷宮アリアスレウズ。ここを攻める前に
まぁな、と浩一は頷く。
新聞部にして情報屋の側面を持つ友人から一応の情報を仕入れることはできていた。
もちろんこれはダンジョンに潜る前に頼んでいたことだったため、会って結果を教えて貰うだけでよかった。
無論、ソースをひとつだけに限定するわけにもいかないから、借りをあまり作りたくない人物の元にも訪れている。
「借りを作りたくない?」
情報源について浩一が述べるとアリシアスが首を傾げた。
「……峰富士、智子さんだ」
「『智の暴虐』ですわね。というか妙なコネがありますのね」
「バイト先だよ。で、だ。ミキサージャブについてだが。ん、智の暴虐?」
「峰富士智子の二つ名ですわ」
へぇ、と浩一が頷き、仕入れた情報を明かす。まずはヨシュア・シリウシズムから仕入れた情報。
「既にミキサージャブにかかった賞金目当てに、賞金稼ぎ系のパーティーが突っ込んでるらしい。A+ランクの学生が主力で、サブもB+が最低限のラインの大規模討伐クラン『狩猟者の宴』。
ミキサージャブでも苦戦を免れない。
いや、ミキサージャブが魔法が使えないことを考えれば遠距離から重火器による火力で圧殺されてもおかしくはなかった。
そんな浩一の予測を唯我独尊の通り名を持つ
「浩一様、断言しますが、狩猟者の宴では無理ですわ」
「ほう? どうしてそんなことが言える?」
アリシアスは満面の笑みを浮かべた。それは可憐な、見るものを虜にする花のような笑み。
しかし吐き出された言葉は棘のある毒の茨だ。
「わたくしが敗北した相手に、有象無象が勝てるわけがありませんもの」
圧倒的な自信だった。己に絶対の自信を持つものは、
それを情けないとは言わない。
こうして逆襲の為に動いているのだから、むしろ敵を認める度量を持つアリシアスは傑物の類と言えるだろう。
浩一は呆然と頷きかけるも、そんな強いアリシアスが隣にいることをなんとはなしに誇らしく思った。
「そうか。それは嬉しい情報だ」
講義を放り出して行った鍛錬が無駄にならずに済んだのだ。
浩一は機嫌よく月下残滓の柄を握り、放す。侍を大太刀を宿敵相手に振るう瞬間を想像し、楽しむ。
そう、アリシアスが断言するのであればミキサージャブは生き残るだろう。
だから、これから先に待っている死闘に思いを馳せ、口角を釣り上げる。
「で、次だ。智子さんからもらった情報はひとつ」
「あら? ひとつ、ですの?」
「ああ、そうだが。何かあるのか?」
奇妙な表情で首を傾げた後、いえ、とアリシアスは首を振る。そうして浩一に内容を告げるように促した。
促す一瞬、アリシアスの顔が策略か何かに嵌められたかのように悔しげに歪んだような気もしたが、浩一は構わず続けた。
隠すということは知られたくないからだろうし、知って何かをしようとは思わなかったからだ。
そんなアリシアスの心中では疑念が湧き出していた。
(智の暴虐が送る情報がひとつということは、つまり浩一様には情報ひとつで事足りる事態だということ……では、この事態は仕込まれていたということですの?)
アリシアスが考える間にも浩一は話を進めていく。
「ミキサージャブは、シェルターの外で捕獲されたモンスターらしい」
「流石に一つといってもその程度のはずはないですわよね。詳細はどうなのですか?」
「いや、あまり必要そうな情報じゃなかったな」
「どんなものですの?」
「三年前に南部の前線にある森に出没して、前線の一部で兵士を喰いまくってたって情報だが」
「はぁ、このお馬鹿さん」
馬鹿にされ、顔をしかめた浩一にアリシアスは管制から手に入れた情報で、現在『狩猟者の宴』が戦闘を行っていると思われる三十六階の構造を懇々と語ってやる。
三十六階層『アリアドネの森』は一部を除き、鬱蒼とした
浩一は不機嫌そうな表情の中に、なるほどと理解の色を浮かべた。
「奴のホームグラウンドみたいなものか。それなら接触する前に戦場を決めた方がよさそうだな」
「それがよろしいかと思いますわ」
思い至らなければミキサージャブの得意な地形だと知らずに突っ込んでいたところだった。
「アリシアス、助かった。ありがとう」
素直な浩一の感謝にアリシアスは少しだけ得意そうに歩みを早めた。
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