討伐準備(4)
小さなビルや屋根のついた家屋、まるで小さな都市のような石材製の建築物がその階層には並んでいる。
ただしそれらは崩れていたり、古くなっていたりと文明人が住むようなものではない。
遺跡のような風景が続くアリアスレウズ地下三十四階層を火神浩一とアリシアス・リフィヌスの二人は歩いていた。
ただし、ここは
だが、そんな状況下でも強者であるアリシアスは会話と警戒に平行して、独自に思考を進めていた。
――峰富士智子について、だ。
浩一が語った彼女からの情報……アリシアスはそれに疑念を抱いていた。
彼女からの情報は恐らく、不意打ちからの接触で浩一が死なないようにと
しかしどうして峰富士智子ともあろう女が、火神浩一などという存在に目を掛けているのか。
(それも正確な情報まで与えて……)
ミキサージャブが
一度敗北しているためか、ミキサージャブがどこから運ばれてきたのか、その調査は念入りに行っている。
とはいえ四鳳八院と言えど未だ学生が知ってはならない軍機に触れるため、その詳細までは調べきれなかった。
だから、ミキサージャブが
(峰富士智子はわたくしと同じような興味を浩一様にもったのでしょうか?)
軍機を教える程度に浩一を気に入っている? それだけの利用価値が浩一にはある?
経験や熟練のみでモンスターを打倒する男。そんな生き方に、あの『智の暴虐』が何らかの興味を示す?
ありえなくもないが、的を得ているとも思わない。
あれはそんな即物的な人間ではない。あれはアリシアスのようにある種の
(浩一様はなんらかの餌? それとも何かの実験中? わたくしのような人間を引っ掛けるための人間?)
思考を進める。ミキサージャブのことは思考から外す。それは浩一が考えるべきことだからだ。
自分がなんらかの罠に嵌りかけているのかもしれないという面白くない状況を打破するためにアリシアスは思考を進めていく。
その警戒は果たしてどこへ辿り着くのか。
それをアリシアスはいつかどこかで知ることになる。
◇◆◇◆◇
三十五階層と三十六階層を繋ぐ建築物がある。
だが内部に螺旋階段が存在する、その小さな建物の中身は地獄の様相を呈していた。
あちこちに飛び散っている血飛沫。辺りに転がる人の破片。壁に突き刺さり床にばら撒かれた壊れた武具。
天井からは誰かの腸らしきものもぶら下っていた。
「四十三区の家畜小屋じゃあるまいし。凄まじいな」
「四十三? ああ、ダンジョン『畜生道』ですわね。わたくし、あそこは行った事はありませんわね」
「悪臭が酷い場所だった。あとはこの状況と大体は同じだ。畜生道は『歩く肉』って繁殖力のやたら強いモンスターがいてな。そいつの肉目当てに肉食のモンスター連中が闊歩してるような場所なんだよ」
「ああ……わかりましたわ。その歩く肉の肉片がフロア一面に転がっている、ということですわね?」
「そんなもんだ。割と楽しいが、全包囲に神経を集中しないと自分が餌になるダンジョンだな」
語る浩一は肉を踏まないようにして普段よりも幾分か慎重に階段を下っていく。
壁に張り付いていた人の顔の皮膚が、この先にミキサージャブがいることを如実に物語っていた。
「それで、どうしてそんなダンジョンに? 浩一様の趣味ですの?」
「趣味というか。単位目当てだな」
なるほど、とアリシアスが自身の進路上にある肉片を蹴り飛ばしながら階段を下っていく。
彼女にはわざわざ避けようという考えは浮かんでいないようだ。
浩一も他人の主義に口を出すような趣味はないためそれには触れず階段を下っていく。
「三十階からひとつ下るも、十階からひとつ下るも同じ一単位。ならばさまざまなダンジョンをそれぞれに下るのも本人の自由、というわけですわね。とはいえ、そこに単位以上の意味がないならば授業の一つも受けたほうが身になりますけれど」
アリシアスの語る言葉は辛辣だ。様々なダンジョンを渡り歩いて単位をかき集めるような浩一のやり方はさもしいと非難しているのだ。
「それは、そうだな」
「忠言は耳に痛し。苦言は心に痛しともいいますけれど。ふふふ、浩一様はどのように感じます?」
「あー。あまり苛めるな。わかってはいる。いるが、刀を振るう理由にもなるしな。実戦は経験になる。無駄とは思わん。それに俺は生活費を稼ぐって目的もある。単位ひとつが目的じゃないんだよ」
ぼりぼりと頭をかきつつ降参、というように本音をこぼす浩一。
自分の懐事情を金持ち相手に明かすのは嫌味や妬みにとられるかと自重していたのだろうが、こうやって暴かれればさらに情けなさが出てきてしまう。
とはいえ、アリシアスは浩一のそんな気遣いというよりは見栄が面白いらしくクスクスと笑っている。
これからミキサージャブと戦うというのに2人は落ち着いて話をしていた。
浩一が何かを取り繕うたびにアリシアスは剥ぎ取って本音を引き出させてしまっているが。
しばらく二人は細々と会話を続けながらも進み、そうして
階段施設の出入口を塞ぐ丸太の山だ。乱雑に積み重なったそれは、人間が出入りするのに苦労しそうなものだ。
「木、ですわね……」
「木、だな。これは、学園がやったのか?」
慎重に丸太を調べながら、それにしてはお粗末だが、と続ける浩一。封鎖したいならシャッターのひとつも下ろせばいい。
「いえ、浩一様。これはモンスターが行ったようですわ。誰か閉じ込められてますわね。二度ほど魔法で丸太を排除した痕跡がありますわ」
「ミキサージャブが塞いだのか?」
「そこまではわかりません。とはいえ、今の状況下なら十中八九ミキサージャブですわね。確かに、外のモンスターであるならばその程度の知恵は持っていそうですし、人間が行ったならばついでに地雷の一つも仕掛けてますもの」
そうして排除しようと杖を振ろうとするアリシアスを留める浩一。
「ちょうどいいからこれはこのままにしておくぞ。恐らく
「隙間のようなところから入って、身動きのとれないところに襲われる、という考えは?」
「
浩一は自信に満ちた口調で言い切る。
「そこまで奴が接近しているなら
「……ですわね。わかりましたわ。浩一様に従います」
それに、と二人は同時に同じ思考に至る。
戦闘するべき場所を最初に探しておくべきだ。
ミキサージャブと突発的に闘いを始めても、ただ殺されるだけなのだから。
◇◆◇◆◇
天の運、地の利、人の知恵。人の和ではなく、人の知恵だ。それが戦闘における天地人。
常人にはどうにもならない天運を除き(それをどうにかできる人間もいないではないが)、他の二つは浩一が左右できる要素である。
故に、地の利たる戦場の選定は勝利にあたって不可欠なものだった。
だから草を刈ったり、石を除去する、とまではいかないが、周囲を探り、モンスターを殺すなどの不確定要素を排除する程度の下準備は必要だ。
丸太を乗り越えた浩一とアリシアスは気配を殺しながら、木々に囲まれつつも、ある程度開けた平地をいくつか探り、戦闘場所の優先順位をつけていく。
また、そんな作業の途中で血飛沫や肉の塊、中身や持ち主のいない武具を見つけ、先に到着していたであろう討伐系クラン『狩猟者の宴』が全滅していることも確認していた。
いや、彼らは強者で人数が多い。
だが戦闘の空気は感じ取れなかった。絶叫や悲鳴なども聞こえない。浩一は無言で唸る、やはり全滅したのだろうか?
否、それならば出入り口を封鎖している意味はない。
ミキサージャブが新しい獲物を呼び込むためにあの丸太は不都合だからだ。
やはり未だ隠れている生き残りがいるのだろう。
小声でそのような考えを交わしつつ、二人は五ヶ所目の戦闘に適した場所を発見し、周囲の索敵といくつかの仕掛けを施していく。
仕掛けを施すのは、さすがに無策で挑むわけにもいかないからだ。
浩一は未だ強さが足りず、浩一の希望からアリシアスは戦闘に加わるつもりがない。
「武器は
「だが索敵即殺は俺のような人間には有用なスキルだ。そもそもこいつは俺たちがこの世界に生まれた時に入れられる一番最初のナノマシン。そいつから得られたものだぞ。馬鹿にできたもんじゃない」
『索敵即殺』についてはアリシアスが地上に戻ったときに調べていた。
その結果をまるで自分の成果だというように自慢気に語る浩一を見て、相当
「それはまぁ、そうでしょうね」
「生存に必要だからという理由で俺たちへ埋め込まれたこのナノマシンは、現在でも製造不可能な、ブラックボックスに包まれたロストテクノロジーだ。そもそも、これこそが人工知能群が人類に施した最初の
自身の身体を見ながら浩一は感慨深げに言う。
――人工知能群、はじまりのAIたち。
浩一の言う救済措置とは、
今も地上に残っている放射能への耐性を上げる『
索敵即殺はその中の一つだった。
それは取得方法や効果から見て、一種のモンスターだけが地上を埋め尽くし、世界のバランスを崩してしまった状況での対抗策の一つだろうと思われた。
どうにもならなくなった人類のために用意された対抗策。
「それで詳細は、お前が導き出したものでいいのか?」
「わたくしの分析能力はご存知でしょう? 疑っても意味はありませんわよ。それと」
「ああ、わかってるよアリシアス。お前でなく
分析結果も信頼するとアリシアスの細い肩に手を載せる浩一。
浩一の手を払いのけることなくアリシアスは静かに微笑を浮か――警戒するように森の奥に視線を向ける。
「この気配はッ――浩一様!!」
既に傍らの浩一は期待を抑えきれないように月下残滓の柄に手をかけていた。
これから絶殺される戦いを控えたB+の学生の振る舞いではない。この男はミキサージャブに勝つ気なのだ。
明らかな傲慢。しかし、ここまで付き合ってきたアリシアスはそれを無謀の一言では片付けられない。
この男は奇跡的に過ぎる。アリシアスに協力させ、月下残滓を手に入れ、正体不明のスキル『索敵即殺』までをも身につけた。
自身が選択した結果でありながら、この状況をこそアリシアスは奇跡だと確信していた。
それはそうだろう。
そもそものアリシアスの協力を得ることからして、ただの人間には達成できない奇跡なのだから。
そんな底知れない可能性を持つ浩一。この侍はきっと何かを起こしてくれるはずだった。
だから、そっとアリシアスは浩一を伺い見る。
彼は口角を釣り上げて、楽しげな気配を纏っていた。
ここからは遠い、しかし森の奥から隠す気のない
宿敵の気配を感じ、喜んでいるのだ。
「ミキサージャブで間違いないな」
その断定にアリシアスは頷いた。
相手は狩りの途中なのか、入り組んだ森の中、離れた場所とはいえ一度出会ったことのある気配を隠しもせずに撒き散らしていた。
ミキサージャブとの戦闘経験が一度なりともある二人にはそれがはっきりと感じ取れる。
「これは
「そうですわね。あちらが堂々と存在を誇示しているなら、こちらから挑むことで先攻のアドバンテージをとるべきですわ」
相談しながら浩一は今まで装備していた無銘の着流しを脱ぐ。そして購入しておいた新しい装備をPADより転送する。
現れるのは格子状の転移ボックスに包まれた黒い着流しである。
転移ボックスの格子を解き、新品の黒く染められた着流しを身に纏う浩一。
脱いだ無銘の着流しはアリシアスが綺麗に畳み、PADで転送する。
「具合はどうですの?」
「いい感じだ。高級品ならではの自動収縮もあって、俺にぴったりだしな」
とはいえ新しい衣服特有の着慣れない感触は残っている。
だから、その場で月下残滓を振るい、剣術の型を実践し、消していく。
浩一が今まで着ていなかったのは、宿敵との戦いのために用意した新しい衣装が汚れるのが
この侍には、そういう部分がある。
「一応説明しておきますが、東方縫製メーカーの一流所『大和』のA+布防具『白夜』。その装備は、神経系と接続し、肉体に干渉することによって魔力に依らない『速度上昇B』『俊敏上昇B』の
「前の奴より動きやすい。服一着で随分と戦力があがるもんだが」
「だが?」
「流石にこれだけじゃ勝てないだろう?」
「当然ですわ。それで、埋められそうですの? 彼我の差は」
わからん、と浩一は楽しそうに言う。そんな当たり前に言われる博打の一言に、アリシアスはうんざりした気分になる。
それでも、浩一に向けるどこか
だから、胸の奥にある熱のような感情を持て余すように言葉をつなげた。
「それで、どうしますの? まだ準備致します?」
むしろしなさい、と言いたい気持ちを抑えて問うアリシアスに浩一は首を小さく振った。
「いいんだ。これでいい。
木々によって遮られてはいるが、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてきている。何かが激しく暴れる音も。
それらは隠しきれていない濃密な狩猟の音だ。
――決断したならば、動くべきだった。
速く動かなければミキサージャブは狩りを終えて移動してしまうかも知れなかった。
機会を逸してしまう危険性がありながら、浩一は未だ動かなかった。
ゆっくりと『白夜』を着ての全身の稼動域を確認し、満足そうに笑みを浮かべる。
そうして月下残滓を引き抜くと額を柄頭に当て、祈るように目を閉じた。
この侍は何を考えているのか。
これから始まる死闘に胸を踊らせているのか。それとも絶望を前にそれでも笑おうとしているのか。
数秒の後に浩一は大きく息を吐き、目を開く。そうして月下残滓を鞘に収めた。
「じゃ、行って来る」
「はい、いってらっしゃいませ。わたくしは見ていますわ。浩一様の戦いを」
浩一は頷き、そして殺戮が始まっているだろう場所へと、歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます