『索敵即殺』(3)
アリシアスは結局、浩一の言葉の強さに押し切られてしまった。
そして更に一週間が過ぎる。
浩一は変わらずアックスを殺し続けていた。
重ねた経験によって、確かに浩一は戦いに慣れていく。強くなっていく。
だがやはり、それはアリシアスが知っている強さではない。
しかし浩一は確かにB+ランクモンスターであるアックスを殺戮し続けることができていた。
未だB+の男が、B+ランクを倒し続けていたのだ。
その光景はアリシアスが研究者であればちょっとした感動を覚えるようなものであるのかもしれない。
同ランクであるということは相手を優越しているわけではない。
学生とモンスターが正面からよーいどんで十回戦えば装備の差があっても三回か四回は負けるかもしれない、同ランクとはそういうものだ。
もっともアリシアスは研究者ではない。
それよりも、とアリシアスは結局浩一に
――確かに浩一には飽きた。飽きたが、だが……
(この胸の奥にある疼きこそがわたくしに不可解な行動を取らせる
浩一との交わりをここで終え、地上に一人帰るという選択肢はあった。
命を救われた恩はリフィヌスの力を用い、ダンジョン実習に浩一を当分のあいだ登録すれば果たしたことになるだろう。
それにSSランクである月下残滓の件を含めれば十二分以上だ。
周囲に対しては自分がこのようにしたと言えばいい。
リフィヌスの小娘がきちんと恩賞を与えたと世間は思ってくれるだろう。
そうだ。
アリシアスにも政治的な時間の制限がある。浩一に永遠に付き合っている暇などない。
――アリシアスは今すぐ、地上に帰るべきだった。
地上に帰る。帰れる。それは魅力的で、否定する要素の一切ない素晴らしい選択肢だ。
思わず、今すぐこの場でダンジョンから出て行こうという気にさせる程度には。
それでも、アリシアスは帰ることができなかった。
アリシアスにも誇りがある。
アリシアスは浩一に力を貸すと宣誓した。してしまったのだ。
だからアリシアスは中途半端で帰ることはできない。
――少なくとも、浩一がミキサージャブに勝てるように環境を整えなければならない。
だが、とアリシアスは唇を噛み締めた。
浩一には奇妙な魅力があるが、未だその肉体は完成していない。
人間が災害に勝てるだろうか? 人間が一トンの鉄塊を持ち上げられるだろうか? 人間がマグマに落ちても無事でいられるだろうか?
――それらを万人に可能にするのが肉体改造だ。
それをしていないのが浩一だ。
延命と勝利は違う。逃げ帰るまでなら浩一にもできた。だが明確に勝つのは無理だ。無理なのだ。
(改造しないと勝てませんわよ。浩一様……)
浩一には明らかに、時間も才能も努力も足りていない。
少なくとも四鳳八院は千年以上を積み重ねている。その歴史の集大成がアリシアス、次世代の四鳳八院だ。
そのアリシアスが敵わなかった魔物に浩一はたった十年程度の蓄積で挑もうとしている。
(Sランクの世界には踏み込むには、肉体の鍛錬のみでは足りませんのよ)
Sランクとは自然災害のようなものだ。
生身の人間では
しかし浩一は、それをやると言った。宣言した。それしかないという顔で言い放ったのだ。
アリシアスは浩一の願いを馬鹿馬鹿しいと一笑に付すこともできた。
正気ではないと見限ることもできた。だが、それはできなかった。
アリシアスはその言葉に
――だからアリシアスは未だにここにいる。
万金に匹敵する貴重な時間を浪費して、浩一が何かを掴むのをただただ待っている。
(本当に、本当に馬鹿馬鹿しいですけれど。本当に、わたくしらしくはないのですけれど。でも浩一様がどうにかする姿を見ることができるなら。わたくしが浩一様に拘泥したことはけして無駄ではないのでしょうから)
――だからアリシアスは
誇りを胸に生きるというのはそういうことだからだ。
浩一は死ぬかもしれない。生きるかもしれない。諦めるかもしれないし、本当に倒してしまうのかもしれない。
それでも浩一に足りない部分は自分が補うのだと、自分がここにいるのはその為なのだとアリシアスは信じることにした。
(四鳳八院の千年。浩一様に上乗せできなくても、そこから近道を探ることはできるかもしれませんわ)
彼に足りないものをわたくしが補うのだと、アリシアスは決意を固めた。
そして、少し
◇◆◇◆◇
肉体的な鍛錬というものは学園都市では推奨されていない。
身体を不必要に痛めつけること。身体を意味もなく動かすこと。そういった
無論、強い肉体を得るだけなら身体を鍛えるよりも改造した方が安上がりであるという現実もその考えを補強している。
しかし慣れもまた重要だ。
一つの技術に慣熟することで、それを完璧に扱えるようになる。
そう、鍛錬もまたけして疎かにしていいものではない。
そういった意味では浩一のやり方は間違っているわけではなかった。
――ただし、その慣れ方にも差が存在した。
ほとんどの学生はその慣れを身体改造の
剣を効率的に振るうための動きや身体の効率的な動かし方などを専門のトレーナーに教えられることで、一日か二日でそれらを一流レベルにマスターできてしまう。
それが肉体改造だった。
だから、修行などという無駄なことは忌避される。同じ事を何度も何度も身体に覚えさせようとは考えない。
――たった一度で覚えるのだから。
それは実際に鍛錬を目にしたアリシアスにとっても同じことだった。
浩一の動きが何をもたらすのか、初日のみは熱心に見ていた。
だが、今となっては面白くもない繰り返し行為のひとつにしか感じられず。
他人が鍛錬をする姿を見るのは今回が最後だろうと感じている。
無論、自身がやろうなどとは露ほどにも思わない。
この二週間でそれだけは嫌というほど知ることができた。浩一に付き合ったアリシアスにとっての収穫といえばそれぐらいだ。
だけれど、付き合うと決めたから止めようとも思っていない。
確かに浩一はこの二週間で宣言通り、強くなった。
複数の
しかし、その影には千を超えるアックスの犠牲があった。
屍だけが積みあげられていた。アリシアスですらこの場にいながら、非常に非生産的な無駄の塊にしか見えていない。
きっとアリシアスが地上でこの話で聞いたとしたら、どこかの学生がアイテム収拾のためにアックスを無駄に狩りつづけているとしか思わなかっただろう。
もちろんアックスが何か有用なアイテムを落とすなんて話は聞いたことがないが。
アリシアスはこの二週間の間に、何度かこの行為を止めさせるように都市の管制側から警告を受けていた。
都市のモンスターは資源だからだ。この
学園都市のプラントで培養されたものが学生の学習にと送り込まれているのだ。
だからこそ学生が実験や学習の限度を越えてモンスターを無駄に狩り続ければペナルティの対象となる。
それをアリシアスはリフィヌスが所有するモンスター培養プラントの一基を一年間無償で提供することで決着をつけさせた。
(今は、これらの作業がわたくしのすべきことなのでしょう)
もちろん浩一には教えていない。教えて遠慮をされることは望んでいない。浩一には見せてもらわなければならない。
火神浩一はアリシアス・リフィヌスに対して、大言を吐いているのだ。
Sランクモンスターを殺すと宣言したのだ。
一度吐いた言葉は呑めないことを知ってもらうにも都合が良い。
アリシアスの顔が少しだけほころぶ。
何日? 何週間? 掛かる時間などはもう良い。消費された時間は取り戻せない。
ならばそれ以上の成果を浩一には見せてもらわなければならない。
――ミキサージャブを殺してもらわなければならない。
目下アリシアスの興味はひとつだ。浩一はどんな判断で、この場からどんな切り上げ方をするのか。
大いに興味が湧いている。あの言葉を吐いた人間が、泣きつくのか。苦悩するのか。諦めるのか。
もちろん、何かを掴むのが一番だろう。
――だが、アリシアスは期待をしているのだ。
修行、大いに結構。満足するまで殺せばよろしい。
わたくしが責任を取りましょう。わたくしが資源を与えましょう。わたくしが手続きもしてあげましょう。
ご飯も作ってあげるし、怪我の治療もしてあげましょう。マッサージだってなんだってしてあげますとも。
(だから、わたくしに示してください。血を積み上げた果てに何を為すのか。わたくしにそれを見せてくださいませ)
浩一が自身を囲んでいたアックスの首が二匹同時に斬り飛ばした。それは昨日できなかったことだ。
浩一の技量は素晴らしい。アックスを二匹同時に殺せる人間は山ほどいても、アックス二匹の首を同時に切り落とせる人間は中々いないだろう。
――浩一は強くなっている。
だがどれだけの犠牲を今積み上げているのか。今殺したのは何匹目だろうか。
モンスターハウス前の通路での修行を切り上げ、モンスターハウスの内部に侵入した為に、壁に背を預けているだけのアリシアスにも飛びかかってきたアックスを単純な魔力操作によってアリシアスは圧殺した。
結界の応用だ。下向きに発生させた魔力によって床と結界で
――PADを調べればわかる数値に意味などないことはわかっている。
だけれど、これだけの命を積み上げながらも浩一に目に見える生物としての向上はない。
強くなっただろうが、浩一の生物としての
浩一がこの二週間で得た成長程度ならば、同ランクの学生の神経回路を上等なものに切り替えるだけで浩一の成長よりも精度の良い動きをさせることが可能だ。
単純に身体能力向上の人工スキルによるスロット強化でも同じ結果を導き出せる。
都市内でビルが買える程度の金を掛ければ、
優れた研究者が行えば、施術とその後の慣熟に三日は掛からないだろう。
だけれど、とアリシアスは思索を中断し、アックスの群れの中で月下残滓を振るい続ける男を見つめる。
生きた不条理である浩一の行っているものは、消費したコストと結果をイコールで結ぶことをしてはいけないと思ったのだ。
速度も、撃力も、スキルすら彼に上昇はない。
だというのに、不思議だ。浩一はアックスよりも
浩一が優っているのは一点だけである。ただただ立ち回りが巧い。それだけだ。
だが吐く息には熱がこもり。振るう刀には生気が満ち満ちている。
アリシアスは火神浩一に見惚れている自分を意識する。どうしてか不思議と目が離せないのだ。
(あれだけ否定して……いざ強くなるのを見せつけられると……馬鹿馬鹿しいですわ)
それを認めるのが癪で、アリシアスは何も言わず、ただ不愉快そうに鼻を鳴らした。
そうして杖を横一閃し、
苛立ちだけが付与された術式でもなんでもない魔力の刃が左右からアリシアスへ襲い掛かろうとしたアックスを内部から爆殺。
怯えたように中年男のような亜人たちはずりずりとアリシアスから離れると、まだ
まったく、と呟きながら思考に戻る。
浩一の行為は、今までのアリシアスの常識では無駄の塊ではあったが、結果として浩一がさらに深みを増したことは認めてやってもよい。
――
膨大な財を持つが故に時間をもっとも重視しているアリシアスには受け入れることのできない方法だが、確かに浩一は少しだけ、ほんの少しだけだがアリシアスの立つ領域に近づいていた。
だが浩一のそれは、学園都市の認めた強さではない。浩一の強さには、
四鳳八院の祖たる鳳閑は武術による強さを示したが、それはあくまでも人体ベースの強さにはまだまだ発掘する余地があることを示しただけであり、ただの経験が生物としての格を超えることを示したわけではないはずだ。
だが、アリシアスは浩一を見ながら思うことを止められない。
無駄の中にこそ、自分が見つけなければならないものがあったのでは、と。
ああ、とアリシアスは胸の疼きから声を漏らし、浩一を見誤ったことを恥じ入るように、湧き続けるアックスに魔力を叩きつけた。
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