手垢に塗れた英雄譚
止流うず
第一章『【唯我独尊】と無謀の侍』
プロローグ(1)
英雄よ、英雄よ、戦場に向かう英雄よ。
彼の人は王護院より任を受け、剣牢院に武具を授かる。
彼の人に与えられし任は恐るべき怪物の討伐。
彼の人に付き従いしは、戦霊院の智者。豪人院の強者。聖堂院の癒し手。
彼の人は征く。携えるは英雄たるの矜持。
彼の人去りし街を守るは心の護り手、心護院。門の番人、天門院。
四鳳が七翼に守られし人の世の秩序、強固なり。
ただ一翼は称えられず。闇夜の刃。暗闇の声。人の背を刺す獄門院。
刃を手に、戦友に背を押され、
だが心せよ。
英雄たればこそ。彼の者は孤独である。
隣立つ友はすでになく。心預けられるは己が剣のみ。
だが心せよ。
英雄たればこそ彼の者は死せねばならぬ。
全てを得るは、全てを失うに等しき故。
―碑文『はじまりの誓い』より一部を抜粋―
◇◆◇◆◇
その空間は床も壁も天井も全てが淡いクリーム色だった。
それは人によってはミルクのような白色や真珠色とも表現と呼ぶこともあるだろう。
その場所はダンジョンと呼ばれる施設だった。
最下層までたどり着けた者はいないと噂される怪物たちの地下の王国。
それが学園都市所属アーリデイズ学園地下に広がる広大な
その20階層、障害物が何も無い幅広の通路を年若い男女の二人組が歩いていた。
「む。待て、
迷宮の通路を真っ直ぐに歩いていた青年の足が止まり、警戒の表情を浮かべる。
青年の警告に隣を歩いていた少女が歩みを止めた。
目に優しく、淡く白く発光する真珠色の壁は、地下だというのに学生たちに地上がごとき視界を与えてくれる。
ゆえに彼らが立ち止まるなら理由は一つだけだ。
「やっと
「茶肌の牛頭亜人。ミノタウロス、だね……」
言葉の通りだった。
2人の歩みを妨げるかのように、巨大な斧を構えた牛頭の巨人、ミノタウロスと呼ばれる
敵を見る少女の瞳には怯えが混じっている。だがそれも相手の姿を見れば仕方のないこと。
彼らの前に立ちふさがるミノタウロスの全長は3メートルほど。
それもただの巨体ではない。全身は金属鎧にも劣らぬ硬質の筋肉で覆われ、その右手には人間2人程度ならまとめて両断できるほどに巨大な戦斧を携えている。
――オォォオオォォォ……。
対する青年は口角を釣り上げ挑戦的に敵を睨む。
「雪、援護よろしく。俺は
青年の身長は180センチメートルほど。
全身が鍛え上げられていた。艶のある筋肉に覆われており、威圧感でまるで巨漢の男にも見えた。
だが、相対する怪物もまた筋肉に覆われている。
人と怪物の体躯の違いは明らかで、立ち向かうのは無謀に見えた。
武装とて違う。モンスターの筋肉の組成はそもそも人間とは物質からして違う。
ミノタウロスの筋肉はその強靭さと重さから鉄糸を束ねたものと評されることもある。
敵手がそのような筋肉で武装しているのに比べ、青年が纏っているのは身体にフィットする薄っぺらい黒のインナーと漆黒の着流し一枚きり。
手に持つ武器さえそうだ。無骨で頑丈そうではあるが、ミノタウロスの戦斧と比べれば棒きれのような刀がたった一振り。
その有様は世が世であってもまさしく狂人。
それでも黒髪黒瞳の青年は、精悍な表情にミノタウロスと同質の獰猛な笑みを浮かべると戦いの構えへと移っていく。
息を一吸い。刀の柄に手をかける。
そして野蛮な吐息を漏らす
戦士は、否、
「
黒の侍。
少女の名は
真っ白なブラウスと丈の短いスカート、戦場では不釣合いに見える
その手に持つのは
――『
ここはダンジョンであり学園だ。そうである以上、生徒たちは技術を習い、知識を蓄え、それを肉体に反映させている。
特定の技能に特化した教育の筋道を『
与えられた環境下、生徒たちは様々な手法で自らの肉体を戦闘へと特化させていくことになる。
雪の
魔法とは、一度終わってしまったこの世界にて、銃器や重火器に代わって発展した技術の一つだ。
肉体に備わる魔力器官より生み出される魔力を用い、効果的にモンスターと戦うための技術である。
それを扱うのがこの雪という少女だった。
「だから、浩一も気をつけて、って」
「はははッ! 行くぞッらぁッッッ!!」
火神浩一、雪のパートナーたる侍の青年は、返事を聞くより先にミノタウロスへと駆け出していく。
――『
火神浩一の専攻科である。
それは刀をはじめとして、槍や弓などの物理攻撃を主とする技術に精通し、自己の精神を戦闘用に組み替えることで肉体と精神に種々様々な
『武士』の派生クラスは近接戦闘に秀でたものが多いが、『侍』はその中でも刀剣での戦闘に特化したクラスである。
「あー、もうッ……」
頼もしくも危なっかしい相棒の動きに呆れながらも、雪は冷静に周囲を見回し、視界を広げ、戦闘域の把握をする。
敵はミノタウロス一体だ。後続はない。背後にも敵はいない。
全力でいける。雪は手に握る杖に力を込めた。
雪が握る杖は『魔杖』だ。魔法の威力を増強するための杖だ。
魔法具メーカーSENREI製Bランク全属性対応戦闘用魔杖『廉価版大魔導士の杖』。
美麗でいて頑丈。雪の好みと実益を反映したこのランク帯でも優秀な杖である。
「燃えよ木々。燃えよ大地。大地に満つるは油の
杖の石突で雪がダンジョンの床を叩く。行われるのはモンスターの出現によって乱れた場の魔力の整頓だ。
「おおおおぉおおおおおおッ!」
そんな彼女の前では既に戦闘が始まっていた。
ミノタウロスへと接敵した浩一の口より咆哮が放たれる。
侍は二本の足で獣が如く疾走し、ミノタウロスの眼前へと躍り出る。
正宗重工製Eランク無属性太刀『飛燕』を浩一は鞘より抜刀した。躊躇することなく
『ブモォオオオオオオオオオオ!!』
斬撃を喰らったミノタウロスが叫びを上げる。吹き出す血液もそのままに、ミノタウロスは手に持った戦斧を振り回した。
着流し一枚という、分厚い戦斧を一撃でも食らえば即死する程度に軽装の浩一だ。
だが一撃を与えた侍は恐怖することなくその懐に踏み込んでいく。
自らに一撃を与えた敵の接近に牛の頭部を持ち、人の身体を持つ獣が吼えた。
浩一を踏み潰そうと脚で地面をめちゃくちゃに踏み付け、暴風がごとく狙いも定めずに腕を四方に振り回す。
「はッ! まだまだ、だッッ!」
怪物の指先が頭髪を掠る。巨大な足裏が頭上より迫る。それでも心中の一切を揺らさず、冷静にミノタウロスの巨体を支える足首に向けて飛燕を一閃した。
ミノタウロスの悲鳴が迷宮内に轟く。
ミノタウロスの巨体が足の腱を切られた事でバランスを崩し、尻餅をついた。
巨人が小人に転がされる間抜けな光景。だが浩一は全く油断していない。
切断されたミノタウロスの腱が即座に再生を始める。斬られて未だ10秒も経たぬ内に、抉られた肉が内側から盛り上がり、新しい皮が傷口を覆い始める。
浩一が悔しげに顔を歪める。
「ちぃ! やはり俺じゃ致命打は与えられんかッ! 雪ッ! まだか!?」
浩一の攻めは緩まない。愛刀である飛燕を縦横に振るい、尻もちをついているミノタウロスを切り刻んでいく。
刃がミノタウロスの眼球を切り裂き、返す刀で首筋を走る極太の血管を切り裂く。周囲に血飛沫が飛び散り、ミノタウロスが苛立つように丸太のような腕を振るうも浩一は腕が振られる前に距離をとる。
特殊な能力を保たない浩一の振るう細身の刀ではどうやっても有効打は与えられない。
既に与えた足の傷は再生を終えていた。
暴れながらも片腕で起き上がろうとするミノタウロスを前に、浩一が再度の突撃の体勢を取ろうとした所で、雪が大きく叫んだ。
「浩一ッ! 陣地作成完了したよッ!!」
浩一が一瞬だけ振り返ればミノタウロスに向け魔杖を構えた雪が叫んでいる。
浩一には見えないが、雪の周囲には火の扱いに特化した魔力が満ちているのだろう。
「了解! 離脱する!!」
怒鳴るように雪へと返答を返した浩一はミノタウロスの顔面、治癒を終えようとしていた眼球部分にもう一度斬撃を浴びせ痛撃を与えると、地面を蹴って跳ねるように移動をし、完成した魔法の射線より速やかに離脱した。
「対象捕捉ッ」
浩一の離脱と同時に、雪の魔杖がミノタウロスに向けて振り下ろされる。
瞬間、炎のように赤い魔法陣が、魔杖の先にひとつ、雪の背後に2つ発生する。
「範囲指定ッ」
雪が魔杖を向けた先へと3つの魔法陣が向きを変える。
その先にいるのは顔面を押さえながら咆哮を上げ、戦斧を振り回すミノタウロスだ。
ミノタウロスの視界は潰されており、その攻撃の矛先は定まっていない。
だがその暴虐により、ダンジョン内壁である真珠色の複合材が爆発したかのように欠片を飛び散らせていく。
敵は力を十分に残している。だが再生が終わる前に魔法陣の準備は終わる。
雪が魔力を開放するための『
「炎よ、波涛となれッ!『
再度の再生を終えた牛頭亜人の目が見開かれた。その目に映るのは己より幾分離れた場所に形成された、己を狙う炎の魔法陣!!
魔法陣より溢れ出そうとする炎の魔力は、自身を殺し切るに余りある脅威……ッ!!
『ブモォオオォオオオオオオオオオ!!』
怒りの咆哮が上がる。空間をビリビリと震わせる。
ミノタウロスが己を殺すものを認識した。
呪文を唱え終え、杖を構える無防備な雪に向けて、ミノタウロスがダンジョンを揺らしながら突撃する。
「――ひッ」
それはまるで筋肉でできた戦車だ。巌のような巨体が突撃する様に雪は恐怖を覚える。身体が竦みかけるものの、隣まで下がっていた浩一に肩を叩かれ、後退は止まる。
「安心して突っ立ってろ。獣の反撃なんぞ、俺が潰してやる」
「うんッ!」
獰猛な笑みを浮かべた浩一が宣言。信頼する幼なじみの言葉に、雪の緊張が
『ブォオオオオオオオオッッッ!!!!!』
雄たけびと共に駆けて来るミノタウロスとの距離は30メートルもない。怒れる猛牛の突進。黙って突っ立っていれば3秒と掛からず挽肉だ。だが、そんな危地にいながらも雪はミノタウロスの真正面に立つ。
ぱちん、ぱちん、と炎の飛沫が魔法陣の表面からあふれ始めたが、内包する力をミノタウロスへ解放するには僅かな時間が足りていない。
地を蹴る足音。雪の目の端から浩一の姿が消え失せた。
逃げたのではない。
狂奔するミノタウロス。相方の危地の中、浩一はミノタウロスの側面をとるべく壁面に向けて跳躍する。
「おッ、ぉおッ――」
全身を撓め、壁を支点に再び跳躍。秒の余裕もない中、鞘に収めていた飛燕を空中で引き抜き――
「――おおぉおおおおおおッ!!!」
――雪を蹂躙しようとするミノタウロスの頭部に突き立てる。
「止まれぇええええぃいいいい!!!」
跳躍の勢いのままに突き立てられる飛燕の刃。前衛職の渾身の一撃だ。
ミノタウロスの頭蓋骨が破壊され、脳が破壊される。衝撃にミノタウロスがよろめき、身体を傾けた。
人間なら致死の一撃だ。だが、強靱な生命力を持つモンスターは脳を刀で
危機の排除をあと一歩のところで邪魔された怒り。頭部に受けた致命はミノタウロスの視界を憤怒で真っ赤に染める。
『ォオオオオオオオオ――』
地面に這い蹲らされた恨み、眼球を破壊された恨み。重なる
未だ頭部に張り付いている浩一を巨体によって押しつぶし、殺害するために。
『ブモォオオオオオオオオオオオ!!』
だが痛撃を与え、即座に刀を引き抜いた浩一はもういない。ミノタウロスの頭部からは離脱していた。当たり前だ。
咆哮が轟く。それは逃亡した敵への恨み言だ。
乳白色のダンジョン内壁を粉砕しながら地面に突っ込んだミノタウロスは、突っ込んだ勢いのまま今度こそ魔法使いを殺すべく立ち上がる。
――
炎の津波にその巨体が飲み込まれた。
炎の先にいるのはミノタウロスに向け魔杖を構える雪だ。溢れる炎の根源は雪の周囲に展開する魔法陣だ。
彼女の持つ戦意が、魔力が、知性が、魔法陣から怪物を燃やし尽くす劫火を次々と生み出していく。
炎に飲み込まれたミノタウロスが悲鳴を上げる。それでも執念か。憎悪か。己を焼く雪へと燃やされながらも腕を伸ばそうとする。
だが動けない。濁流のような焔の勢いに抗うことができない。押し流されるようにしてミノタウロスの身体が背後へと倒れかける。勝てないことを自覚しながらもミノタウロスは下半身に力を入れ、最後の抵抗だと言わんばかりに発生源へと腕を更に伸ばした。
「ひッ……」
雪の紅眼に映るのは炎の地獄より伸びる巨腕だ。あまりの光景に雪が戦意を失いかけた。
恐怖と動揺。集中を失い、魔法が消失しそうになるも肩を叩かれる。
「大丈夫だ。俺がいる」
「浩一……うん!」
戻ってきた信頼している男の声に雪の心は持ち直された。
焔の勢いが更に激しくなり、雪へと伸びていた腕が炭化し、根元からボロボロと崩れ落ちる。
『オオオォォォオォオ……』
焔の中、ミノタウロスの身体が膝から崩壊していく。
『ォオォォォ……』
雪が与える魔力が尽き、魔法陣と炎が霞んでいく。
あとに残るのは、魔法が起こした結果である炭化したミノタウロスのみだった。
◇◆◇◆◇
「倒れたか?」
「うん。死んだみたい」
モンスターというものの生命力は総じて驚異的なほどに高い。中には炎で焼かれ、骨になろうとも生きて動くものさえいるぐらいだ。
ミノタウロスも、化け物じみた生命力を持つモンスターとして名高いが、浩一が調べた情報ではそこまでではない。
だから安心して2人はミノタウロスの死骸へと近寄っていく。
「始まるぞ」
刀の柄に手を掛け、念のために警戒をしている浩一の前でミノタウロスの身体が輪郭を失い、光を放ち始める。
想定外が起こらなかったことに安堵の息を吐く雪の前で、周囲に散らばった肉片や浩一の身体に飛び散った返り血の全ても光と化していく。
これはモンスターの死体の強制転移現象だ。
学園都市管理下のダンジョンに配置されたモンスターの末路である。
学園ダンジョンに配置されたモンスターの体内には管理用のナノマシンが埋め込まれていた。
光は生まれた端からきらきらと溶けるように消滅していく。
だが、ほんの少し、一部とも言えるようなものが浩一の懐へと入っていった。
直後に浩一の懐から電子音が響き、その顔の横に
「どう?」
雪の問い。
PADと呼ばれる機器より投影された『ウィンドウ』と呼ばれる光学映像には、浩一の持つ
「ああ、ちょっと待ってろ。通知だけだからな。詳しい情報はきちんと見ねぇと」
浩一は雪へ返事を返しながら、着流しの内側にあるポケットから手のひらサイズの黒い板状の機械を取り出した。
鎖によって帯と結び付けられたそれはPortable-Almighty-Diary。一般には『PAD』と呼称されるものだ。
PADはこの時代の一般的な総合通信機器の一つで、通話やメールなどの通信の他、通貨や免許等の電子情報を保管したり、『転移』を利用した倉庫機能の利用端末となったり、ダンジョン地図自動作成や戦闘補助等々の様々な機能が一括してつめ込まれている。
また、あらゆる環境での使用に耐えうる耐久性に加えて、小さなスーパーコンピューターなどと称されるほどの高性能な演算装置を積んでおり、持っているだけで様々な公共機関のサービスが受けられる、官民を問わず日常的に使用される万能ツールでもあった。
「ほれ、ちょちょいっと」
浩一の合成皮革のグローブに包まれた指が跳ねるようにPADの画面を叩いていく。
「どう?」
雪の問う声に、浩一はPADの画面を叩くことで返す。その動きに淀みは一切ない。電子音と共に溜まっていたログが消化されていく。
上階にて倒したゴブリンやオークなどといったモンスターの討伐情報が浩一の手によって消化されるが、情報を見ながらも画面の端に映っていた数字を見て浩一がぎょっとしたような顔をする。そちらは見ていなかったのか、と背後の雪が苦笑した。しっかりしているように見えて、様々な部分で抜けているのが浩一だ。
現在の表示は『1/122』。この物臭な男はモンスター討伐情報を100以上も蓄積させていたのだ。
見てられるかよ、と浩一が画面の端にある『skip』と表示されているボタンを押し。ログは流れるように消化されていく。
浩一の指が離される。表示されたのは最後に倒したモンスターの情報だ。
「っと、こいつか」
「あ、やっと出た?」
New No.0001875 ミノタウロス
耐久:B+ 魔力:E 気力:B 属性:無
撃力:B 技量:C 速度:B+ 運勢:D
武装:牛鬼の戦斧 剛健な筋肉
報奨金:880G
入手アイテム:精力剤
『NAME【ミノタウロス】』。PADが空中に投影する
「もー、情報は頻繁に確認しとこうよー。変なことあったら困るでしょ」
背後からウィンドウを覗き込んでいるのだろう。雪の声が浩一の耳朶を甘く震わせた。
雪が見やすいように浩一が少しだけ腰を屈めれば背に柔らかな重みがかかる。
昔から変わらない心が落ち着く甘く柔らかな香りだ。背後より頬を寄せる雪の金髪が浩一の肩を優しく撫でる。
それが家族同然に育った浩一と雪、幼馴染二人の距離だった。
着流しとインナー越しに感じる雪の身体の感触を背中で感じながらも浩一は心中の一切を変化させずに淡々と言葉を返す。
「重いぞ。あと邪魔」
「ひ、ひどいよ! なんでそういうこと言うの!」
「はいはい。悪かった悪かった」
言いながら浩一はパネルを操作していく。報奨金はパーティ共同の財布の中に。アイテムは
「ミノタウロスの報酬アイテムって精力剤なんだ。なんだかえっちな響きだけど効果はなんなの?」
「精力剤か。ミノタウロスの睾丸から精製した興奮剤の一種だな。戦闘前に使えば意図的に『暴走』の状態異常を肉体に付与できる。あとは娼館に持って行くと高く売れるぞ」
「しょ、娼館ッ!?」
途中までふんふんと感心したように聞いていた雪が顔を赤くする。
学園都市は教育機関であると同時に軍事施設でもある。学生以外にも多くの人間が住んでいるのだ。
そして人間が下半身の問題を無視して事を進めようとすると大概ろくでもないことが起きる。
シェルターの管理政府がまとも政治感覚を持っていれば、慰安施設を置くのは当然のことだった。
「こ、浩一ぃぃ~~~~ッッ! り、利用してないよね!!」
「鬱陶しい」
うぇぇぇ、と雪が浩一の頭を手のひらでぽかぽかと叩くも浩一は動じずに作業を進めていく。
この幼なじみの反応にいちいち付き合っていたら時間が足りなくなるからだ。
しかし、ふと、浩一の無愛想な顔に笑みらしきものが浮かんだ。
2人は今日初めてこの階層に降りてミノタウロスと戦闘を行った。他の学生から譲ってもらった情報や、購買で購入できるモンスター情報などで下準備をし、自分たちなら勝てると判断して強敵との戦闘に入った。
そして、戦い。勝利した。
――勝利したのだ。
「やったな」
「うん?」
浩一は感慨に耽っていた。手に残る斬撃の感覚を反芻し、終わった戦闘の残り香を喉奥に吸い込んでようやく、勝利を実感したように背後の雪を振り返った。
「勝ったぞ俺達」
「う、うん。えへへ、準備とか頑張ったもんね」
がんばったね、と雪が浩一を背中越しに強く抱きしめた。
雪の柔らかな身体からは穏やかな鼓動と甘い匂いが伝わってきた。
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