ハナグモ遺跡 その15

『この魔獣の活発化には、魔王の不在が関係している』

 このことは、聞かれたベルにとっても驚くべき話であった。しかしその内面の驚きを隠して彼女はギルベルトに問いかけた。


「確かに先代の魔王が逝去せいきょなされた後に、魔族の中に力のあるものが生まれやすくなる、とは聞いたことがあったがそれと何か関係があるのだろうか」

「その話は聞いたことがない……というよりも我々には検証できないことだが、これから話す内容にも合致しているので恐らくは事実だろうな」

「なるほど。その話にかなり興味が出てきたぞ」


 ぐい、と身を乗り出しつつ笑うベルに苦笑しつつ、ギルベルトは話し始めた。


「まず、勇者と魔王は必ず同時期に存在しているが、その理由を考えたことはあるだろうか」

「む? いや、魔王がいるから勇者が選出され、討伐に向かうのではないのか?」

「そうだな。しかしその実、真に『勇者』と呼ばれる存在は有史以来ほんの数名しか存在しない」

「そうなのか?」


 怪訝そうな顔をするベルに対して彼は顎に手を当てると、少し考えてから口を開いた。


「まずは『勇者』の定義から説明した方がよさそうだな。そうだな……ベルさん、『勇者』に必要なものは何かわかるか?」

「必要なもの……聖剣、だろうか」


 ベルの返答に満足したようにギルベルトは頷くと「正確には『神の祝福を受けた装備』と言うべきなのだろうがね」と付け足した。


「神、か」

「聖属性は魔族への分かりやすい対抗策の一つだからな。それこそ初代勇者ヴィルヘルム=クアンとその仲間であったセルクィッド=オーヴィスの二人が持っていたという二振りの聖剣が有名だな」

「…………聖剣デュランダルと聖剣レーヴァテイン」

「珍しいな、クロエが知っているとは」

「…………ん」


 普段は有名どころであっても興味がなければ口を出さないクロエが、それまでぼーっとしていたにもかかわらず口をはさんできたことにベルは驚いていた。


「…………ちょっとまえに、聞かされたことがあったから」

「ほー」

「話を戻しても構わないだろうか?」

「ああ、すまんすまん」


 クロエの行動に驚いてギルベルトの話を遮ってしまっていたベルは手で続きを話すよう示すと椅子の上で姿勢を正した。ギルベルトはその様子を見て「まあ、ここまでの話は前座のようなものだ」と言うと語り始めた。


「まず、私が語ることに明確な証拠があるわけではなく、与太話と笑われてもいいものである、とだけは前置きさせてもらおう」

「つまりそれだけ荒唐無稽ということか?」

「そうだな、聞く人によっては怒りだすかもしれない話だ」

「ほう」

「…………まず私が考えたのは、『魔王』とは何かということだった」


◇ ◇ ◇


 魔王とは何か、という問いに対して私は「魔王とは世界からの生物に対するストレスである」という仮説を立てた。抑圧するもの、と言い換えてもいい。いささか突飛だとは思うだろうが、理由はある。


 ところで、野菜などの育て方の中に「あえてストレスを与える」というものがあるのを知っているだろうか。このストレスというのは気温であったり水であったりと様々だが、そうやって栽培することによってよりおいしくなるという。


 私はこれと同じことを、規模を大きくしたものが魔王という存在だと考えている。魔王は我々にとってストレスとなる存在だが、そのストレスを切り抜けることができれば我々はより生物として強くなる。


 その証拠として先程のベルさんの「魔王がいなくなった後に強力な魔族が生まれる」と共に私からは「魔王を討伐したのち人間族や亜人族の中から戦力バランスを崩すほどの才能を持った個が生まれるようになる」というものを挙げさせてもらう。


 もちろんここに因果関係があるかどうをはっきりとさせることはできないが、そういった才を持った人材が出てくる年から逆算して生まれる前の年などを探ると、魔王が討伐、あるいは弱体化させられていることが分かる。


 では魔王をストレスとするならば勇者とは何か。


 魔王が世界の意思によって生み出されるものならば、勇者は生物の意志から生まれる存在だと言えるだろう。そしてその性質は、バランサーと呼ぶのが適切であると考えられる。


 勇者の役割は、魔王から受けるストレスを軽減する、ないしは解消するといったものだろうと考えられる。いくらストレスによって我々の中から優秀な人材が出ると言っても、出る前に我々が滅んでしまっては意味がない。そのために過剰なストレスを解消し、時にはストレスそのものを消してしまう。


 つまり魔王があるから勇者が存在しているというのは間違っていないが、その実我々がどうにかしようとする前からそうなるように決まっているのだ、というのが私の仮説だ。


 ではいったい誰が魔王という存在を我々に差し向けるのか。これに関してはそう難しく考えることはない。我々より上位の存在が仕向けているのだろう。上位の存在とは何か。神だ。


 神の考えていることなど我々に分かるわけもない。いや、託宣などによって言葉を授けることはあるようだが、それだけでは何のことだかわからないだろう。


 ともかく神という上位存在が魔王を我々に差し向けているのだろう、ということだけはわかる。ではその目的とは?


 ここで前言を翻すようで申し訳ないが、神は我々を滅ぼそうとしているのではないか、と推測される。これに関してはほぼ無根拠であると言わざるをえない。判断するための材料が全くと言っていいほどないからだ。


 ではなぜそう推測したのかだが、正直に言おう。勘だ。それ以外に神が我々を滅ぼそうとすることが万人に理解できる理由を私は思いつけなかった。もちろんそれ以外の理由であるかもしれないし、これが正しいのかもしれない。それはわからない。


 ともかく、勇者とは魔王に対する明確な天敵だ。


 そしてここからが本題というか、二人の今後に関する話になる。そもそも、勇者は魔王に対抗するために存在しているわけであるから、その実力は魔王と拮抗するか、それを少し上回るほどの能力を持つ。これは勇者の持つ性質から考えれば当然のこととなる。


 そしてその力は、神から与えられたものである。……どうやらベルさんは気づいたようだな。そうだ。魔王と勇者は元をたどれば神の手のひらの上でのみ許されている存在だ。そんな神が、これまで君たちに接触してきたことはあったか? ないだろう。当然だ、君たちの能力は神の想定をはるかに超えてしまっていた。


 魔王の中でも特に強い力を持っていた男の孫として生まれ、その力、特に魔力を強く受け継ぎ、その力に振り回されることなく掌握した当世最強の魔王。そしてその魔王に対抗するため神がまいた種を、我ら人間の強欲によって作り替えた結果神の想定を超えてしまった勇者。二人は生物も、世界も、あるいは神すらも予想しなかった存在だ。


 その二人は当然の帰結として出会い、戦い、そしてお互いに消滅するはずだった。しかし現に君たちは生きている。それが今この世界を取り巻く混沌の原因だ。


◇ ◇ ◇


 ギルベルトは話し終えると大きく息を吐き、難しい顔をするベルの方に目を向けた。話を聞きながら考え事をしていたベルは、その視線に気が付くと顔を上げ、彼に向かって問いかけた。


「私たちが神によって役割を決められていた存在だった、ということはわかった。おじい様や神が関わっているとなれば私の力も説明が付けられるだろう。しかし、クロエに関してはそれがよく分からん。人の強欲、と言ったが一体お前たちはこいつに何をしたんだ?」

「すでに話しているし、見てもいる。それでも足りないということか?」

「ああ」


 ベルの言葉にギルベルトはふう、と息を吐くと「難しい話ではない」とつぶやいた。


「ベルさんはクロエの持つ聖剣をさして『この程度の聖剣にやられるほど柔ではない』と言ったが、その剣は神の祝福どころか、神自身が作った最高の聖属性を持つものだと知っていたかな?」

「? 神が人間のために物を作ることは稀ではあっても皆無ではないだろう」

「ああ。しかしこの剣は人間のために作られていながら、実際は人間が扱うことのできない剣だったのだ」

「どういうことだ?」

「それを説明する前に、ベルさんはその剣の能力をどの程度把握しているのだろうか?」

「そうだな、あの聖剣はどんな魔力でもそっくりそのまま聖属性に転換させて放出するものだ、ぐらいだろうか」

「外から見ればそのようなものだろうな」


 それだけではない、と言うかのようにギルベルトは頷きながら口にすると、黙ったままでいるクロエを見てから再び切り出した。


「武器として扱われる性能は『魔力の貯蓄』『魔力の性質転換』『魔力の放出』という言葉にしてみればシンプルなものだ。しかしこの剣が人間に扱えなかった理由はその性能にこそあると言ってもいい」

「ふむ、しかしそれほど厄介な性能を持っているわけではなさそうだが?」

「ああ、だがこの性能を十全に発揮するためには莫大な魔力が必要だ。それこそ人間一人では足りないほどに」


 魔力を貯蓄し放出すると言っても、その魔力は無から生まれるわけではない。当然外部から魔力を剣に注がなければどちらも使いようがない。


「そして、聖属性が強すぎるためなのか、その剣は持ち手にも強い聖属性を要求するのだ」

「ああ、それは難しいな」


 ギルベルトが語ったことは字面としては性能と同じくシンプルだが、人間という枠の中でその二つを両立させることは非常に難しい。魔力量は生まれ持っての素質がものを言うものであり、聖属性を持った魔力になるかどうかはそれこそ運である。そこまで考えたベルは隣にいる相方に目を向けると一つ息を吐き、ギルベルトに向き直ると口を開いた。


「つまり莫大な魔力という制約のために心臓の鼓動で魔力を生み出す竜、高い魔力を持つ吸血鬼、身体のほとんどが魔力でできた悪魔、そしてそこに聖属性を得るための天使、というわけか。クロエ自体がその聖剣のために作りだされた人造の勇者であり、人に抜けない聖剣を扱い、最強の魔王と敵対する勇者と定められたがゆえにこいつは最強の勇者となったわけだ」

「その通りだ」

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