ハナグモ遺跡 その14
一息で語り終えたベルは、ふう、と息を吐いてギルベルトを見た。彼はその視線を受けると、小さくうなずき「一般に知られている史実としてはそうなるな」と答えた。
「補足をしておくならば、『影』は純粋な人間ではなく陽性とのハーフだったと伝わっているな」
「そうなのか?」
「…………ん」
クロエがうなずいたのを見てからベルはギルベルトに視線を戻す。それを受けて、彼は再び口を開く。
「続いては『勇者』……アルミナ=クロイツフェルトについて知っていることを話してもらおうか」
「うむ。しかし私が知っているのはクロエが語ったことがあることだけだ、と前置きはしておこう」
そういうとベルは咳ばらいをして、真面目な表情で語りだした。
「まず、彼女はもともとどこにでもいるような性格の少女だったと聞いている。とはいえその肉体的には少々一般からは外れていたようだが」
そのように話しながら、ベルは横目でクロエの方を見る。しかし彼女は自分のことを語られているというのに、眠たい目を一層細めて座っていた。
「スキル《スイーパー》。自分の周りにある魔力を無尽蔵に吸収し溜め込むことができるという、非常に危険なスキルだな。このスキルのせいで彼女の母親は彼女を生んだ時点で帰らぬ人となり、父親も育てていく中で衰弱死したと聞いている。そしてその後孤児院に引き取られ、そこで約五年間育てられたそうだ。ギルベルトが出会ったのもこの時期だろう?」
「正確にはもう少し後、だな。特殊なスキルを保有する子供を引き取った、という報告を受けたのち、しばらくして研究の視察に向かったところで出会ったのだ」
過去を懐かしむように口の端を緩めたギルベルトを冷めた目で見つめつつ、ベルは続ける。
「その研究は後天的に人間を魔族に近づけるもの、だったか。悪趣味な研究よな」
「当時魔族は隆盛を誇り、我々は徐々に、しかし確実に破滅への道をたどっていた。危険かつ倫理的に問題のある研究であることは認識しているが、必要な研究だったと理解してもらいたい」
「…………その研究において、彼女は吸血鬼、竜、天使、悪魔の因子を体内に埋め込まれた。……なんというか、『わたしのかんがえたさいきょうのまぞく』のような感じを覚えるな」
「…………否定はしない」
苦虫を嚙み潰したようなギルベルトの顔を見てため息をつきつつ、ベルは先を続ける。
「その実験の結果彼女の肉体は幼いままで成長を止めたが、莫大な魔力を手に入れたという。まあその反動で研究所の跡地に巨大な魔力のエアポケットを作り、そこは未だに生物が住める環境ではないと聞くから何とも笑えない話ではあるな」
やれやれといった風に首を振るベルはそのまま続けて「その後彼女は師匠に出会う」と言った。
「その師匠に関しては私も詳しく聞いていないので知らないが、彼女に剣術を含む戦闘技能と死霊魔術を教えたと聞いている。そして彼女は『英雄旅団』と出会う」
この辺りは初耳だろう、とベルはつぶやき、ギルベルトは呆気にとられたように目を見開きながらうなずいた。
「師匠の存在か。それは知らなかったな。私も彼女が表舞台に戻ってきたところで生存を知ることとなったからな」
「その後は先程と同じだな。『英雄旅団』の一員として聖剣を振るい、最後には魔王と一騎打ちをして果てた、とここまでが今話せる部分だな」
その物言いに引っかかったのか、ギルベルトが目を細める。
「今は、というのはどういう意味だろうか」
「なに、ここから先は私の話も交えないといけなくなるから、という理由さ。私は家が特殊でな、あまり自分の話を広めたくないんだ」
「なるほど……」
「端的に言えば
「それほどまでに秘密にしなければならないこと、か」
「ああ、まあそちらもあたりを付けているのだろう?」
ニヤリと見た目に似合わぬ笑みを浮かべながら、ベルはギルベルトに右手を差し出す。その右手を握り返しながらギルベルトは緊張するかのように肩をブルリと震わせた。
「では、契約内容の確認といこう。『私の正体について第三者に開示した場合、呪いによって死亡する』くらいは求めたいと思っている」
「…………随分と物騒な契約だな」
「…………ベルの言い分は、わりと妥当、とおもう」
「む……」
それまで何も言わなかったクロエからの一言に、ギルベルトは眉を寄せる。彼はそのまま視線を宙にさまよわせると「…………わかった」と言った。
「よし、ならば契約といこうか。《誓いはここに・罰は我らと共に・楔は神にあり》、と」
ベルがさらりと呪文を唱えると、二人の間に魔術陣が現れ光を放った。
「…………さて、聞かせてもらおうか、ベルさんの話とやらを」
ベルはその言葉にスッと目を細めると、「そうだな」と口火を切った。
「まず、私が魔王だ」
「…………!?」
「くくっ、まあ黙って聞いていろ。そうだな、クロエとの一騎打ちの話でもしようか。いやあ、あの時は本当に死ぬかと思ったな。聖剣程度に殺されてあげられるほど柔ではないが、クロエの場合そこに吸血鬼だの竜だのの力が加わるからな」
椅子を蹴倒すようにして立ち上がったギルベルトを見て、笑いながらベルは「本気になった時のクロエの姿と私とを傍から見れば、クロエの方が魔王だと言われそうな見た目であったな」などと口にする。それを聞きつつ彼の顔からは血の気が引いていた。
「ん? ああ、いや恐れることはない。私は死んだことになっているし、わざわざこの世界を荒らそうとも思っていないとも」
「その言葉をどうやって信用しろ、と?」
「私は信じられなくてもいい。お前は娘を信じてろ」
「!」
「私という個人に対する最も強力な、そして実績を持ったカウンターとなる存在が私と共にいる。その事実はごらんの通りだ」
手を広げながらおどけたように体を揺らすベルに、ギルベルトはなおも強い視線を向ける。その視線を真っ向から受け、彼女はひるむことなく見つめ返して言う。
「それにだな、私が旅をしているのは死ぬためさ。なんなら嘘発見の魔道具を使ってもらっても構わない」
「本当、なのか……?」
「……わたしの剣にちかって、ほんとう」
ギルベルトに視線を向けられたクロエは、顔色を変えることなく答える。それを聞いたギルベルトは、力なく椅子に腰を下ろす。
「……お前がそんなことを言うなと言われるのはわかっているがな、私とて美しいものを美しいと思う気持ちはあるのだよ。それだけのことだ」
「…………」
「だから私たちは死ぬことにした。クロエを護衛にして世界を見るために、な。死んだふりをして潜伏し、新しい身分を手に入れて、世界の果てで死ぬために、私たちは旅をしている。クロエは私を殺す役だな」
自分を真に殺せる者は隣に座る少女しかいないのだ、と言外に告げるようにしてベルは口を閉じる。ギルベルトはそれを受けて顎に握りこぶしを当てながら背中を丸めていた。やがて顔を上げたギルベルトは「いいだろう」とつぶやいた。
「こんな話、いきなり聞かされたところで到底信じられるものではない、が信じるに足る相手がいる以上信じざるを得ないな」
「思ったより話が早い奴で助かったよ。場合によっては一戦交えるかとも思っていたからな」
「冗談を。私が魔王にかなうわけがないだろう」
「そんなことはない。今の私のこの姿は力を抑えるための拘束具だ」
口の端を釣り上げながら冗談めかして言うベルの姿に、ギルベルトは苦笑する。
「それでも研究畑の私には荷が重い。流石に無理だろう」
「当然だな。まあ一戦交えると言ってもやるのはわたしとクロエだ。そうでなくては私が魔王だという証明にはならんだろう」
「…………ぅ?」
「クロエ寝てたな?」
名前を呼ばれたところでうつむき気味だった頭を上げたクロエが小さな声を上げ、直前までどこか冷たい雰囲気をまとっていたベルが肩を落とす。
「はぁ、まあ私たちはこんな感じで旅をしているわけだ」
「どうやら全面的に信用していいようだな」
「それは助かる」
肩の力を抜いてそう口にしたギルベルトに対し、ベルは微笑みながら答えた。しかしすぐに彼は表情を改めるとベルに向かって頭を下げてきた。
「む、どうしたんだ?」
「いや、なんだ、クロエをよろしく頼むというかな。私がこんなことを頼むのは筋違いなのかもしれないが、礼儀というか、うむ」
「似た者親子か」
半眼で突っ込むベルに頬を赤くしながらギルベルトは目を伏せる。その様子を見ながら首をかしげるクロエの頭をなでるベルは、少し笑いながらギルベルトに「任された」と答えた。
「お宅のお嬢さんは私が責任をもって面倒を見よう」
「ああ」
ベルの言葉にほっとしたようにうなずいたギルベルトは、一転して表情を引き締めるとまっすぐにベルを見つめて口を開いた。
「次はこちらから話をさせてもらおう」
「ふむ?」
「私から話そうと考えていたのは、勇者そのものについて、だ」
「それは、人体実験としての勇者、ということか?」
「いや、この世界においての勇者というものの仮説というべきだろうな。私としてもまだ確信を得ているわけではないが、そう考えるのがもっとも妥当だろう、という程度のものだ」
「それを今私たちに話す、ということはクロエに何らかの関係があるということだな」
納得した風に首を縦に振るベルだったが、ギルベルトは「それだけではない」と口にした。
「今から話すことは、ベルさんには先程まではクロエと旅する相方として知っていてほしかったが、魔王であるというのならそちらにも関係のある話となる」
「ほう……?」
「さて、どこから話したものかな」
彼は立ち上がって近くの机から書類を持ってくると、ベルに手渡した。
「この書類は?」
「私が独自に調査した、近年の魔獣被害についてのものだ。…………この近辺に限られた話ではあるがね」
「ほう、なるほど。最近魔獣の動きが活発になっている、という学説を数年前耳にしたが、どうやらそれは本当だったようだな」
資料をパラパラとめくりながら感心したように声を上げたベルは、その中に一文に目を止めた。ギルベルトは彼女が目を止めた文がなにかを分かっているように自らも資料をめくると、その一文を口にした。
「『この魔獣の活発化には、魔王の不在が関係している』……。この件について、ベルさんから詳しい話を聞きたいのだが」
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