ハスターク その19

「こちらの部屋です。中に一人先客がおりますのでその反対側のベッドを使っていただければよろしいかと」

「ああ、ありがとう。うちの従者がだいぶ重傷でね。かくいう私も魔力欠乏症一歩手前なわけだが」

「襲撃に関しましてはこちらの不手際です。申し訳ございません」


 マークはレオーネを部屋に案内すると、彼女に向かって頭を下げた。しかしそれに対してレオーネは緩やかにかぶりを振る。


「頭を上げてくれ、支部長。このような事が起こる可能性は常に私に付きまとっている。君たちの責任ではない」

「ですが…………」

「…………どうしても責任を取りたいというのなら、そうだな、ある人を探して、彼女に褒賞を出してやってくれ。私たちを助けてくれたんだ」

「女性、ですか」

「女性と言うより少女だがね。……ああ、もう一人助けてくれた人がいるけれど、そちらに関しては私個人との契約だから、君たちに頼ることはない。まあ彼女ならすぐにここに来るだろうけどね」


 そう言ってレオーネは部屋に入り、「君は!」と驚きの声をあげた。

「ど、どうかなさいましたか?」

「いや、彼女が私の探していた人なんだ」

「…………は?」

 マークは彼女と眠っているクロエの顔を繰り返し交互に見つめた後、ポカンとした顔をした。


「うぅ、やっと帰り着いたのじゃ…………」

「何やら騒動があったようだが、無事だったのだな」


 ベルが宿に戻ってくると、受付で主人が座ったまま本を読んでいた。


「ああ、心配してくださってありがとう。私は無事だが、相方とはぐれてしまってね。しばらくすれば帰ってくるだろう」

「そうか」

「そういうご主人はずっとここにいたのかね?」

「ああ、私も年だからな。人混みに紛れてまで『大賢者』を見たいとは思わんよ」

「そうか」


 ベルが会話を終えて自分たちの部屋に戻ろうとしたとき、主人よりも少し年若い男が息を切らしながら宿に駆け込んできた。


「ジャン、ちょっと一緒に来てくれないか!」

「リート、どうしたんだ。そんなに急いで」

「ゴドーが、あんたの息子かもしれないやつがいるんだ!確認してやってくれ!」


 その言葉に顔色を変えた主人は、老体に似合わぬ機敏な動きで宿を出ると、やってきた男の先導でどこかに向かっていった。


「……………………ふむ」


 その様子を見ていたベルは、このまま宿でクロエを待つか、主人たちを追いかけるか少しの間考えて、宿を歩いて出ていった。


◇ ◇ ◇


 宿を飛び出した二人はどうやら広場に向かっていたようで、ベルは広場に向けて歩いて行った。ベルが広場に到着した時、組合の職員であろうと思われる人物と宿の主人が言い争いをしているのが見て取れた。


「だから、現場検証のためにも一般の方を広場に入れることはできないんです!」

「頼む!本当に私の息子なのか、少し顔を見せてくれるだけでいいんだ!」

「ですから!」


 その言い争いをしている人物に見覚えがあったベルは、ちょこちょこと歩いて近づいていくと声をかけた。


「おや、先日は手間をかけさせたな」

「あなたは…………ああ、支部長が絶賛していた子の相方の方でしたか。ちょうどいい、あなたの相方さん、かなりひどい傷を負って組合に運ばれましたよ」

「は?いやいやまさか」

「いえ、多分血痕だけならまだ残っていると思いますよ。見ます?」

「ああ、まあ…………」

 するとそこで主人が職員に噛みついた。

「どうして私はだめでそこの女の子は許可されるんだ!」

「彼女は冒険者ですし、彼女の旅の連れ合いの方がここにいたことも事実です。その事を私たちは知っているのでこのように許可を出しています。しかしあなたの言い分は非常に曖昧で真実とも嘘ともとれません。そのような方に現場を荒らされるのは困るのです」

 職員としては、出きる限り誠実に答えたつもりだったのだろう。しかし、その言葉は男には通用しなかった。

「私が嘘を言っているというのか!」

「いえ、ですから……」

「頼む!私の息子であるかを一目見せてくれるだけでいいんだ!だから!」

 堂々巡りを続ける職員と男の会話に、ベルは割り込んで男に問いかける。

「なあ、ご主人、その息子さんの顔を私が見てこよう。その上であなたが判断されればいい。《水鏡》であればそこからでも写せるだろう」

「う、うむ。なら、お願いしたい」

 その答えを聞いたベルが呪文を唱えると男の目の前と自分の手元に水で出来たお盆のようなものが出現し、それを確認したベルは職員に連れられて歩いていった。


「そういえば、彼が息子かもしれないと言っているのはどこにいるんだ?」

「ああ、それでしたら目的地は一緒です。あなたの相方の近くに倒れていたのがその男性なんです」

「なるほど、それはちょうどいい。…………それはつまり、クロエが殺したということか?」

「その可能性も、否定できません」

「…………」


「ここです」

 しばらく歩くと、 遠目にも大きな血痕が残っている場所が見えてきた。

「随分と残っているな」

「ええ、先程運び出したばかりでして」

「なるほど。……それで件の男はどこに?」

「こちらに」

 そう言うと職員は血痕の少し離れたところに倒れている、胸に穴の開いた一つの死体を示した。

「ほう、なかなかいい男だな」

 ベルは躊躇なく死体を仰向けにすると、その顔を水鏡に写して待っている男に見せた。

「このくらいで大丈夫か。よし、戻ろう」


 戻ってきたベルたちに対し、男は「確かに私の息子だった」と告げた。

「私の息子は私の生き方に反対し、この街を飛び出しました。しばらくして一度だけ、結婚して子供が生まれたという報告の手紙がありましたが、それ以降は一度も音沙汰がありませんでした。だから、帰ってきたと聞いたとき、一度でいいから話がしたかったんです。もしできなかったとしても、顔が見たかったんです」

 男は静かに涙を流しながら、そう、告げた。

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