ハスターク その18
「………………」
「………………」
バルジャンの姿が消えてなお、ベルとレオーネは緊張感を解くことなく消えた空間を見つめていた。しばらくそのまま見つめていたが、誰からともなく詰めていた息を吐くと、途端に二人の身体から力が抜けた。
「もう大丈夫か」
「……おそらくは、な」
いまだ座り込んだままであるレオーネに向けて、同じようにへなへなと座り込んだベルが答える。しかし、そんな二人に弱々しい声が飛んできた。
「ゴホッ……。ならそこの冒険者、私の治療も頼みたいのだが……」
「「あ」」
カエデの傷はさすがに瞬時に治せるものではなかったため、ベルは応急処置をすると残りはこの街の病院に任せることにした。
「すまないな、私が不甲斐ないばかりに」
「あ、謝らないでください!私の行動に実力が伴っていなかっただけですので!」
地面に敷かれた敷物の上に寝かされているカエデに対してレオーネが頭を下げている。お互いに頭を下げあっている様子を見ながら、ベルはいつになったら宿に戻れるのだろうかと考えていた。
しばらくそのままでいると、組合の職員だという者たちがやってきてレオーネとカエデは組合の方へ向かうことになったが、ベルはそこで二人と別れて先に宿に戻ることにした。
「ああ、ベルさん。後でいいから私たちのもとを訪れてくれ。この礼はしっかりとさせてもらう」
「当たり前だ。苦労したんだからその対価はきっちり頂かないとな」
そう言って二人は顔を見合わせて笑いあうと、それぞれ逆方向へと歩き出した。
宿に向けて足を動かしながら、ベルは後ろに向けて声を発する。
「おい、出てくるならさっさとせい。儂は早く宿に戻りたいんじゃ」
「…………気づいていたのか」
すると裏路地に通じる建物の陰に、一人の男の姿が現れた。男の姿はボロボロであったが、その顔は先程まで見ていたものと同じ仏頂面であった。
「逃げたのかと思っておったのじゃが」
「ただ逃げ帰ってはジルブスタン様に示しがつかん。本来の目的は『大賢者』だが、先にそちらを襲って貴様に邪魔されるのは面倒だからな。先に排除させてもらう」
「先程儂に負けたのにか?」
「確かに貴様に食らわされた傷は浅いわけではない。しかし貴様の魔闘術の攻略法は見えている。あの打撃自体が怖いわけではなく、その打撃の衝撃こそが貴様の技だ」
「うむ、儂の打撃は強化してもせいぜいお前と打ち合える程度じゃろうな。儂の相方は同じような体躯をしておりながら自分より大きな獣を拳で吹き飛ばすが、あのような真似は儂にはできん」
じゃがな、とベルは底冷えのするような笑みを浮かべながら出来の悪い生徒に教えるように続ける。
「儂は魔術師なのだよ、若造。もとより肉弾戦はついででしかない。なぜ儂がお前との戦いで魔術をほとんど使わなかったかわかるか?」
「…………手を抜いていたということか」
「ああ、使うまでもないと思ったからさ」
「随分と、低く見られたものだ」
バルジャンの声の温度がすうっと下がる。そのまま彼は拳闘の構えを取るとぶつぶつと呪文を唱え始めた。
「はっはっは、先程の儂とは違うぞ?死ぬ気でかかってこい」
それに対してベルはあくまで余裕を崩さない笑みを浮かべたままバルジャンを挑発する。
そうして、ベル対バルジャンの第二戦の幕が切って落とされた。
「っ!あ痛っ」
「『大賢者』様、貴方も魔力欠乏症気味なのですからあまり動こうとしてはいけませんよ」
歩けないカエデのために近くまで来ていた馬車に乗せられていたレオーネは、後方で起きた魔力の高まりを感じ、自分の身体が限界を迎えているにもかかわらず振り向こうとし、自分より重症のカエデにたしなめられていた。
「わかってるわよ、カエデ。でもちょっと向こうの方で気になる魔力のぶつかりがあったものだから」
「向こう、とは先程の冒険者が向かった方でしょうか」
「ええ、方向としてはそちらの方ね。無事だといいのだけれど」
「まあ、バルジャンを退けられるほどの実力者ですし問題はないでしょう、きっと」
「それも、そうね」
そのまま二人と護衛の組合職員を乗せた馬車は組合へと向かっていくのであった。
そのころ組合では。
「おい!こっちにも食べる者持ってこい!」
「負傷者の方はこちらへ!」
「お連れの方とはぐれた方はこちらの受付になります!」
突然起きた『大賢者』襲撃事件の際に、逃げようとするも障壁に阻まれて逃げることができないのに外から入ってきてしまった人や、どこからともなく表れていたローブの男たちによって一般住民や冒険者に死傷者が大勢出ていたため、街の中心部にある講堂や病院では事足りず、組合も人手と場所を提供していた。
「おい!この中で一番治癒魔術ができる奴はどいつだ!?」
その時、大声をあげながら鎧姿の男たちが何かを運んできた。
「おう、どうした。俺にはテメェらも十分重症に見えるが」
「支部長!俺らより先にこっちの子を頼む!」
子どもという言葉に緊急性を感じたマークは男たちが運んできた布包みをほどくと、そこから立ち上る血臭の顔をしかめた。
「おい、こりゃひでぇな……。おい、マルセラ!マルセラはどこにいる!」
するとその声にこたえて人混みの向こうから髪の毛を一つに結んだ少女が飛び跳ねながら手を挙げていた。
「ここです!」
「すまんがそいつが通る道を開けてやってくれ!こっちに重傷の奴がいる!」
そこまで叫んで改めてその顔を見たマークは気づいた。
「おい、こりゃあん時の嬢ちゃんじゃねぇか」
「すいません、通してください!はぁ、お待たせしました!」
「この嬢ちゃんの相方は……。いやそれより先に治療だな。頼んだ、マルセラ」
「わかりました!」
何か所にも及ぶ骨折と打撲や切り傷などの外傷だけではなく、同時に魔力欠乏症も発症していたクロエは治癒魔術だけで治すのは危険であると判断されたため、組合の一室に寝かされることになった。
最低限の治癒魔術と応急処置で山場は越えたようで、安定した寝息を立てているクロエの様子を見ながら、マークとアイネは話し合っていた。
「あー、あの嬢ちゃんってやっぱ俺が負けた嬢ちゃんだよな?」
「見た感じそのようですが……。どうします?ベルさんに連絡を取りますか?」
「取った方がいいよな?」
「おそらくは」
「だよなぁ、でもなぁ、どう伝えるんだよこれ」
「まあ、そうですね」
「……一旦下戻るか」
「……そうしましょう」
二人が下に戻ると、何やら異様な熱気に包まれていた。
「おうおうなんだなんだ。俺がいねぇ間になに、が…………だ、『大賢者』様!」
そこには、組合の職員に肩を借りながら歩いてくるレオーネの姿があった。
「や、やあ、支部長。すまないが、どこか一室お借りしたいんだ。できればベッドと、魔力欠乏症の治療用のお香を焚けるところがよいのだが」
「あ、はい。それなら先客がいてもよろしければすぐにでも」
「それで構わないよ。この事態では贅沢も言っていられまい」
「あ、ありがとうございます」
普段は見られない緊張した姿のマークに後ろで笑い転げているアイネを横目で睨みつつ、マークはクロエが寝ている部屋へと案内した。
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