少女二人旅~死んだふりをして勇者と魔王は世界を巡る~
将月真琴
プロローグ とある荒野にて
この世界は、魔王の脅威にさらされていた。過去形になっているのは、その魔王がもう既にいないからである。世界は、勇者という犠牲の代わりに、魔王のいない世界を手に入れた。魔王ベルフェゴール=ディ=アダマス、そして勇者アルミナ=クロイツフェルト。魔族にとっても、人間にとっても、互いの抑止力となっていた存在の消滅の影響は決して小さいものではなかった。
だがしかし、それでも続いてゆくのが世界である。
魔族たちは新たな魔王を擁立するために小規模な軍勢に分かれて日々小競り合いを繰り返し、人間たちは新たな魔王が生まれた時に備えるため、冒険者の育成により一層力を入れるようになっていた。
これは、そのような時代に冒険者として歩き始めた二人の少女の世界を見る物語である。
◆ ◆ ◆
見渡す限り一面の荒野。その荒野の、ある大きな岩の影で二人の少女が休んでいた。
一人は銀髪の眠そうな目をした十歳ほどの少女。簡素な胸当と腰当を身につけ、腰まで伸ばされた髪の毛が地面が付くのが気にならないのか、岩に背中を預けてだらりとしている。しかし周囲には気を付けているようで、左手の下には細身の剣を納めた鞘が置かれていた。
もう一人は紫紺の髪につり目の十二、三歳ほどの少女。白いシャツワンピースに紅いネクタイを緩く締め、肩甲骨にかかるぐらいの髪をハーフアップにしている彼女は敷物の上に座って瞳を閉じ、先程からうつらうつらと舟をこいでいた。
「…………ん、む」
「……どうか、した?」
銀の髪の少女が、紫紺の髪の少女に問いかける。紫紺の髪の少女は閉じていた重たいまぶたを開きつつ、銀の髪の少女の方を向きつつ口を開いた。
「ああ、何かがこちらにまっすぐ向かってきている。移動速度からすると、
「…………いってくる?」
「あーー…………。この進路だと確実に儂らにぶつかるじゃろうしな。仕方ない、行くしかないの」
「…………わかった」
「手伝いはいるか?」
「…………いらない」
「怪我せんようにな」
「…………ん」
そう答えた銀髪の少女は、剣を腰に身に付けると相方の少女の方を見ることなく岩場の陰から飛び出し、その銀髪を陽光に煌めかせて駆けていった。
荒野に土煙が立ち上っている。その土煙を立てているのは、群れを成して走っている巨大な錆色の蜥蜴であった。この錆蜥蜴は体長は5、6メルターほどであり、基本的に二十から三十匹程度の群れを作って移動する。なお、その体色は錆蜥蜴が好んで食べる鉱物の成分が体表に現れたものであり、その皮は防具の素材として使われることもあるほど固いものである。
しかし。
少女は数キロメルターの距離をものの数分で駆け抜け、そのままの勢いで錆蜥蜴の群れに突っ込むと、腰に帯びていた剣を引き抜き、近くにいた錆蜥蜴の首を一刀のもとに斬り落とした。
そのまま少女は踊るように群れの中を縦横無尽に駆け巡り、少し後、少女が動きを止めたときには周りには首を失った数十匹もの錆蜥蜴が転がっていた。
「…………ただいま」
「ん、おうおかえり――ってなんでそんなに血まみれなんじゃ!?」
「…………斬った、から?」
「いや、それにしても上半身が顔も含めて真っ赤というのはおかしいじゃろ!」
「…………ベル、おなかへった」
「…………」
「…………ごはんに、しよ?」
「…………はぁ。クロエ、ご飯は体をきれいにしてからじゃ」
ベルと呼ばれた少女がそう言うと、クロエと呼ばれた少女は眠そうな顔に少し嬉しそうな色を浮かべ、「…………ん」と答えた。
クロエはベルから少し離れると、服や防具など着ていたものを全て脱いで、虚空から突然現れた水を頭から被る。そのまま虚空から湧き続ける水で体や髪を隅々まで洗い流し、十分に血が取れたことをクロエが確認した途端、風が少女の周りを吹き荒れ、彼女の体を乾かす。そしてクロエは荷物の中から新しい服を取り出して着替えると、いそいそとベルのもとへと向かった。
「…………ベル、きれいに、したよ」
「よし、じゃあ食べるとするかの」
「…………」
「どうかしたかの?」
「…………また、これ?」
そう言ってクロエは目の前に準備されていたもの――キューブ型の携帯食料――を手に取って、眠そうなまま眉をひそめる。
「美味しくないのは分かっておるが、今の儂たちにはこれしか食料がないんじゃよ」
「…………おにく」
「時間がかかるぞ」
「…………うぅ」
クロエはその言葉に少し悲しそうにすると、携帯食料を一口かじった。
携帯食料による、食事と言うより栄養補給に近いものを終えた二人は、少し休むと錆蜥蜴のもとへ向かった。
「どうやらまだ近くの魔物どもは来ておらんようじゃな」
「……はやくしよ?」
「そうじゃな。早くせんとこ奴らの肉を目当てに魔物どもが寄ってくるじゃろうからな」
そう言って二人はせっせと錆蜥蜴の皮を剥ぎ始める。先程も述べた通り、錆蜥蜴の皮は防具の材料になる。つまり、売れるのである。皮だけではなく、歯や骨も装飾品や一部の武器に使われることもあるのでこれも回収する。そして肉は、このような荒野において貴重なタンパク源となる。なにより、錆蜥蜴はこの辺りで出現する魔物の中でも可食部が多く、かなり美味い部類に当たる。
要するに、冒険者にとって錆蜥蜴というのは「美味しい獲物」なのである。
「このくらいかのう」
「…………おにく、たくさん」
クロエたちは数十匹の錆蜥蜴のうち、三分の二くらいから皮や骨を取り、そのうちの半分からだけ肉を剥ぎ取り、凍らせて荷物に詰めた。それでも彼女たちの荷物は十分に膨らみ、今後の食料についてしばらく心配することはなくなるほどであった。
「さて、行くとするかの」
「…………つぎは、どんなとこ?」
「このまま進むと、ハスタークという都市につくようじゃな」
「…………へぇ」
「この皮やらなんやらが売れるといいのう」
「…………おいしいもの、たべたい」
「まあこのままの速さで歩いていたら到着するのは明後日くらいになるか……」
「……」
ベルがそう言うと、クロエはかすかに顔をしかめ、若干歩く速度を速めた。ベルはやれやれといった風に首を振ると、相方を追いかけるために砂を蹴った。
二人がその場を離れて数刻後のこと。
錆蜥蜴の死骸の周りには様々な魔物がその肉を食らいに来ていた。肉はすぐになくなったが、魔物たちの腹を満たすのには十分であった。
荒野は今日も平和であった。
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