第5話

 それからどれくらい時間が過ぎただろう、何かが体に触れるのを感じて目を覚ました。のろのろと目を開けると、目の前にぼんやりと爺っちゃんの顔が映った。何のことはない、逆に爺っちゃんに揺り起こされてしまったのだ。

「ムシュ、早く起きんか! いつまで寝ているつもりだ。そんなに気を緩めてのんびりしてると、いざというときに間に合わんぞ」

 爺っちゃんはオイラの心配などそっちのけでいった。

「……」

 オイラはまだ半分眠っていたが、爺っちゃんの声だけははっきりと聞こえた。

「……爺っちゃん、あれからどこに行ったの? 爺っちゃんが石の下に潜り込むのは見たんだけど、それから先はどこを捜しても見当たらなかったよ」

 目を擦りながら爺っちゃんを心配顔で見る。

「そうか、それはすまんかった。じつはな、あまりにも突然のことでとりあえず石の下に隠れはしたんじゃが、どうも落ち着かなくてな、我慢しきれずにそこを跳び出してしもうた。どこか安全な場所をと物色しているうちにわしともあろうものが道に迷ってしもうてな……わしも老いぼれたもんじゃ」

「夜になってもちっとも帰って来ないから、オイラはてっきり人間サマに……」

「おいおい、そう早とちりをするもんじゃない。これでもわしは危険な目に遭いながらも七年間生きてきたんじゃ、そうは簡単に死にはせん」

「でも、無事で何より。まだまだ爺っちゃんから教わらなければならないことが山ほどあるんだから――。若いオイラと違ってもう年なんだから、気をつけてくれないとね。大事な体なんだからさ。……それはそうと、昨日のつづきを聞かせて欲しいよ、気になってしかたがないから」

「昨日のつづき? 何のことじゃ、それは」

 爺っちゃんは考える仕草のあとで小首を捻った。

「やだなァ、もう忘れちゃったの? 我々ダンゴムシにとってもっとも大切なことですよォ」

「ほうほう。そうじゃった、思い出した、思い出した。――その大切なことというのはな、昨日もいったと思うが、勉強することも大事じゃが、そんなことよりも、ムシュが両親から受け継いだその血を子々孫々にまで伝えることなんじゃよ。それがおまえに与えられた使命なんだから……何をさて置いてもそれがもっとも大事なことなんじゃよ」

「はい、よおくわかりました。これからはそのことを絶えず頭に置いておきます」

 オイラは爺っちゃんに逆らわないように素直に返事を返した。

 正直いって、ちょっとがっかりした。それくらい改めていわれるまでもなく、とうに自分自身で気がついている。というより、それは誰もが携えている〝本能〟というものなのだ。ところがこの本能というのが極めてやっかいな代物で、意識のない部分であらゆる意識を支配している。こいつのお陰でオイラはずいぶんと臆病になっている。

 先祖の血を絶やさないようにするのには間違いなく交尾という行為をしなければならない。性本能についていうならば、いまのオイラにはまだ少し早い。確かにオイラたちの寿命というのは、誕生してから二年ほどで一人前(成虫)になり、その後一年くらいしか生きることができないのが通常。爺っちゃんのいうのもわからなくはないが、いまオイラは何かに取り憑かれたかのように頭の中が好奇心の塊りとなっている。どうしようもないくらいに――。

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