真夏の銃弾

冷門 風之助 

VOL.1

いぬいさんって、読むの?』彼女は俺が提示したライセンスを見ながら、目を少し吊り上げて言った。


乾宗十郎いぬい・そうじゅうろう、それが私の名前です』


 俺はわざと素っ気なく答え、汗をかいたグラスを持ち上げ、グラスにひっつけるようにしてコーラを瓶から注ぐ。


 細かい泡が音を立てて溢れそうになるところ、タイミングよく口元に持って行き

巧みに喉へ通した。


 コーヒー党の俺であるが、流石さすがにこの暑さである。


 とはいってもアイスコーヒーは嫌だ。


 コーヒーを冷たくして飲むなんて真似は俺には出来ないし、それにあの口が曲がるような甘ったるさは性に合わない。


 どうせ冷たいのを飲むなら、コーラに限る。


 おまけに俺はまだ二日酔いが抜けてない。

 

『コーラは二日酔いの薬だ』


 昔婆さんにそう言われたような覚えがある。


『エアコンの温度、上げてくれます?!あなた、地球温暖化をご存知ないの?』


『・・・・』


 俺は黙ってリモコンを取り上げ、温度を1度上げる。


 白いブラウスにクリーム色のタイトスカートにジャケット。

 

 何だか妙に鼻が高く、それだけじゃない。声までツンとしている。


 俺の事務所に入って来るなり、汗を絹のハンカチで拭っているくせに、

『エアコンが嫌いだ』と繰り返した。


 彼女の出した名刺には丸っこい活字で、


木滑澄子きなめり・すみこ』とあった。


 いくら芸能界にうとい俺だって、名前くらいは聞いたことがある。


 彼女は幾つかのヒット曲を飛ばし、それだけじゃなくミュージカルの演出も手掛ける、まあ今時の言葉で言うなら、


『マルチクリエイター』という職業(こんなのを職業といえるのか?)だ。


 歳は俺より4~5歳程下、、独身。


 化粧っ気がなく、口紅もシンプルで、まあそれだけなら、好みのタイプともいえなくないのだが、何となく好きになれない。


 何度か仕事を請け負ったことのある、某芸能プロダクションの社長から、相談に乗ってやってくれと頼まれたのだが・・・・


『彼を探してください』


 大ぶりのグッチのバッグから写真を一枚出し、俺に突き付けた。


 地味なスーツを着た、そこそこ背が高い若い男性が、膝を揃えて椅子に腰かけている。


 なかなかハンサムだが、決して軽薄そうには見えない。


『誰なんです?』


 知らないのか、とでもいうように、また鼻をそびやかして俺を見た。


加納俊太かのう・しゅんたですよ。ご存知ないの?』


『生憎昨今の芸能界にはうとくってね』

 

 加納俊太は、ある中堅どころの芸能プロダクションに所属している若手俳優だ。

 

 ルックスだけじゃない。


 演技力も若いながらかなりの物を持っている。


『彼を探して欲しいの。それもなるべく早くね』



『折角ですが・・・・』俺は写真を指で挟んで返した。


『私は探偵です。確かに金を払ってくれれば、大抵の仕事は引き受けます。しかし事情も分からないんじゃ、お断りするしかないですな』


 彼女はまた目を吊り上げた。しかし、仕方がない。という感じで唇を噛んだ。


 薄いルージュが少しにじむ。


 それから彼女はもう一枚写真を出した。


 今度は女性だ。それも膝上何センチしかないスカートを履き、金色に染めた髪を両方に分けている。


 派手ななりをしている割には、それほど悪い子には見えない。


『盗んだのよ。この子をね。』


 吐き捨てるような口調でそう言った。





 




 


 

 

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