キュルルに転生したので名前を変えてみた
珈琲月
第1話
目が覚めると、見知らぬ場所にいた。どうやら、光る粒が大量に敷き詰められているカプセルに入れられているらしかった。辺りを見渡すと、そこにあるのは色鉛筆の箱とスケッチブック。それに、青いメッセンジャーバッグだ。
どこかで見たようなバッグだな。
現状を確認するためにも、バッグの中を調べてみるのがいいだろう。中に入っているのは、スケッチブック数冊と動物図鑑。色鉛筆とハサミとルーペだ。しかも、描かれている絵はアニメで視た覚えのあるものだった。
アニメ?そうだ、アニメだ。何のアニメだったかな。風車に竹林に海に夜のアリ塚……。けものフレンズ2のキュルルか。とりあえず、物騒な世界ではなさそうでホッとした。無印と違って、道なき道を行く感じでもないし。
いや、そう言うことじゃないだろ。落ち着け、俺。持ち物の裏側に、こいつの名前書いてないかな。――書いてねえわ。ということは、そこまで幼くは無いんだな。とは云え、声変りが始まるほど大きくもないってことか。
青い羽根付きの帽子をかぶっているし、着ている物も青いから俺がキュルルになっているんだろうな。ふと、股間を触ると男だと分かる。がっかり……はしてねえよ。
取りあえず、外に出ますかね。ここにいても、これ以上の収穫はなさそうだしな。俺は、スケッチブックや色鉛筆の箱をバッグに入れると、それを肩にかけて外に出ることにした。
右も左も分からない以上、とりあえずカラカルに出会うのが先決だろう。森に入ってうろうろとしていると、近くの草むらでがさがさと音が鳴った。よし、来た。
「あなた、何のフレンズ?」
「――!?」
顔、近づけすぎじゃね。警戒心が強い設定はどこに行った。いや、それよりもこいつが現れたってことは……。でけえ!!
「別に取って食いやしないわよ」
「後ろ見て!!後ろ!!」
カラカルも後ろに迫っている巨大セルリアンに気付いてくれたようで、俺の手を引いて、一緒に逃げてくれた。
この後は、原作通りにサーバルがやって来てカラカルと二人で巨大なセルリアンを二匹ともやっつけたわけだが、あんな巨大な化け物をあっさり倒して談笑してるねーちゃんたちの会話に混ざるとか、普通に無理だわ。素で怖い。
「こっちは、カラカル。そして、私はサーバル」
「で?あなたは、何のフレンズなわけ?」
「えーと。俺は、ヒトだと思う」
自分の声帯から女みたいな高い声が出るのは、どうにも妙な違和感があるな。キュルルの声とは微妙に違う気もするが、自分の声と録音した自分の声ぐらいの差だろう。
「ヒト?ヒトって確か……サーバルと一緒に旅をしてたとかなんとか」
「んー。よく憶えてないけど、そんな気がするんだよね。じゃあ、君の名前は……」
キュルルルル……。鳥の鳴き声を思わせるような腹の音が鳴った。
あ、この流れはまずい。
「キュルルちゃんだね」
「アオイ!!毛皮が青いからアオイでお願い!!」
悪いけど、腹の音を名前にされるのは勘弁願いたい。俺は思わず、サーバルの肩をつかんでそう言っていた。
「色の名前でいいの?」
「お腹の音よりはましだ」
「それは、そうよね」
本来ならば、自分の本名を名乗る方が早い。だが、名前も年齢も家族構成も覚えてないのだ。せめてもの救いは、けもフレ2の知識は憶えていることだろうか。
取りあえず腹ごしらえをしようということになり、ロバのところで食事をさせてもらったがこの後はまたあそこに行く流れだよなあ。
「それで。アオイは、どこから来たのよ?」
「あそこの建物からだよ。でも、めぼしいものは持ってきたから、あそこにはサンドスターしかない」
「そっか」
いや、時間を遅らせていけばダブルスフィアと出会えるのか。でも、あいつらがあそこの建物に着くのは大体原作のキュルルがモノレールに乗ってからだろう。ビーストの叫び声が聞こえたのは、線路上にいるセルリアンを倒すためにジャンプしたときの咆哮だろうし。
俺は、スケッチブックを取り出すと何も書かれていないページに自分の家を描いてみることにした。自分の描いた絵とは思えないほどよく描けてはいるものの、これは俺の家じゃない。某プロデューサーの家をモデルにしたと言われているキュルルの家だ。
「おうちに帰りたい」
ふと、頭にキュルルの声が響いた。涙がどんどんあふれてくる。ん?キュルル……。間違いない。深層心理の中に、キュルルがいる。
「どうしたのよ、あんた!?」
「おうちに帰りたい」
「そっか!じゃあ、探そうよ!アオイちゃんの
いや、好意はありがたいんだけど……どうやって探すんだよ。
「じゃあ。この建物、分かる?」
「うーん。ごめん」
「知らないわね。他に何かないの?」
カラカルの言葉を受けて、別の絵を見せると一枚だけ心当たりがあるという。行ってみたが、確かにそれらしいものがあるなという以上の感想しか持てなかった。
「サーバルさん、カラカルさん。この辺に詳しい
「だったら……カルガモかな」
果たして、カルガモは見つかった。案の定、風車の絵に心当たりがあるらしく案内を買って出てもらったのはいいが、やはりその途中で「危険極まりない溝が!!」あった。
「皆さん!ここは、私のまねをして、跳んでくださいね!はあ!!」
カルガモはそう言って高らかに飛び上がると、溝の上空に来た辺りでそこから出た黒くて長いものに足を絡めとられて飲み込まれてしまった。
「なるほど。これは確かに危険極まりない……」
俺は四つんばいになると、溝の端からそおっとのぞき込んだ。うわっ、白黒の目がこっちを見たよ。
「この溝、セルリアンが中に潜んでるんだ。それで、上に来た子を舌を使って飲み込んでるんだね」
原作と違う展開もあるのか。ということは、ここは並行世界と考えるのが自然だろうか。
「カラカル。どうしよう」
「どうしようったって、どうするのよ。こんな溝じゃ、爪すら届かないわよ」
そりゃそうだ。だからと云って、ここでカルガモを見捨てるのは寝覚めが悪い。何か、助ける方法はないか。
そうだ。とりあえず試してみよう。俺は何も書かれていないページを一枚破り取ると、それを色鉛筆で一部を黒くして虫メガネで太陽光を集めることにした。
「何してるのよ?」
「今日は晴れてるから、早く火が着くはず……着いた!」
「ひいっ!?」
カラカルは、画用紙に火が着いたことに驚いて逃げたようだった。サーバルもカラカル同様に、俺から距離を取ってる。そっかあ、怖いのか。
悪戯心が芽生えないこともなかったが、信頼関係もないのに下手なことはするべきじゃない。そう自分に言い聞かせて、火が大きくなった頃合いでセルリアンの目があった場所にそれを突っ込むと、地面が激しく揺れた。熱に驚いて暴れているのだろう。
ぼごおん!!溝のあった場所は壊れて、中から細長いセルリアンが姿を現した。
「サーバルさん!カラカルさん!今だ!」
「……あの怖いの、無い?」
大丈夫、火は消えている。セルリアンが出てきた衝撃で巻き上げられた砂が火のついた紙にかかって消えているのを認め、そう報告するとサーバルが「うみゃみゃみゃ……!!」とセルリアンを爪で倒しサンドスターが辺りに散らばったのだった。
「た、助かりました」
「アオイ。もう、あの赤いやつ出すの禁止ね」
カルガモは無事でよかったけど、カラカルから火を起こすのを禁じられてしまった。確かに、火の取り扱いは慎重にしなければいけないから最終手段にした方がいいだろう。
気を取り直してカルガモに案内を再開してもらうと、見覚えのあるモノレールを見つけることができた。問題は、どうやってサーバルたちを同行させるかだよな。原作では、巨大なセルリアンに襲われてなし崩しでモノレールに乗ったけどもうセルリアンは退治してしまったし……。
「あのー。私、お約束に立てませんでしたか?」
物思いにふけっていたのを不満ととられてしまったか、カルガモが落ち込んだ顔を見せてきた。やばい。流石に感じが悪いな。
「そんなことは……。ちょっと待ってて」
そう言うと俺は、風車の絵に俺たちを案内するカルガモの絵を描いて彼女に手渡した。
「はい。今日の思い出に、お礼。こんなものしかあげられないけど、よかったら……」
「うわあ!!感動です。ただの一人も欠けることなく険しい道のりを経て、こんな素敵なお礼まで!」
「いや、欠けそうになったのあんただけ……」
「まあまあ」
描いた絵をあげて喜ばれるのって、結構いい気分だな。キュルルがあちらこちらで絵を配ってたのも、こういう気持を味わいたかったからなのかも知れない。だが、そんな気分は一瞬で吹き飛んだ。
「うおおおおお!!!」
尋常では無い咆哮がこちらに聞こえてきたのだ。そうだ、こいつを忘れてた。
「ビーストです!皆さん、あの建物の中へ!」
カルガモの声を受けて、俺たちは慌てて建物に空いた穴に入るが、ビーストも当然中に入ってくる。
「あーれー!?足をくじいちゃった!!もう走れなあい!!」
え?偽傷?ビースト相手に?
「何してるの、アオイちゃん!?あれは、あの子の得意技だから大丈夫だよ!!」
セルリアン相手ならそれでもいいが、ビーストは弱ったふりをしているカルガモの周りをうろついている。あれって、死んだふりをしている人を食おうとしている熊の行動じゃないだろうか。
気にはなるが、ここは身の安全を第一とした方がいいだろう。俺はサーバルとカラカルのふたりと共にモノレールに乗ったものの、発信する頃合いでビーストが追いかけてきた。
彼女の口元が赤くないのが救いだが、カルガモは逃げ切ったのだろうか。そんなことを考えている間にもモノレールにビーストが迫ってくる。その時、バラバラバラと音がして上を見るとヘリコプターが飛んで来た。はい、並行世界確定。
ヘリコプターの扉を開いて現れたサングラスをかけた女性はウオーターガンをしゅこしゅこすると迫りくるビーストにヘッドショットを決めたのだった。しかも、その中身は水ではなく恐らくはサンドスターだろう。
ビーストは、レールの下へと落ちていった。サングラスの女性は扉の奥へと引っ込みカルガモが外へと飛び出した。怪我はなさそうだな。ああ、よかった、無事で。
サーバルはと云えば、去っていくヘリコプターをじっと見ていた。
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