17、姉と弟
「あ、あ、あ、あ、ああああああああなた様は……!」
「? 何だよ、姉ちゃんまでこいつの事知ってんのか?」
「こいっ……!? リュート、ちょっとこっち来なさい!」
ぐいっ、と強引にリュートの腕を引っ張るお姉さん。何だよ、と文句を漏らす弟の頭を掴み、どん! と勢いよく姉弟揃ってダイレクト土下座。どうでもいいが、この国の人の土下座、無駄にクオリティ高ぇな。
「も、申し訳ありません豊穣神様! 数々のご無礼、お許しください!」
「はぁ? こいつが豊穣神? 何言ってんだよ姉ちゃ痛てててて、痛いよ姉ちゃん!」
「何言ってんだはあんたの方よバカリュート! この方は間違いなく豊穣神様なんだからね!」
なんだなんだ、とギルドの中がざわつき始める。あんま目立ちたくないんだが……まずは土下座を解除する事から始めるか。悲しい事に、少し慣れてきている自分がいた。
「えっと、お姉さん……のお名前は?」
「あ、は、はい! イリーネ、と申します!」
「じゃあイリーネさん。リュートは悪くないので離してあげてください。あと、立ってください。豊穣神命令です」
伝家の宝刀、〝豊穣神命令〟発動! ……高校時代の知り合いに見られたら、確実に精神病棟に放り込まれる光景だな、うん。
「わ、分かりました……」
けれど、この世界のこの国では効果覿面。お姉さん――イリーネさんはリュートの手を取り、一緒に立ち上がる。
イヤそうな顔をしながらも素直に立ち上がるリュートと言い、やっぱりこの姉弟、元々はめちゃくちゃ仲が良いんだろうな。じゃなきゃ姉の仕事場まで迎えになんて来ないだろうし。
「じゃ、ついでに豊穣神命令です。俺に対して敬語を使う事を禁止します、イリーネさん」
「そ、それは、さすがに……む、無理です! 出来ません!」
うん、まぁそんな気はした。上下関係はきっちりしたい、って人は世界関係なくいるだろうし、無理強いしてストレスにするのも申し訳ない。
「じゃあリュート。お前はどうだ?」
「僕は……」
悩むリュート。……えっと、イリーネお姉さん。『無理です、って言え』みたいな念を弟さんに送るのは止めてあげてください。
たっぷり十数秒悩んだリュートは、俺を見上げた。
「おま……あなたは、ホントに豊穣神なん、ですか?」
「みたいだな。それに、お前、だろ? 無理すんな」
「…………」
笑う俺を見て何を思ったか、リュートは肩をそびやかした。
「……変なヤツだな、お前。僕は別に、今まで通りでも構わないけど」
「そだな、変なヤツだって事は自覚してるつもりだから、細かい事は気にすんな」
「あと、ずっとお前って呼ぶのもなんかイヤだ。アキ、って呼ぶぞ」
「いいね。是非ともそう呼んでくれ」
「分かった、アキ」
鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに言うリュート。……あの、イリーネお姉さん。『後でお説教だからね!』的な念を弟さんに飛ばすのは止めてあげてください。
「……はぁ。それで豊穣神様、本日はギルドなどにどのような御用ですか?」
と、気を取り直したらしきイリーネさんがやぶれかぶれな感じで言う。
「まぁ、観光、になるのかな。満足に神都を見て回る事も出来ずに、レイナに宮殿まで拉致されたんで」
「ら、拉致だなんて、ひどいですよぅ……」
けど実際、あれは拉致に近いと思う。なんだよワープって。地球の科学技術で再現すらできない事を簡単にやるなし。
「観光、ですか。……えぇと、失礼ですが、護衛の方がいらっしゃらないように思えるのですけど」
「えぇ、まぁ。お忍びって事になります」
「ほ、豊穣神様ともあろうお方が、お忍びで街を散策なさるなんて……」
あ、この人、ヘンリエッタさんと同じ系統だ。めちゃくちゃ心配性っていうか、柔軟な考え方が苦手って言うか。
「あ、姉ちゃん。なんか知らないけど、アキが神都を案内してくれって言うんだ。こんなとこで話してないでもう行こう」
「わ、私達で豊穣神様を……!? そ、そんな恐れ多い事を……み、巫女様ぁ!」
「あはは……まぁボクも一緒だし、大丈夫ですよ」
「巫女様までぇ……!」
うん、埒が明かない。ここはもう、ノリと勢いで押し切ってしまおう。
「よし、イリーネさん。まずはイリーネさんのお薦めスポットからお願いします」
「わ、私からですか!? 神都の、お薦め……う、うーん、豊穣神様にお見せしても恥ずかしくない場所……お店、観光地、それとも名物オヤジ……?」
よし、こっちのペースに巻き込めた。つーか、名物オヤジってのが気になってしょうがないんだが。
「それじゃあ、その名物オヤジさんから行きましょう」
「えっ? 嘘っ、あんなの見たって何も面白……って、背中を押すなバカリュートぉ!」
「はいはい、口動かさないで足動かして、姉ちゃん」
と、ぎゃーぎゃー騒ぎながらギルドを出ていく2人を見て、俺は笑みがこぼれた。
「はは……何かいいなぁ、ああいうの」
「はい! あの姉弟、この辺りじゃ結構有名なんですよ!」
「へぇ……俺とレイナもあんな感じに仲良くなれたらいいよな」
「え? ぼ、ボクとアキサマが、姉弟に……!? で、でもボクの方がちょっと年下だから妹になっちゃうし、そもそも戸籍上で兄妹になるにはどうすれば……」
「うん、ごめん。変な事言った。忘れて、レイナ」
変に思い悩み始めたレイナの三つ編みを引っ張り、俺もギルドを後にするのだった。
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