14、第一歩

「あ、アキサマぁ……ホントに、やっちゃうんですかぁ……?」

「ああ。本当にやっちゃうぜ、俺は」


 ここは俺、豊穣神の部屋。先代の豊穣神が、この国の人間と結婚するまで住んでいた部屋らしい。


 いつ新たな豊穣神をお迎えしてもいいようにと、メイドさん達が一日も欠かさず手入れをしていたという事で、住み心地は素晴らしく良い。良いんだけど……まぁ良すぎるのも考え物だなと思う今日この頃。


(それもあって今日、この計画を実行に移すわけなんだが)


 俺は笑みを作り、窓の外を見やる。宮殿が小高い丘の上にあるので神都の街並みが一望できる。相変わらず素晴らしい風景だ。


 この異世界に召喚されて半月くらい経った。その間俺は、この世界やレーヴェスホルンへの理解を深めつつ魔法の訓練を続けた。


 とある日には、神都の住人との交流会、みたいな感じで300人近い人と話をしたりもした。まぁ全部他愛無い雑談、みたいな感じで辛くはなかったし、むしろ楽しくもあったんだが、改めて俺が『神様』扱いされてる事を認識させられた一日にもなった。


 またある日には、掃除中に俺に怪我をさせたメイドの子がその責任を取る為に命の灯を散らす選択を迫られていたので、どうにか彼女が生き永らえられるようにメイド長のヘンリエッタさんを説得したりした。


 ちょっとミスしたくらいでギロチンor打ち首ってのもどうかと思うけど、それを受け入れようとしていたメイドさんもどうかと思う。つーかその選択肢、どっちに転んでも結果はほぼ同じじゃねぇか。


 まぁ、なんやかんやでこの世界にも馴染めて来たんじゃないかと思う。だからこそ、そろそろこの計画を実行してもいいと考えたんだ。


「そんな顔すんなよ、レイナ。別に危ない事をしようって訳じゃねぇんだからさ」


 心配そうに俺を見上げる彼女の顔は、子犬みたいに見えた。


「でもぉ……やっぱりやめませんか? アキサマが神都を見て回っても、面白いモノなんでないと思いますよ……?」

「面白いモノがないならないで別にいいよ。俺はただ、この宮殿の外に出てみたい、ってだけだから」


 そう。俺は今から、この宮殿から脱出する。


 ずっと考えていた事だ。どこかのタイミングで、監視の目を掻い潜って宮殿を抜け出して、窓の外に広がるのを眺めるばかりだった神都の街並みを歩く。もちろん、メイドさんの護衛無しで、だ。


 別に、豊穣神の立場を放り捨てよう、ってわけじゃない。豊穣神がいなくなったらレーヴェスホルンに天変地異が降りかかるかもしれないんだ。それは俺だって望まない。


 だからと言って、獣人の彼らみたいに冒険者になって気ままにこの世界を生き抜く。そんな憧れが消えたわけでもない。


 ただ、豊穣神なりの〝自由〟が欲しい。宮殿の住み心地の良さにばかり甘えず、自分の足で歩きたい。


 それだけだ。今日を、その足掛かりにする。


「この日の為に、魔法も特訓してきたんだからな。レイナも俺の魔法、護身程度なら十分、って太鼓判を押してくれたろ?」

「まぁ、確かに言いましたけどぉ……」


 俺からすれば過保護としか思えない『一人での外出禁止』令だけど、例えば地球の考え方で言えば、ローマ教皇とか大統領が護衛もなしに歩き回るのと同じようなもんだ。そう考えるとこれは過保護とかじゃなく、当たり前の感性だろう。


 だから、俺は魔法を学んできたんだ。俺はマナの扱いに秀でているらしいから、いずれはもっと高度な魔法も使えるようになるかもしれない。もしかしたら、この世界で指折りの魔法使いになる事だって出来るかもしれない。


 そうすれば、護衛無しで歩き回ったって問題ないはず……というのが、豊穣神になっちまった俺が、自由を求めて考えた妥協案。回りくどいとは思うけど、ヘンリエッタさん達に認めさせるには言葉だけじゃなく、それなりの実績が必要だ。


「……わ、分かりました。ボクも精いっぱいアキサマをお守りします!」


 と、腹をくくったのか、レイナが力強く言う。


 この計画は、彼女にだけ伝えていた。友人であるレイナにだけは聞いてもらいたかったし、仲間が欲しかった。


 ギリギリまで俺を説得しようとしていた辺り、まだ完全に割り切れてはいないんだと思うけど、それでも友人である俺に協力してくれようとしているのは嬉しい。


 今回の脱出もレイナは付いてくる予定だ。神都を歩いて回るとなると詳しい人がいてくれた方が助かるし、やっぱり友達と一緒に歩いた方が楽しいに決まってる。彼女にとっては護衛の延長線なのだろうけど、まぁそれは妥協するさ。


「よし、昼飯を食ってすぐだからしばらくヘンリエッタさんは来ないし、レイナと魔法の修行をするから邪魔しないでくれ、ってメイドさん達にも言ってあるから、数時間は誤魔化せるはずだ。そろそろ行こう」

「分かりました……けど、誰にも会わずに宮殿の外に出るのは難しいんじゃ……?」

「任せろ、そのための魔法だ」


 俺は魔法を必死に学び、護身用の攻撃魔法、そして色んな場面で使えるであろう補助魔法を覚えた。手の平にマナを集め、静かに口を開く。


「〝透明化〟、〝消音〟」


 攻撃魔法は魔法の中で高度なので、中級以上のモノは長ったらしい詠唱が必要になる。けど、補助魔法は比較的簡単なモノなので、マナさえ十分ならば魔法名を呟くだけで発動できるようだ。


 俺の言霊に従って、俺とレイナの姿が消える。レイナが自身の巫女服を見下ろしながら目を見開いた。


「わっ、き、消えちゃいました……! でも、透明化の魔法ってこんなに綺麗に姿を消せないはずですけど」

「ああ、本来は全身が薄く見えるだけで、少しは姿が見えるらしいな。でも、マナにちょっと工夫してな。完全に景色に同化できるような術式に変えてみた」


「そんな事……いえ、出来なくもないですけど、術式のアレンジってマナの扱いがかなり繊細になるからすごく難しいんですよ?」

「そこはまぁ、豊穣神だから、じゃねぇかな」


 実際、教本の説明通りにアレンジしたら出来たんだからしょうがない。


「とにかく、姿を消して足音とかを消してみた。ここまでやればひとまずは見つからないと思うけど、どうかな」

「……むぅぅ、さすがはアキサマ、と言いたいところなんですけど」


 レイナが何故かジト目で俺を見る。あれ? なんか怒ってる?


「何か問題でもあるのか?」

「問題って言うか……この魔法、エッチな事に使っちゃダメですよ? アキサマ」


「はぁ!? いやいや、使うつもりも予定もねぇから!」

「それならいいです。ボクはアキサマを、信じてますから」


 ホントに信じてくれてるんだろうか……レイナの目がなんか怖いんだが。


 やっぱ初日に俺がやらかした巫女服ガン見、気付かれてたのかもなぁ。これ以上彼女の信用を失わない為にも俺は、ノゾキに使えるかも、みたいな事を考えていた自分を強く戒めるのだった。

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