31、VS獣人

 禁呪。レイナに禁じられていたし、実際に使った事もないけど、教本のそのページは何度となく目を通した。


 どれもこれもかなり長い詠唱を必要とし、膨大なマナを消費し、かなり大きな範囲に影響を及ぼすモノだという事はすぐに分かった。とうてい神都の中で使っていいものではない。レイナが必死に止めるのも当然だ。


 だけど、ここは草原。あるのは廃墟同然の遺跡だけ。気兼ねする必要は、ないぜ!


「灼熱の軌跡は凶兆の調べ。煉獄のかいなに抱かれ、十重二十重とえはたえの紅き安らぎに魂を焦がせよ!」

「くっ……みんな、詠唱を止めて! じゃないと全滅よ!」


 さすがにショコラは、これが禁呪だと気付いたらしい。獣人達が慌てて俺へと迫りくる。


 だが、もう遅ぇよ!


「燃え散らせ! 焼き尽く、っ!?」


 ひゅん! と風を切りながら迫る何かが俺の頬をかすめ、集中を乱される。弓矢、のようだ。


「ぐっぁ……!」


 その一瞬の詠唱の遅れが致命的な要因となって、禁呪の発動は間に合わなかった。獣人達に瞬く間に捕まり、石造りの地面の上でうつ伏せに叩き伏せられる。


「ふぅ……間一髪、だな」


 リーダーの獣人が構えた弓を下ろす。さっきのは、あいつのか……!


「流石リーダー。あの状況下で正確な射撃が出来るなんて」

「褒めたって何もでないよ、ショコラ。豊穣神を傷つけるわけにもいかないから、かなり神経をすり減らしたよ」

「くっそ……っ」


 どうにか距離を取って、付け焼刃の禁呪をぶち込む。それしか、この場を切り抜ける可能性のある方法はなかった。これでホントの手詰まりだ。


(くそっ、くそっ、くそぉっ……!)


 つい先ほどまでの高揚が嘘のように掻き消えてしまっていた。理由は分かってる。〝自由〟への道筋が全く見えなくなってしまったから。


 このままレーヴェスホルンから連れ出されたら、俺は、この国は、どうなってしまうのか。今更ながらにそれを想像し、焦燥と怒り、そして後悔が波のように打ち寄せてくる。


「そんな顔をしないでくれ、豊穣神。あなたを連れていく国の人間は、あなたを手厚くもてなす事を明言してる。悪い暮らしは待っていないはずさ」

「……バカ言え。この国での暮らしよりも悪いのは、もう決まり切ってるんだよ」


 自信を持って言える。ここ以上に素晴らしい国はない、ってな。


 リーダーの男は俺を憐れむように見た後、首を振った。


「……少し予定が遅れてるね。出発の準備は出来てるかい?」

「はい、全て終わっています」


 獣人の答えに一つ頷き、彼は声を張った。


「目的は果たした。あとは迅速にこの国から」

「待って、リーダー!」


 と、ショコラが突如声を上げる。


「……何か、問題が?」

「ええ……何かが、近づいて来てる。大きなマナ……これは、まさか……みんな、アキから離れて!」


 ショコラの指示に、獣人達が飛びのくように俺から離れる。その数秒後、


「っ……!?」


 どごぉん! と凄まじい音を立てながら、大きな塊が2つ、俺の前に落ちてきた。痛む節々を労わりながら立ち上がった俺に、2人は礼儀正しく腰を折る。


「お待たせいたしました、豊穣神様」

「ご無事で何よりです~」


 ヘンリエッタさんとリオネスさんは、いつもと同じように俺に笑いかけていた。




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