7、はちゃめちゃ
中に入ってきたのは、大体20人くらい。老若男女な顔ぶれだ。
「へ、ヘンリエッタさんにリオネスさん!」
レイナさんの声に、頷いて返す2人。凛とした顔つきのメガネをした大人びた女性と、笑顔を絶やさない優男の風合い漂う男。どうやら彼らがヘンリエッタとリオネスらしい。
そして彼らは、揃って俺を見た。思わず後ずさってしまう。
「レイナ、もしやこのお方が……?」
「はい、豊穣神サマです! ナナフサアキというお名前らし、へぁっ!?」
と、俺の紹介をしてくれていたレイナさんの三つ編みをぐいと引っ張る女性。
「何を突っ立っているんだ、レイナ! 豊穣神様の前だ、頭が高いぞ!」
「はぅっ! も、申し訳ないです~~!」
気が付けば、部屋に入ってきた人間全員が土下座をしていた。日本の教科書にでも載ってそうな完璧な土下座だ。
多分、謝る目的の土下座じゃなく、偉い人の前で跪いてる感覚なんだろう。その土下座の群れの中にレイナさんが加わるや否や、女性が語気を強めつつ顔を上げる。
「わたくし、この宮殿にて
「同じく、宮殿にて
尋常じゃない覇気を纏った自己紹介と、落ち着き払った自己紹介。対照的な2人だな、という感想を抱いた俺は、
「はぁ、その……よろしく、お願いします」
一応言葉を返したものの、どうにも場の空気に呑まれて生返事っぽくなってしまった。と、ヘンリエッタさんとリオネスさんが顔を見合わせた。
「おい、リオネス! お前の軟弱な挨拶に豊穣神様も呆れておられるだろう! どうしてお前はそう男のくせにふわふわしてるのだ!」
「それを言うならヘンリエッタの挨拶はガチガチ過ぎると思うけどな~。きっと豊穣神様は君の挨拶に気圧されてしまったんだと思うよ? 豊穣神様を威圧するだなんて、ヘンリエッタは大罪人だな~?」
「なっ……!? わ、わたくしが豊穣神様に不敬を……い、いや、そんなはずはない! わたくしは豊穣神様に最大の敬意を払っている!」
「払われた側が敬意だと認識できなかったら何の意味もない、と僕は思うよ~?」
その豊穣神を前に口論するのは不敬に当たらないのか、とふと思った。けど口には出さない。絶対に、今よりも面倒な事になる。
そんなこんなでヘンリエッタさんとリオネスさんの口論が自然に収束すると、残りの人達も順に自己紹介をしていく。細かい役職とかは理解できなかったが、要約すればヘンリエッタさんの下で働く
で、なし崩し的に始まった自己紹介が全部終わり……なんか、みんな土下座のままで俺の方を見てる。トリは俺がやれ、って事なんだろうな……。
「えっと、七房朱希、って言います。よろしく、お願いします?」
よろしくする筋合いはそもそもないよな? と思いながらも終わった俺の淡白な自己紹介に、彼らがいきなり歓声じみた声を上げるので、肩がびくってなった。
「豊穣神様がいらっしゃれば、レーヴェスホルンは安泰だ!」
「リオネス様、さっそくこの事実を民に知らせましょう。民も心待ちにしていましたから」
「そうだね~。今日は他の仕事はしなくていいですから~、豊穣神様の降臨を一分一秒でも早く全ての民に周知させるように動いて下さ~い」
「はっ!」
リオネスさん率いる政治組が、にわかに小難しい話を始め、
「ヘンリエッタ様、私達は」
「もちろん、豊穣神様に心身豊かにお過ごし頂けるよう、身命を賭すのです。無論、わたくしも命を懸けて豊穣神様のお世話をさせて頂きます!」
「ようやくこの日が来たのですね……! 私は先代の豊穣神様のお世話をしたことがありませんから、今代の豊穣神様のお世話をする事が出来て、心の底から幸せです、ヘンリエッタ様!」
「ふふ、気持ちは分かります。先代のお世話を任されるようになったわたくしも同じ思いでした。ですが、慣れていないからと言って粗相をしていい理由にはなりません。豊穣神様の気分を損ねた侍女は、斬首に処されても仕方ありませんよ?」
「はい、心得ております!」
ヘンリエッタさん率いる侍女組が、美しいと見せかけて世にも残酷なメイド論を展開し始める。
「……あの、1ついいですか」
いや、分かってるよ? 多分、彼らにとって俺の降臨……とやらはそれぐらいインパクトのある出来事なんだろうさ。それぐらい見りゃ分かるさ。
でもまぁ、どいつもこいつもちょっと自分勝手すぎやしないか?
「まずは、俺の事とか豊穣神の事とかをさ。先に説明するのが筋ってもんじゃねぇの? あんたら」
少しずつ腹の底に溜まっていたイライラを言葉にして吐き出すと、時が止まったように彼らの喧騒がぷつりと断ち切られた。
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