彼氏アクセは半実体化がオススメ

ちびまるフォイ

形のある愛のかたち

「あ~~、彼氏ほしい~~……」


「真由美、どうしてそんなに彼氏欲しいの?」


「理沙は逆になんで彼氏欲しくないの?」


「えっ? 別に……ほしい理由がないから?」


「それって彼氏の良さがわかってないからじゃない?」

「そうなのかなあ」


「今日の放課後ちょっと彼氏ショップ一緒に行こうよ」


放課後になると学校の通学路から寄り道した場所に彼氏ショップがあった。

そこにはアクセサリー彼氏がお手頃な値段で売っている。


「真由美はここよく来るの?」

「んーー? たまにね」


店内にはピアス彼氏やネックレス彼氏。

ブレスレット彼氏に指輪彼氏まで揃っている。


ここまで揃っていると何から手を付けていいのやら。


けれど、店内をいくら見回しても欲しいという気持ちは湧いてこない。

手ぶらで帰るのも連れてきてくれた真由美に申し訳ないので、

一番近くにあった安いストラップ彼氏を手にとった。


「これでいいかな。これください」


「……あーー、申し訳ございません。お売りできないんですよ」

「へ?」


お財布を取り出していた矢先に店員の言葉で面食らった。


「アクセ彼氏側からもあなたのアクセサリーになりたいと、

 告白してもらわなければお売りすることができないんですよ」


「えっ、それじゃ私拒否されたってことですか?」


「そ、そういうわけでもないようなあるような……」


店員は気まずそうに部屋の隅へ視線を逃した。

今ものすごく恥ずかしい。私がモテないとアピールしたようなものだった。


「理沙、なにやってんの?」

「真由美……」


レジの前に置かれたストラップ彼氏と気まずそうな店員で真由美はすぐに察した。


「あーー、そういうことね。ちょっと貸して」


真由美はなにかアクセ彼氏につぶやくと、

彼氏についている値札に「合意」の文字が浮き出てきた。


「ほらね、これで買えるわ」


「あ、ありがとう。でもなんて言ったの?」

「魔法のコトバ。あ、これください」


「はい、5280円です」


購入したストラップ彼氏はかばんに付けた。


「どう? 彼氏ゲットできた感想は?」

「いやまだ良さがわからないかな……」


一方で、友達の真由美はたくさんのアクセ彼氏を買い込んでいた。

ピアスやネックレス、バッグにも彼氏がつけられている。


「真由美、ずいぶん買ったんだね」


「前の壊れちゃったから」


「でも、そんなにジャラジャラつけなくても」


「あはは。理沙って純情なんだね」


真由美は笑ってしまった。

その後、夏休みに入ると真由美とはあまり合わなくなった。


「……暇だなぁ……」


友達も多くはないので家でダラダラしていても時間を持てます。

退屈しのぎにストラップ彼氏を触っていると、彼氏がしゃべった。


「ねぇ、どこか遊びにいこうよ」


「え? 私?」

「そうだよ。君は僕の彼女じゃないか」


「あ、そう……だったっけ?」


「君と一緒に行きたい場所を探してきたよ」


「へぇ……ここちょっと楽しそう」

「行ってみる?」

「うん」


彼氏をかばんに付けて目的地へとプチ旅行。


眺めのいい観光地では行き交う人はみんなアクセ彼氏をつけていた。

2つ3つつけるのが当たり前で、1つだけの自分はなんだか気恥ずかしかった。


それでも、自分ひとりでは行かなかった場所にも行けるし

美味しいご飯もアクセ彼氏が支払ってくれるから最高の旅行になった。


「ああ、だからアクセ彼氏が欲しかったんだ」


アクセ彼氏はちょっと高いかなとも思ったが、

その後の費用を考えると安い出費だったと今は思える。


「大丈夫? 結構歩いたけど疲れてない?」


「うん大丈夫、ありがとう」


「疲れたら言ってね。一緒にどこかで休もう」


それにアクセ彼氏は優しくて、誰かに気遣われることの嬉しさを感じた。

誰かに必要とされていることがただ嬉しかった。


(やっぱり、アクセ彼氏買っておいてよかった)


真由美の言う通り、自分は彼氏の良さを知らなかっただけだった。

アクセ彼氏ができることで世界も広がるし自分を大切にできる気がする。


「ねぇ、真由美ちゃん。お願いがあるんだ」


「お願い?」


「僕を実体化させてくれないかな?」


「実体化ってどうやるの?」


「僕の値札を外してくれるだけでいいんだ。

 そうすれば僕は本来の人間の姿に戻れるんだよ。

 君とはもっと一緒にいたいから実体化したいんだ」


「アクセのままじゃ駄目なの?」

「僕からはふれあえないでしょ?」


「わかった、やってみる」


値札に手をかけると注意書きが目に入った。


【 安易な実体化にご注意ください。

  まずは半実体化をおすすめします 】


値札の半分をちぎると、小さかったアクセ彼氏はみるみる大きくなった。


「ああ、本当にありがとう。君のおかげで実体化できたよ。

 実体化するには彼女からの許可が必要だったんだよ」


「すごい。間近でみると結構大きいんだね」


アクセ彼氏しか見たことがなかったので、

デフォルメされていない等身大の実体化彼氏はなかなかの存在感だった。


「じゃ、行こうか」

「え? 行くって?」


「はは、わかってくるくせに。僕らは彼氏彼女なんだよ?」


実体化彼氏は腰に手を回して逃げ道を塞ぐように誘導してくる。


「ちょっ……待っ……! ここホテル街だよ!?」


「ここまで来たんだから、さ? それに嫌がるほうが目立つよ」


「だって私まだそういうのやったことないし!」


「大丈夫。最初はなにもしないから。とりあえず入っちゃおう? ね? ほら?」


自分の腕を握る実体化彼氏の力が強くなる。

本気で力をいれれば腕の一本もおられてしまうかもしれない。


脳裏にはさっきの値札の言葉がよぎった。


【 安易な実体化にご注意ください 】


そういうことだったのかとわかったときにはもう遅かった。


「誰にだって最初はあるんだ! ほら、早く!」


「やめて……くださいっ!」


腕を振りほどいた瞬間だった。

実体化した彼氏はみるみる小さくなりもとのアクセ彼氏へと戻った。


ストラップへと物体化した彼氏はバタバタと動いた。


「半実体化だったのか! ひどい!!」


値札を全部外せば完全実体化するので、半分だけにした。

注意書きによれば半実体化は一定時間後に自動で物体化する。


いわばセーフティつきの実体化だった。


「半実体化でよかった……!」


私は怖くなり地面に置き去りにされたストラップを拾うこともなく家に帰った。

あんな思いするくらいならアクセ彼氏なんかいらなかった。


休みが終わると学校がはじまった。


「理沙、おはよーー。あれ? アクセ彼氏は?」


「うん……やっぱり私には合わなかったみたい。真由美のは?」


「ああ、私も全然ダメ。ほんとろくなアクセ彼氏いないから

 いっつも新しいの買ってお金なくなるわーー」


「私、もうアクセ彼氏はいいかな……」


「それまじで言ってるの? 真由美はそれでいいかもしれないけど、

 今どきアクセ彼氏を持ってない女の子なんて誰も友達になってくれないよ?」


「うっ……そうなの?」


「普通に考えて、アクセ彼氏持ってない女の子と隣に歩いたら

 自分もその子と同類って思われるでしょ?」


憐れむような店員の顔がふと脳裏に映し出された。

もう自分がほしい欲しくないではなく、ある種のマナーに近いのかもしれない。


「で、さ。理沙のアクセ彼氏は?」


「えっと、道に捨てちゃったから今はないよ」


「道に捨てた!?」


真由美は珍しく驚いてつけまつげが吹っ飛んだ。


「アクセ彼氏捨てたの!? それはまずいよ!

 車にひかれて死んじゃうかもしれないじゃない!」


「あっ……」


「拾いにいかないと!」

「そ、そうだよね!」


もうあの場所には近づきたくなかったがアクセ彼氏を探しに戻った。

捨てたはずの場所にアクセ彼氏はいなかった。


思えばひどいことをしたのかもしれない。

物体化してしまえば自力で動くことはできない。


雨にあてられ、カラスにこづかれ、通行人に踏みつけられ……。


ひどいときには切り裂かれているかもしれない。

そんな生き地獄へと誘導していたらと胸が痛む。


「ん……? あっ、まさか!!」


ふと顔を上げた先にあるフェンスにアクセ彼氏が横たわっていた。

すっかり雨風にさらされてボロボロになっている。


拾った誰かが置いてくれたのだろう。


「真由美ちゃん……」


「ごめんね、私が勝手に捨てたばっかりに」


「いいんだよ……僕が迫りすぎたのが悪い……自業自得さ」


「そんな……」


「でも、これだけは信じてほしい。

 君と一緒にいた時間は本当に楽しかったし充実していた。

 それだけに自分の気持ちに素直になってもこの関係は崩れないと

 僕の中で慢心していたところがあったんだ」


「……」


私は黙って値札の残り半分をちぎった。

実体化した彼氏はもとの姿に戻ると、驚いた顔をしていた。


「どうして……? 僕は君にひどいことをしたのに」


「ううん、でも本当の気持ちを聞けてよかった」


「真由美ちゃん!」


実体化彼氏は私の足元にひざまずくと、そっと手を出した。


「今まで、はっきり伝えたことはなかったよね。言わせてほしい。

 真由美ちゃん、僕は君のことが好きだ。

 いっぱい失敗しちゃったけど、ちゃんと彼女になってくれますか?」


その誠意と気持ちの入った言葉に自分の心が動かされるのがわかった。

差し出された手をそっと握ると、私は答えた。


「よろしく、お願いします」


私が答えると実体化彼氏は立ち上がってガッツポーズをした。


「っしゃーー!! やった! やったーー!!!

 彼女契約できたぞーー!!!」


はしゃぐ彼氏に嬉しさを感じたときだった。

私の体はみるみる小さく物体化していった。



「本人の同意がないと物体化できないってのが

 一番めんどくせぇんだよなぁ。ここまで長かったぁ」



実体化したままの彼氏は、

ティッシュボックスへと物体化した私を拾い上げた。

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