ひろいだけじゃ交わらない
樫水 莉桜
第1話
白い花束が宙を舞う。
その花束は見た目の可愛らしさに似合わない勢いで飛んでいき、ピンクのドレスをきた女性の手の中に収まった。
「ちょっと待って、ブーケトスってこんな勢いあるものだっけ?」
女性のツッコミに新郎は肩を震わせて笑い、新婦は恥ずかしそうに笑った。
2018年6月、広瀬翔太郎と佐倉香織、もとい広瀬香織の結婚式だった。
それから2年経つ。
翔太郎は文句のつけどころがないほどに完璧な旦那だった。世間でも高学歴と呼ばれるM大を卒業後、30歳にして大手広告会社の課長に就任し、それを驕ることもない。180センチの身長に、清潔感のあるさっぱりした顔立ち。さらに持ち前のコミュニケーション能力で近所の主婦からも可愛がられている。そんな彼と、無名の短大を卒業し派遣で事務をやっていた香織が結婚できたのはとんでもないラッキーだったのではないかとさえ思えてくる。
翔太郎は毎日香織を可愛いと褒め、美味しそうにごはんを食べる。それがどんな手抜き料理であってもありがとう、美味しいよ、と笑顔で食べるのだった。誰が見ても幸せな夫婦生活だった。
しかし、結婚して1年ほどたったころから香織は居心地の悪さを感じ始めた。原因はわからない。あんなに素敵な旦那なのに、旦那といると苦しくなった。誰に相談しても「あんなにいい旦那さんなのに」と軽く流されてしまう。誰にもわかってもらえないもどかしさと、優しい旦那に対して不満を感じる罪悪感で苦しかった。
「香織最近元気ないよね?なんかあった?」
晩御飯を食べている時、翔太郎が心配そうに話しかける。
「そうかな?気のせいじゃない?」
「ならいいけど……。そうだ、来週末どっか2人で出かけよう。香織は家の中にずっといてくれてるんだもん。気晴らしにさ、ぱーっと!最近2人で出かけてなかったしさ。」
善意100%の翔太郎の提案に乗り切れない自分に苦しくなる。2人でずっと一緒にいることを考えたら吐きそうになった。しかし断る理由もない。断ったら断ったで、さらに自分のことが嫌いになりそうだった。
「いいの?!行きたい!」
精一杯嬉しそうな声を作って答えた。翔太郎はさらに笑顔になって話を続ける。
「よかった!楽しみだな。行きたいところある?熱海とかどう?ベタすぎるかな。」
「熱海か、いいね。付き合ってたころも一回行ったよね。」
「あ、覚えてた?あの時の香織の髪型好きだったんだよね。」
「髪型なんてよく覚えてるね?私ですら覚えてないよ。」
「だって可愛かったから!ほら、明るい茶髪でさ、くるくるってしたポニーテールでさ。」
自分でも覚えていないような髪型について身振り手振りを交えて話す翔太郎に、昔だったらときめいていたはずだった。なのに今は愛しいと思うことさえできなかった。
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